貧窮問答歌 ゆにばーす
太一は、操に言われるがまま上の空でチャーハンを注文した。告白が成功するとは思わなかったのだ。九柳操は高嶺の花で、駄目元で挑戦したに過ぎない。
それなのに操はサンフランシスコ行きを止めて自分と残ると言っている。都合のいい夢なのではないか。水を飲んでみたが、操は目の前で座ってスマホをいじっている。
「あ、あのー……」
太一がためらいがちに声をかけると、操はスマホから目を上げたがそれも一瞬だった。それだけで太一は萎縮して何も言えなくなってしまう。
焦げ目のついたチャーハンが運ばれてきた。蓮華を握った途端、操から声がかかる。
「太一君は何がしたいの」
真っ先に浮かんだ考えを飲み込む。無難な答えを返した。
「デート、とかしたいです」
操のスマホを打つ手が止まる。
「かわいー、なんかそういうのいいね」
テレビから避難勧告のテロップがせわしなく流れる。二人は慣れてしまい、右から左に聞き流していた。
操はスマホを次々スワイプしていたが、適当に流し見ているに過ぎなかった。気持ちは遙か彼方に向いている。
「じゃあ、みなとみらいとか行っちゃおうか。なんか買い物したくなってきた」
「やってますかね」
「やってるでしょ。いくら衛星が墜ちてくるっていっても日本人は勤勉な生物だから」
日本では一週間前からその話題で持ちきりだ。労働者として雇われていた宇宙人が反旗を翻し、衛星を墜落させると予告したのだ。
地球外生命体が人類と接触したのは十年以上前に遡る。探査衛星が惑星の土を持ち帰ろうとすると制止する者が現れた。金属性の板のようなその生物は、探査衛星に文字らしきものを彫り込んだ。地球の雄志がその文字を解読するには一年と三ヶ月かかったが、だいたい次のような意味だと判明した。
「この星の土を持ち帰らないで」
宇宙は単なる陣取り合戦の世界だと判明すると、アメリカや中国など他人の便所を汚すのが好きな国が大挙して宇宙にロケットを打ち上げた。
各国の宇宙予算と軍事費が国の予算を圧迫しても、気候変動による天変地異に恐れをなした人々から不平はそれほど出なかった。息の詰まる世界から抜け出すための箱船の到来を待ち望んでいたのだろう。
新世紀の箱船は、デブリの海をかき分けどこまで進んだ。宇宙の先人たちは何かの警告を発していたが、それは当然の如く無視された。
各国の軍事衛星の開発競争は激化したものの、日本は控え目な性格から出遅れた。だが及び腰の政府とは対照的に、民間の開発熱は静かに燃え上がりつつあった。磨いてきた技術は着々と存在感を示す。必要だったのは資金だ。一方、宇宙開発に力を入れていた中国は、民間にも積極的な投資をしていたが、技術面でアメリカに遅れを取っていた。こうして、二国間の企業は利害の一致を見たというわけである。
日本と中国の企業が共同で開発した小型衛星サテライザー西木野はその先駆けとなる。
あくまで名目は、観測衛星を護衛するための専守防衛を任務としていた。無目的に巨大化していた衛星群に押され、西木野は当初目立たない。
一躍脚光を浴びたきっかけは、コントロール不能になった異星人の船を拿捕した事に端を発する。
漂流してきた異星人を保護した日本政府は当初、平身低頭でおもてなしをした。ところが、異星人は乗ってきた宇宙船以外にも役に立つとわかると手のひらを返した。
低賃金で長時間労働で研究に従事させたのだ。この待遇はポスドクといって、最先端の研究者と同等なのだと説得して。一応、嘘はついていない。
異星人は多くの日本人と同じく労働争議のやり方を知らなかったようだ。助けられた恩義を返そうとしゃにむに働いた。それこそ死者が出るまで。
その時になって、彼らはようやく本質に気づいた。働けど暮らし楽にならざりき。
彼らの要求はシンプルだった。囚われた仲間の解放。さもなくば西木野を日本列島に落下させる。
タイムリミットは残り、十二時間。今夜零時に迫っていた。