ハダリーでGO
太一は縄を解かれたが、見知らぬ女児がいることに驚きを隠せなかった。むくれた顔で服を着たが、内心操と深い仲にならなくて助かったと思っていた。自分がやりたかったことは本当にこんな事だったのか。本能に従えば、正しい行いだが、色々な段階をすっ飛ばしていることは間違いない。
(あれ……? 俺はどうして九柳先輩が好きなんだっけ)
鉄火場において人間の本質が試される。この場に集まった三人はそれぞれ答えを出せるだろうか。
「決めましょうまず!」
ステラが大声を振り上げる。操はブラのホックを止めている最中だったが、背中に太一の視線を感じてにやにやしていた。
「集団行動にはリーダーが必要です。ゆーじの際、各々好き勝手行動していたら集団はおいけにまっさかさまです」
「ステラちゃん、声声。外に聞こえちゃうよ?」
操がやんわり指摘すると、ステラは口を押さえる。
「リーダーって言っても、俺ら冒険しに行くわけじゃ」
「この腰抜けめ!」
鼻の下を伸ばしていた太一のすねを、ステラは蹴り上げた。
「座して死を待つだけなど愚の骨頂。お爺さまならきっと……、ごにょごにょ」
口を噤んだステラだったが、操はその隙を見逃さない。ボロが出るのも時間の問題だ。
「ステラちゃんはどこかに行きたいの?」
着替え終わった操がステラの前に屈んだ。ステラは迷った素振りを見せたが、自身の目的をようやく明かした。
「お家に……、といっても私の仕事場に戻りたいです。忘れ物をしたので」
操は快くその願いを受け入れたが、太一は足をさすりながら渋った。
「いいじゃない。おもしろそうだし……、頑張ったらさっきの続きしてあげる」
甘ったるい声でしなだれかかると、太一はいちころだった。それを見てステラはまた顔をしかめた。
黒服がいるかもしれないので、静かに扉の外を伺う。カーペットは三人の足音を丁度よく消してくれた。
「地下駐車場に”ハダリー”がいます。とりあえずそこまで行きましょう」
ステラには仲間がいるらしい。ステラはどう見ても日本人なのに外国人めいた呼称を好む。
目的地を目指し、三人は壁づたいに進んだ。息を殺してエレベーターの前についても安心できない。三階のランプが点灯しドアが開いた時は、一同動悸が激しくなり卒倒しそうになった。
操は太一の手を握っている。手汗で滑りやすく、太一は離れないように力を込めた。
エレベーターが地下一階についただけで、三人の緊張は限界に達した。数メートル先に黒服がうろついている。幸い柱の位置のおかげで気づかれなかった。
足が重い太一と操を残して、ステラが先陣を切る。ランドセルの重量に負けじと足を踏み出す姿に、二人は後に続かなければ義が廃ると考えた。
ステラは黒服の視界の外を縫うように器用に進む。太一たちはおっかなびっくり車の陰に隠れて黒服をやり過ごす。
「なんかかくれんぼしてるみたいでドキドキする」
操は状況を楽しんでいるが、太一は戦々恐々としている。黒服に見つかれば何をされるかわからない。それでも上気した操の横顔と手の感触は、太一を謎の剛胆さへと駆り立てた。
操の手を強引に掴んで走るのも、状況的に許される気がした。操もそれを甘受しているように見える。
通路を挟んだ数メートル先でステラが手招きしている。意を決したように二人は飛び出し、ステラの所にたどり着いた。
「これって……」
ステラの目の前にあった自動車に、二人は息をのむ。
「ロールスロイスだわ」
光を跳ね返す真珠色の車体と、洗練された四角いフォルムに、操はうっとりした。イギリス製の高級車、ロールスロイスといえばそうそうお目にかかれる代物ではない。
運転席のドアが示し合わせたように開く。ステラは颯爽と乗り込んだ。ランドセルは既に助手席に置いてある。
「あ、おい!」
太一が思わず呼び止めると、ステラは振り返ったが返事はしない。運転席の中央には、コントロールパネルがあり青白い光を放っていた。
「ステラちゃん、運転できるの?」
操は堪えきれず、ステラに話しかけた。届かない足をシートからぶらぶらさせ、ステラは応える。
「できます。というかハダリーがやってくれますから」
断言すると同時に、車内からアリアナグランデのthank u, nextが大音量で流れ、太一と操は慌てて後部座席に乗り込んだ。シートベルトをする暇もなく車は急発進した。
黒服が道をふさごうとするが、車はブレーキを踏まずに突破する。危うく人をひきそうになるが、ステラはハンドルを握ってすらいない。
駐車場の勾配を上る際には、慣性でシートに体がめり込む程のスピードを体感した。
「うちゅうひこうしって、こんな気分かしら」
操は近づいてくる外の光に目を細めてつぶやいた。