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ようこそポストアポカリプスへ


太一は操に勧められるがまま、紹興酒の杯を干した。酒に強くないのに、見栄を張っている。早いペースの飲酒は肺府を焼き、正常な判断能力を奪っていった。


「宇宙カイワレダイコンって食べたことある、太一君」


「ないっす」


異星人が放つ光は、動植物のDNAに変化をもたらす。


宇宙カイワレ大根と銘打たれたその商品は異例の大ヒットを記録した。その味と中毒性はSNSに引けを取らず、今では出荷停止となっている。


「私もない。異星人はそれを作るのがとても上手かった。遺伝子を改変できるなら、地球人を宇宙人に変えたりもできるのかな」


太一は応えようとしたが、意識が朦朧としてテーブルに突っ伏した。


「おやすみ、嘘つきさん」


操がそう言った気がしたが、太一の意識は急速に遠のいた。


次に目を開けた時、太一は大の字で寝ていた。アルコールは抜け切っておらず、頭は杭を打たれたように痛んだ。


「あ、起きた」


太一に覆い被さるように、操の顔が視界一杯に現れた。操は白いバスローブ姿で、濡れた髪の毛先が太一の胸にかかってこそばゆい。湿気と高級感のあるシャンプーの匂いは理性を溶かすのに十分だった。


「ここどこっすか」


「らぶほ」


太一は飛び起きようとしたが、失敗した。両手足に縄が巻き付いて大の字の体勢を強制しているのだった。まるで人体解剖図だ。操は太一の傍らに座ってコスメ道具を広げている。太一は混乱していた。夢の中にいるようだ。告白が成功した時も半信半疑だったが、いよいよ自分の正気を疑わざるを得ない。


「九柳さん、俺の頬つねってもらえます?」


「いいけど」


操ははじくように太一の頬に触れただけで、思ったほどの痛みは与えなかった。それでも太一の意識は興奮に震えた。


「どうして俺は縛られているんでしょう」


操は答えない。太一は段々不安になってきた。肌触りのいいベッドはキングサイズで部屋はほのかに明るい。部屋はヨーロッパを意識したような作りだった。


「君には私の気持ちをわかってもらおうと思ってさ」


操は太一の太股に頭から倒れ込んだ。太一の体を覆っているのは、ボクサーパンツのみだ。ひんやりとした髪の感触と燃えるような操の体温のギャップに太一は身震いした。


「ずっとこうして縛られてきたの。わかる?」


わからないと言おうものならこのまま放置されかねない。太一は慎重に言葉を選ぶ。


「九柳さんと同じ気持ちが味わえて幸せっす!」


軽薄な言葉に操は反応し、前髪の隙間から太一をのぞき見た。


「……、うれしい」


操は太一の太股の上で頭を転がしていたが、股間に時々鼻が当たる。太一は痛みともむずがゆさとも違う刺激に身悶えする。そうこうするうち操の顔は股間に埋まって動かなくなった。


「あのー、九柳さん」


うつ伏せのままの操は声をかけられると、がばっと顔を上げた。


「あ、ごめん、寝てた」


「あ、はは……」


男としての矜持が傷ついた気がしたが、太一は聞かなかった事にした。


「太一君が正直なのはここだけだね」


操の指が男性器を撫でる。太一は顔を赤らめた。今にも暴発しそうで情けなくなる。


「いいんだよ、それで。じゃないと一緒にいる意味ないもの」


太一がしたかったのは、こういう事ではない。そう提言しようとしたが、操の豊満な肉体が上ってくるうちにこれでいいのではないかと考えるようになった。想いは通じたのだから、誰も困らないはずだ。


「九柳さん、付き合ってる人はいないんですか」


余計な一言に、気だるげだった操の眉がつり上がる。


「別れた。割れないんだって、氷」


「氷?」


操はコスメ用の刷毛で太一の乳首をくすぐっている。細かな刷毛の動きは舌の動きのように太一の性感をねぶった。ひとたまりもなくあえぐしかない。


「南極の氷割れないって。ありえない」


操の赤い唇は、酷薄に動く。女性経験のない太一には操の言葉は謎めいていて理解に苦しんだ。それでも恋は人を馬鹿にする。太一は神秘家の操の手管にぞっこんだった。


「太一君は割れるんだよね? 信じていいんだよね」


くすぐり攻撃に体をのけぞらせながら、太一は顎を何度も引く。操は太一の挙動を観察しながら不意打ち気味に首筋に息を吹きかけたり、足の裏をくすぐったりした。


「ちゃんと言葉にしないと駄目だぞー、ホウレンソウは社会人の基本だよ」


「いひゃひゃ……、ちょっと、待って……、割れますから南極探査でも何でも行きますから」


操はにんまりと笑った。ようやく許されたと油断した太一の唇に操の唇が重ねられる。貪るような獰猛なキスに、太一は殺されると思った。蛸の吸盤がはがれるように操の唇が離れると、太一は酸欠で目を白黒させた。


「し、死ぬ……」


「んー? まだ死ぬのは早いんじゃないかな」


お楽しみはこれからとばかりに操がバスローブをはだけさせたが、太一はまだ立ち直れていない。今の過激な洗礼が下拵えに過ぎないとしたと知ったら、発狂していたかもしれない。


獲物を補食しようとした操だったが、何かの気配に気づいてバスローブを着直した。


ベッドから少し離れた所に赤いランドセルが転がっている。操のものではない。部屋に入った時には既に置かれていたのだ。不審者が子供を連れ込んだ名残かもしれない。


「ランドセル懐かしいなあ。赤色が嫌でお母さんと喧嘩したっけ」


懐古しながら、操はランドセルを蹴りあげる。音は撒き餌となり、部屋の一角から向けられる何者かの視線を誘導した。


「そこだ!」


操は匍匐前進でベッドの下に滑り込むと、暗闇から小さな手を掴んで引きずり出した。


ベッドの下に隠れていたのは、制服姿の女児だった。悲鳴こそ上げなかったが、操から逃れようと暴れた。二人は柔道スタイルで揉み合い、操は女児が納得するまで肩を貸した。


「ようこそポストアポカリプスへ」


操が盛大にバスローブの前を広げると、女児は観念して座り込んだ。

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