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深夜に起こる、エトセトラ  作者: 在原 旅人
3章 黄泉坂深夜 
12/54

陰陽師ってなに?

「そういやさっきの話だけど。式神が苦手な八代は、何なら出来るって? 言い訳を聞こうか?」


 深夜は唐突にそんなことを言い始めた。


「さっき? ああ、呪とか祓いとかの話してたっけか」

「それにホウリキソウとかシントウとかとも何が違うんだ?」

「いろいろ体系があるんだよ。説明してもお前にわからないだろう」

「人にきちんと説明できないって、やっぱり八代落ちこぼれ?」


 マンションに向けていた足を止め、俺たちは無言で見つめ合う。

 それからしばし。


「――この間の鬼に襲われた時のことは覚えているな?」


 深夜が勝ち誇った表情で、手をぐっと握りしめるのが見えた。

 負けたわけじゃ無いよ、うん。


「あのとき(マヤ)から鬼を、魔性だけに干渉して消滅させた。あれを祓い。攻撃から身を守ったり初日にお前のマンションに持ってた霊符。それを通して術を行うのが呪だ。他にはさっき話した式神や、陰と陽の気配を探る術で鬼を見つけ出した占術もその一つだ」

「マヤから鬼を祓った時に何か叫んでいたじゃん。あれがその術?」

「……良く覚えていたな」


 こいつひょっとして記憶力いい系か?


「五芒の(セーマン)や九印とか九字と呼ばれる印術、これが術の形式なんだ。俺たちが陰陽師と呼ばれるのは術の体系が陰陽五行と呼ばれる大自然(エレメンタル)から成り立つからだ。例えば水は飲めば渇きを癒やし、火に注げば消し、流れに沿えば水車を回す力となる。同じ水でも使い方で性質が変わる。力の源が同じなのに術が変わるのはそれと同じってことだ」


 さてどこまで理解できるかな。


「風を紙袋とかに捕らえたり、風車とかで電気に変えるとかそういう感じ?」

「ま、まあそういうことだ」

「エレメンタルを使って術を使う、ってことはホウリキソウとかとの違いはその辺?」

「……まあな」


 ひょっとして割と理解している?

 俺でも最初は全然理解できなかったんだが

 きっと古代文明とか、宇宙人とかそういう話が好きだから理解が早いんだ。

 たぶんそうだ。


「法力僧は主に錫杖とか呪具を使って鬼と戦うことを専門とした集団。元々は裏高野とか密教と呼ばれていたみたいだな。術体系は仏様。神道はまじないや祈祷、眷属との契約を行う。どちらかというと民衆を守ったり霊障から回復を専門とした集団だ。こちらは名前の通り八百万(やおろず)の神を術体系にしている。こっちに関しては俺は専門じゃ無いから中途半端なことはいえないが、どれもが鬼を祓ったり、鬼の脅威から自分や民衆を守るために発展してきたものだ」

「それがまとまって、飛輪ってわけなんだ」


 深夜は納得したように、腕を組んで頭を縦に何回か振る。


「それでシンコウギョウだっけ? それは何? 話にはなかったけど」

「修検道の術だ。俺たち飛輪の陰陽師は各地の民衆を困らせる鬼を討伐するため、京を下野した法師陰陽師と呼ばれた連中が開祖となる。その際にいろいろな技を取得したんだがその一つさ。身体の中にあるチャクラを開いて……まあわかりやすく説明すると身体能力を大きく上げて怪力になったり風のように動いたり、空を飛んだりする技だ」


 天狗の術とも言われているがね。


「それが得意ってことは八代、空飛べるの?」

「少しなら」


 深夜は「へえ」と初めて感心したように眼を見開いた。

 普段無愛想だが慣れるとそれなりに表情を見せる奴だ。

 主に好奇心関係の時は。


「じゃあさ」


 深夜は八重歯を見せながら期待を込めた眼で見上げてくる。

 これは楽しい時にする顔だな。


「八代と同じことって、修行とかすればあたしにも出来るの?」

「陰陽師になりたいのか?」

「なれるなら考えてみようかなってさ。将来の選択肢の一つとして」

「……素質はあると思うぞ」

「あたしの特別な才能って奴かい?」

「霊感と理解力だ。見えたり感知できないものはどうしようもないし、見えてもそれについて理解がないと覚えられない。お前は素養があるし、理解力も高いみたいだから大丈夫だろう。真面目に学べば10年ぐらいで一人前になれるだろうさ」

「10年!」

「それでも早いほうだぞ。俺は10年以上修行している」

「……そうか、八代は家業だもんな」


 深夜は顔を俺から進行方向に向ける。

 それから何十歩か歩いてから、また俺に方に整った顔を上げた。

 口から八重歯が覗いている。


「あたしはすごい才能があって三ヶ月位でなるとかはない? あたしその能力があるからこうして八代が送り迎えしてくれるわけじゃん」

「その才能は陰陽師とか、いわゆる鬼祓師になる才能とは別物だ」

「え? そうなの!」

「俺たちの力は基本的に鬼を祓う。ある程度素質がいるが、人が編み出した技にすぎない。お前の才能は鬼にとって必要な才能だ。それが中世にいたっていう魔女の素質なのか、悪魔の餌としての才能か、他の何かか……悪いが詳しくは俺も知らない」

「餌って……そんなのあるの?」

「例えば昔、悪魔に狙われた女性がいてな。その人は霊感すら無いような一般女性だったが、なんらかのきっかけで悪魔の花嫁として狙われたんだ。悪魔は滅びたが、その後も特に特別な才能は目覚めなかったみたいだぜ」

「その人は今、何をしているの?」

「……俺んちで主婦している」 


 みなまで言うまい。


「じゃああたしも同じような可能性があるってこと?」

「ほとんどが同じもんだ。まれに特殊な才能を飛輪で生かすことになる人間も過去にはいたけど。ま、その方がいいぜ。下手に変な才能があったら人生のつぶしが効かなくなる。全く素養が無いわけじゃ無いんだから、どうしてもってんなら後輩としてこき使ってやるよ」


 深夜は肩を落としていた。

 ま、人生ってのはそんなに簡単にはいかねえんだよ。

 ある日突然トラックにはねられて、異世界で無双するなんて弟が見ていたアニメみたいな展開はねえよ。

 


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