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深夜に起こる、エトセトラ  作者: 在原 旅人
3章 黄泉坂深夜 
13/54

鬼について

住宅マンションの並ぶ路地までやってきていた。

深夜のマンションまで、ここからだとそれほどかからない。


「そういえば前々からずっと気になっていたんだけど……」


 肩を上げて、再び俺の方を見上げると深夜が疑問を呈した。


「鬼って最初のお前の話じゃあ、悪霊っぽい感じなんだけど。あたしを狙うってどんな理屈なんだ? それに時々悪魔って言っているじゃん。それ鬼と違うの?」

「そうだな……」 


 いたずらに不安を抱かせるのは良くないんだが……。


 狙われている当人があまり知らないというのも不安だろうし、こいつの理解力なら過剰に怖がらずに理解できるか。


「本来『鬼』ってのは奇怪な現象そのものの総称なんだ。大きく二つあって、この間の奴は遙か太古からこの世界に、現界とか物質界と呼ばれる世界に存在する。元々人や動物、物の陰の気が思念化して実体をもったものだ。奴らには恨んだり破壊を望んだりする衝動はあっても個別の意思はない。『穢れ』ともいうがね」


 密教では邪念が形になったものとか考え方は少し違うようだが、ま、それはおいおい。


「意思って……前にマヤに取り憑いた奴はあたし達を襲ってきたけど」

「人を襲うという意思に捕らわれた動物が鬼化したものだからだ。あの場合人間なら誰でも襲う。双方に交渉は存在しない」

「絶対退治するしか無いってこと?」

「何の思念を持って鬼になったかだな。何かが欲しくて、何かを伝えたくて動物や物が鬼化して暴れるなんてものもいる。そういう奴は衝動のはけ口がわからないから暴れているだけで、原因がわかれば暴れるのをやめる。昔話とかでも時々ある知恵者が鬼の望む物を与えて解決する話、なんてのはそれの名残だな」

「んー聞いたことあったかな」


 口に手を当てて「うーん」とうなる。 


「それからもう一つ。俺たちの世界とは違う世界。精神界とか魔界と呼ぶ世界からやってくる異物のことも『鬼』と呼ぶ。奴らは独立した生物として存在しているし、人間とは思考が違うがちゃんとした意思もある。力が強い奴は知能も理性も存在していて、『門』を使ってこちらの様子をうかがって必要な力を取り込もうとする。陰の気を好む場合がほとんどだが、時折独自に奴らが必要とする力を狙って現出してくる。お前を狙っているのはそいつらで、そういう力のある鬼を区別の為に『悪魔』とか『修羅』とか呼んでいるな」


 海外では鬼祓師のことを祓魔師(エクソシスト)だとも呼ぶので、海外から名前が輸入された形になるのかね。


「……え、それって……

 深夜は眼を見開き、とがった歯を大きく見せつけるように口をぱくぱくさせた。


「それって……異世界人じゃん!」

「そうともいうかな。実際悪魔とは交渉が可能だ。よくいう悪魔の契約って奴だ。……最も払う代償は高いがね」


 奴らの欲求は理不尽で横暴だ。

 奴らにとって人間はせいぜい家畜。

 よく言って奴隷程度だろう。

 そんなやつらと対等に交渉なんてことを、考えるのが馬鹿げている。


「そ、そんなことより!」

「……どうしたんだ。鳩が豆鉄砲食らった顔をして」

「だって異世界人ってことは、あたし、文明の、説!」

「この間の文明は昔の人間が宇宙人とか異世界の人と交信をして、それで成り立っていたんじゃないかって?」


 こくこく、と激しく振った。


「少なくとも文明を伝えたのは奴らじゃあ無いさ。……だけどもしかしたら昔はお前の言うとおりそういう悪魔以外に異世界から来た連中がいたのかもな」


 否定する要素は無いからな。

 深夜は興奮したのか手をぎゅっと握りしめ、腰の辺りで何度も振っている。心なしか眼が輝いているように見えた。

 ……そんなに嬉しいもんかねえ。


「興奮している所悪いが、マンションの前だぞ」 

「ふえ?」


 この反応、本当に気付かなかったらしい。


 罰が悪そうな顔をしているのを見なかったことにして、いつものようにきっちり入り口まで送った。

 するとぐるりと俺の横から正面に立ち、まっすぐに俺を見据えた。


「送ってくれてサンキューな」


 珍しいな、礼を言うの。

 それで終わりかと思ったが、何か言おうとして口をもごもごさせている。

 ……こいつ悪口はぽんぽん口から出る癖に、それ以外のことはなかなか出てこない上に言葉が足らないよな。


「何か用があるのか?」

「用って……ほど、じゃあ……ない……けど」

「じゃあ帰るぞ」

「――あー、その、マヤが会いたいって言っていたから、どうかなって」


 その言葉に足を止める。

 会いたいって、マヤが?


「……猫ってしゃべるのか?」

「……なんだよ。あたしはマヤが言っていることわかるぞ」

「ふーん。じゃあそうなんだろうな」


 俺の家はペットを飼えない。

 職業柄低級鬼が家の近くを彷徨うことが多く、動物は人間より感覚が鋭いから結界の外に出かけることを考えると飼う、とはいえないからだ。

 だから飼っている人間の言うことを否定するほどの反証は、俺にはない。


「信じてくれるの?」

「嘘なのか?」

「いや、じゃあ会ってくれるんだな」

「まあそれぐらいなら」


 答えてから気付く。

 ……てことは今からこいつの部屋にあがるのか?。

 いや、俺には妹だっているし、月雲の部屋なんか何十回上がったかわからない。

 だから別に女の子の部屋に緊張するとか、そういうのはない。

 まして言葉遣いも乱暴で、女の子らしさがほとんど見えない奴の部屋なんかで緊張なんかするわけない。

 ただ……一人暮らしの女の部屋、という響きに甘美なものを全く感じていないかというと……。


「じゃあ連れてくるから、そこで少し待ってって」


 ……うん。本当に全然、なんにも期待して無かったよ? 

 深夜は入り口からほど近いところにあるエレベーターを押し、降りてくるのを待っている。

 ただエレベーターをゆっくりと、待っているだけの、当たり前の姿――。


「シンヤ、急げ! 階段でさっさと登れ。そして部屋に入って扉を閉めろ!」

「な、なにさいきなり!」

「早くしろ!」

               ・・

 だが俺の呼びかけもむなしく、それはやってきた。


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