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深夜に起こる、エトセトラ  作者: 在原 旅人
3章 黄泉坂深夜 
17/54

平穏、そして襲撃

 食事の準備が出来て、俺たちは長机に座る。

 千春が俺側で、伊緒里が母さん側に並び対面する感じ。

 客である深夜は机から少し遠目に、ちょこんと正座していた。

 当然だが、かごから出されたマヤも隣だ。

 親父は例の封印されていた鬼を退治するために、日夜駆けずり回っている。

 今日も帰って来れないだろうな。


「おにいちゃんさあ」


 食べ始めてしばらくすると、誰ともなしにしゃべり出すのが我が家だ。

 今日は千春からだった。 


「仕事だからって女の子を連れてくるようになるなんて。やっぱりあれ?」 

「黙れませガキ。意味も知らないのに使うな。だいたい月雲だってよく来ているだろ」

「月雲おねえちゃんは身内じゃんか。女の子と言わないよ」

「千春、月雲ちゃんにそれは失礼よ」


 母さんに、はあいと素直に謝る。

 こいつは生意気なくせに母さんにだけは絶対逆らわない。

 俺?

 当然母さんに逆らうことの恐ろしさは、千春の年齢の頃には知っていたよ。


「ごめんなさいね、騒がしくて」

「いえ……明るくて、はい。楽しそうで」

「ご飯口に合うかしら?」

「はい! おいしいです」


 借りてきた猫みたいという言葉がある。

 今の深夜はまさしくそんな感じだった。

 正座を崩すこと無く身体をこわばらせている。

 母さんや伊緒里が話しかけると、固まった表情で「はい!」か「いえ……」のどちらかで答えていた。俺調べで三対一位の割合だ。


 母さんはともかく小学生相手に緊張するってどんなだよ、お前……。

 友達がいない最大の理由って、もしかしてこれかもしれねえな。

 ちなみに本物の猫たるマヤの方はというと、ご主人の所を大あくびで離れて、今は俺の横で食事している。

 こっちはなかなかに大物だった。

 猫に興味あるらしい隣の千春がちょっかいを出すのだが、敏感に察知して手から逃れる。

 他の人になつかないというのは本当らしい。

 俺がそっとなでると素直に触らせてくれた。

 「ごろごろ」と気持ちよさそうな声をあげる。


「にいちゃんだけずるい!」

「知らないね。これこそ人徳だよ、人徳」

「ぼくも猫触らせてよー触りたい!」

「だったら交換条件だ。そのとんかつを半分俺によこせ」

「ず、ずるいぞ! そんなこと……」

「おや、いいのか? マヤに触りたいんだろう?」


 これ見よがしに抱き上げてみると「ぐぬぬぬぬ」とうなった。

 震える手でとんかつに箸を伸ばす。ふ、勝った。


「こら、八代。千春をいじめないの!」

「千春! お客さんの前なのよ!」


 互いに叱られ、俺たち兄弟は顔を見合わせる。

 そしてしずしずと正座した。


『すみません』

『よろしい』


 俺と千春の声が重なり、母さんと伊緒里の声が重なる。

 直後にマヤが「なお」と鳴いた。


「ぷ、……くくく……」


 一人取り残されていた深夜が、正座のまま肩をふるわせる。

 どうやら笑っているらしい。


「いいよ。後でマヤを抱き上げるから。そのときに触ったら」

「ほんと? やった!」

「すみません。わがままな弟と大人げない兄で」


 妹よ、さりげなく兄まで貶めるな。

 だがそれがきっかけになったのか、深夜のこわばりが解けた気がする。

 食事が終わってお茶を出される頃には、いつもの表情をみせるようになっていた。

 それどころか食後の洗い物を手伝ってくれるなど、かいがいしい所を見せる。

 一人暮らしだから出来てもおかしくないのだが、手際のいいことに驚きだ。

 意外な一面というか、なんというか。

 深夜はそんなに食べなかったので、母さんが味が合わないのでは、と声をかけ「あたし普段から食が細いので」と照れ笑いしながら返す。

 ま、その程度には話しできるようになっていた。

 でもこいつ嘘は言ってないが、ピーマンとかたけのことかに全く手を付けていないあたり、好き嫌いが多いのもあると思う。

 だから白人の血混じりなのに、胸元がこんなんなんだな。

 ……それは偏見か。

 でもこいつのことが、だいぶわかってきた気がする。

 性格が複雑だとかわかんねえ奴だと思っていたけど、ようするに子供なのだ。

 子供って自分が知らないことを親や兄姉がやっていると、すぐにすねたりする。

 そして親には偉そうにしゃべっても、知らない人には全然喋らなかったりとかするもんだ。

 要はそれなんだろう。

 弟に猫を触らせてあげたり、妹がやっているゲームの話――動物を育てるらしい――を興味深げに聞いたりしている様子を見ると、精神年齢も近いのかもしれない。

 結局の所単純なんだよな。

 そうとわかると意地悪をしたくなるのは人間の性だ。


「おいおい。中間テストも近いのに、ゲームにはまったりして大丈夫か?」

「学校の勉強なんか教科書少し読めば大体わかるだろ?」


 至極当然のように言い放った。

 ……前言撤回。

 やっぱりこいつの頭の中は俺にはわかんねえ。


「八代、テストが近いなら少しは勉強しなさい。仕事が忙しいのはわかるけどそれとは別でしょう。今日の報告書は後日にしてもらえるように頼んでおくから」


 おおっとやぶ蛇だったか。

 風呂が沸いているという話なので、おねむの時間が近づいている千春を先に風呂にやり、それに続いた。

 上がってきた時には深夜と伊緒里はだいぶ打ち解けていたようで、「シンヤさん」「伊緒里」と呼び合っていた。

 どうやらさっきの話をしていたらしい。


「それじゃあシンヤさん今日は怖かったでしょう? 何でしたらわたしの部屋で一緒に寝ませんか? 二人の方がきっと怖くないですよ」

「気持ちは嬉しいけど、折角布団用意してもらっているから」


 深夜は曖昧に断るが、簡単に距離を詰めれるぐらいならちったあ友達いるだろう。

 ま、仲良くしているのはいいことだ。

 「明日な」と二人に告げて部屋に戻った。

 一応少しは勉強しようと机には向かったが悪魔を祓った直後だ。一人になると一気に眠気が押し寄せてきた。

 またいつもの一夜漬けでいいやとさっさとベッドに潜り込む。

 疲れたけどなんだか懐かしい気がする。

 彼女が、静乃がいた頃のような雰囲気だった。そんなわけねえのにな。

 あの頃は千春が生まれたばかりで、母さんが入院していた。伊緒里も全然小さくて、俺も小さくてもっと馬鹿だった。状況すら全然違う。

 何より静乃と深夜はまるで違う。性格も容姿も、近いところを探す方が困難だろう。

 今までこうして客がいたこともあるし、よく来る月雲と伊緒里の方がよほど仲がいい。だからとりわけ今日が特別だってことは無いはずなのに。

 変なの。

 不思議な気持ちになりつつ、布団に入った俺はいつしか眠りに落ちていった。


 そして――


 嫌な気配で跳び起きた。

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