家族
結局どうしたかというと、深夜には今日の所は霊的に非常に安全であり、かつ他の人がいて賑やかなところに移ってもらうことになった。
すなわち俺んちである。
土地柄霊的に強いところにあるし、代々陰陽師である先祖がより強い結界を張っている。
我が町では最も霊的に安全な所だろう。
災害のときにおける、学校と思ってもらいたい。
そんなわけで人が集まることが多く、ちゃんとした客間もいくつかある。
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かつては彼女だって暮らしていた。
母さんに事情を説明すると、二つ返事で快く引き受けてくれた。仕事柄そういう事はめずらしくないからな。
深夜に説明するといつもの口の悪さはどこへやら、素直についてきた。
こうして私服に着替え、多少の着替えとマヤを入れたかごをもってきている。
ちなみに深夜はいつぞやのパーカーにジーンズだ。
すぐに着替えれる服を選んだのだろう。
猫はさすがに自分で持っているが、当然のように荷物の入った鞄は俺に渡された。
……いやいいけどさ。
「どうした?」
「八代の家って実は金持ち?」
うちを物珍しそうに見回す深夜に声をかけると、そう返ってきた。
「家が広いだけだ。神社とかお寺みたいなもんだよ。古いしな」
純和風というやつだ。
水回りこそ改装しているが築何十年なんだか。
だいたい金持ちって言うなら、お前の実家なんかすごいだろうに。
どんな家か知らないけど。
「こんなところにいても仕方が無い。入ろうぜ」
深夜の代わりにマヤが「なお」と間延びした鳴き声をあげる。
お前は利口だな。
なおも玄関の前でうつむいてまごまごしている。
おいおい、と声を掛けようとしたらその前に玄関の引き戸が開けられた。
「にいちゃん、おかえり」
「お、千春。ただいま。母さんから聞いているか?」
「うん。おねえちゃんが今客間を用意しているって。いらっしゃい」
「こいつは弟の千春だ。生意気だからいたずらが過ぎるようなら遠慮なく……どうした?」
「え? ……あ、……う」
深夜がなぜだかたじろいだように固まっていた。
こいつがこんな顔をするのは初めてだ。
しかし俺は、このような顔を別の場所で何回か見たことがある。
最近だと清十郎の弟がうちにあがろうとしたとき。
千春がもっと小さいときに、親父の同僚に囲まれた時も似たような顔をしていた。
記憶をさかのぼれば月雲も小さいとき、大人達の中に取り残されたときはそんな顔をしていたと思う。
見知らぬ人間を前に、どうしていいかわからないときの子供の顔だ。
……ということはこいつもしかして緊張しているのか?
小学生相手にこれって……どんだけ人見知りが激しいんだよ、こいつ。
「ご飯出来ているよ。早く入ろう」
逆に物怖じをしない弟が深夜の服の裾を持って引っ張ると、無言でこくこくと首を縦に振り、そのまま中へ続いた。
全く。どっちが小学生なんだか。
呆れつつも二人に続いて「ただいま」と家に入った。
千春は家に入るとさっさと居間に向かった。
関心にも自分と千春の靴をきちんと並べる深夜を案内して居間の前に来ると、「お兄ちゃん」と声が聞こえた。
千春では無い。
深夜より少し背丈が低く、ティアードスカートの上に胸元からフリルが覗く柔らかいピンク色の服を着ている。
長い髪の毛を右上でまとめていた。
「この人がお客さん? こんばんは」
笑顔を向けられた当人は、新しい人物が登場したことで固まっている。
「ん? ああ、妹の伊緒里だ」
「こ、こぅばわ!」
かんどるがな!
「客間の方で布団を用意しておきました。広い部屋はちょっと最近使うことが多いので、狭い方ですけど。それで大丈夫ですか?」
「あの、用意まで、……がとう」
良く聞こえなかったのか、伊緒里は首をかしげる。
仕方が無いので通訳する。
「問題は無い。布団まで用意しくれてありがとうだとよ」
「どういたしまして」
伊緒里はにこりと愛嬌を振りまくと、先に居間に入った。
続いて入ろうとしたら、深夜が耳に口を寄せてくる。
膝を曲げると、ぼそっと「あの子……」とつぶやいた。
そういうことは本人に言ってやれよ。
ということで居間に入った所で、さっきの言葉を伊緒里に告げた。
「伊緒里。このお姉さんがお前をすごい美人だってさ」
「ありがとうございます。お姉さんもすごくお綺麗ですよ」
実は伊緒里は容姿を褒められるのに慣れている。
だから小学五年生ながら対応はよどみない。
……まあ時々心配になるけどな。別の意味で。
深夜の方は俺を「裏切ったな!」という恨みがましい視線を向けてきたが、伊緒里に笑顔を向けられ、
「あ、えーと、うん、ありがとう……」
と立ったまま赤くなってそっぽを向いた。
伊緒里の将来よりこいつの今が少し心配になってきた。
「あらいらっしゃい。悪魔に狙われるなんて大変ねえ」
「き、今日はお世話になります!」
母さんが台所から現れると、今度は平伏せんばかりの勢いで畳の上に正座する。
「あらあらまあまあ、かしこまらないで。うちはそういう人の為の仕事をしているから」
おっとりと母が告げるが深夜は「へへえ」とばかりにかしこまった。
「悪魔に狙われるのは怖いわよね。わかるわよ。わたしも経験があるから。まあそういうことだからのんびりしてね」
「そんな! こちらも八代……さんにはお世話になりっぱなしで、はい!」
母さんが緊張をほぐすつもりで告げたのだろうが、深夜は赤くなったり青くなったりと信号機みたいになっている。
……駄目だ。面白すぎるぞ、こいつ。