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深夜に起こる、エトセトラ  作者: 在原 旅人
3章 黄泉坂深夜 
14/54

 静かだった。

 何の気配も無い、いや――無さ過ぎた。

 当然あるはずの、他の住民の気配が何一つ無い。

 エレベーターの上についている明かりが、突然消える。


「あれ、球切れてんのかな?」


 ここに来てようやく深夜も、きな臭い何かを感じ取ったようだ。

 不安そうに周囲を見回す。

 あいつもそういう気配を感じているはず。

 そう、俺たちは引きずり込まれた。

 奴らの、悪魔達の領域(テリトリー)に。

 悪魔は身に纏った瘴気から、襲ってくるとき現界とは少し位相がずれた特殊な結界を生み出す。

そこに引きずり込まれると、一種の別世界が形成される。

 奈落だとか、魔界の現界とか呼ばれている世界。

 昔から言われる『神隠し』って奴で、人が突然姿を消したり、気がついたら別の場所にいたってのはこれが理由だ。

 陰の気が高まると『門』を通して現界に現れる。

 それが奴らにとっての逢魔の刻。

 悪魔はどこかで俺たちを、いや深夜を狙っている。

 やってくるのはどこからか?

  俺は入り口からマンションの外全体を見回すように警戒しつつ、ゆっくりと深夜の方に下がっていく。

 チン、とエレベーターの降りてきた音が場違いなほど大きく響き渡った。

 次の瞬間だった。

 エレベーターが開く音と同時に、背後で醜悪な気配がふくれる。


「ひぎゃああああ!」

「シンヤ!」


 外から来ると思ったが中からかよ。

 振り返ると、ちょうどきもちの悪いピンクのロープみたいなものと、シンヤの足がエレベータの奥に消えていくところだった。

 エレベーターの扉は、俺がたどり着くとほぼ同時に閉まった。

 ち、更に向こうに引き込まれてしまったか。

 今回現れた奴は相当強力な鬼らしい。

 だが、おかしい。

 俺は悪魔がいつ現れても対応できるように、術をかけた六壬式盤を持ち歩いている。

 どこかでゲートが開いて悪魔が近づいてくる、その前に反応したているはずだ。

                  ・・・・ 

 この瞬間まで気配がなかってことは、今この場でゲートが開いたということになる。

 ゲートというのは、向こうから場所を選んで開けれるようなもんじゃない筈だ。

 偶然、タイミング良く、深夜の近くで、たった今開いたって言うのか?

 そんなバカな。

 いや、今は考えている場合じゃない。

 深夜を助けねえと。

 エレベータの扉は閉じている。

 こういう場合、結界の術式を解析して術で開けるか、現界ごと干渉して無理矢理開ける……要はぶっ壊すかの二択。

 一見してすぐに簡単に解析できるものではないとわかった。


「つまりは後者だ。呪・爆・縁・言・開!」


 印を組みながら五芒の星を描く。

 直後に爆発が置き、扉は砕け散った。

 人命優先だ。

 マンションの管理人さん、許せよ。


「シンヤ、大丈夫か!」


 ドアが壊れると同時に、不快な臭いと湿気の混じった気持ち悪い空気が肌をなでた。

 中に飛び込むと、次に異様な光景が眼に入る。

 エレベーターの中にしては明らかに広い部屋。

 どす黒いピンクというか赤黒いものが部屋中で脈打っている。

 足下は粘着しており、妙に柔らかい。

 熱が靴を通して伝わってくる。

 奴らが住む、魔界に近い世界の光景。

 深夜は……すぐ正面だ。

 同じ色をした太くて長いものに身体を巻き付かれていて、それは深夜を更に奥へと引きずり込もうとしていた。


「なんだ、これ! 気持ち悪い! 離せ、こら。離せ!」


 三番目に入ったのは深夜の混乱したような声だった。

 深夜は必死で抵抗しているみたいだが、当然細腕で抵抗できるわけなく、徐々に引っ張られている。

その先は、完全な闇。まさか魔界か?


「や、八代助けて!」


 飛び込んだ俺に気づき、深夜がすがるような声と眼を俺に向けてくる。

 その声と同時だ。 

 闇の中から別の何かが、俺に向かって高速で向かってくる。

 石のようなとがった、牙のような二つのモノ。

 やがて響く激突音。


「八代!」

「大丈夫だ!」


 俺の手には剣が握られている。

 霊符に込めてあった『護身剣』だ。

 いわゆる術のこもった武器で、鬼や悪魔を直接切ることができる。

 牙を受け止め、二本ともたたき切る。


「必ず助ける! もう少しだけ我慢してくれ」


 深夜に叫ぶと、印術を唱える。


「……示せ。縛!」


 術と同時に深夜を引きずる力が止まる。

 これで時間を稼いだ。


 ここは奴らのテリトリー。

 それにこいつは俺を倒すより深夜を連れ出すことを優先している。

 深夜を助け、ここで必ず滅っさないといけない。

 結界の霊符を発動させると、すぐさま新たな術を唱える。

 そんな俺の頭上に天井から液体が落ちてきた。

 それは身体に纏った結界で防がれるが、術を発動する媒体である霊符が、そのしずくを受け少し黒ずんだ。

 酸か!

 そういえば部屋全体がまるで、そう。口の中みたいだ。


「てことは足下のは舌かよ。趣味悪いぜ」


 悪態をつきながらも術を急ぐ。

 この結界は長く持たない。

 俺は印を組み替えながら次々と術を唱える。

 天井から落ちてくる液体の量が増し、結界を穿つ。霊符はもう真っ黒だ。

 足下もさっきから靴を通して伝わる熱がだんだんと高くなっている。

 緊張で汗が全身から噴き出し、ともすれば焦りで心臓が高鳴っていた。

 だが俺は出来る! 手早く、正確に、冷静にだ!

 やがて霊符が完全に力を失い、燃え尽きる。

 そして俺を守っていた結界が破れる。

 大量の液体が俺の全身に降り注ぐのと、術が完成するのは同時だった。

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