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うちゅうひこうしの歌


赤レンガ倉庫までの道は交通規制が布かれ、思うように進めなかった。車内ではアリアナグランデの曲が流れている。アップテンポな曲でも彼らの沈痛な空気は晴れない。


「君らまだ衛星が落ちると思ってるのかね」


深見が突拍子のないことを言い始め、YouTubeで自分の動画を見るように指示した。三ヶ月前の深見が予言めいたことを発表している。


「ある筋からの情報なんですがね、近々異星人の反乱が起きるというんですよ。狙われるのは西木野だろうなあ。あれは彼らにとって汚点ですからな」


これが何か? と、操が訴えると、深見は得意顔で、


「今回の件で誰が特をするかとずっと考えていたんだ。異星人に衛星を乗っ取られたことで、日本の宇宙産業の株価は暴落だ。事前にそれを知り、すわこの機会を狙っていた何者かが浮かんでこないかね」


「中国ですね」


ハダリーが即答した。


「この日に本当に衛星が落ちるかは重要ではない。それに煽られて株価が下がると知っていれば、空売りで利益を上げられる」


空売りは証券取引の一種で、所有していない株を売り、ある時期に買い戻すことをいう。買い戻す時期に株価が安ければ、差額分が利益になる。それを利用し、何者かが私腹を肥やそうとしているのだ。西木野を開発した日本企業と中国企業は昨年関係を解消しているため、深見の話も一定の説得力を持つ。


「つまりみんなフェイクニュースに踊らされていたってことね」


世界は嘘にまみれている。そこに身を投じていた彼らはなおさらその危険性を無視できない。


「まだ時間はある。せめてその前に異星人を撤退させられればな」


買い戻すタイミングの前に株価が上がれば、安く買い叩かれることはなくなる。


「私の出番ですね」


ハダリーが、オペレーションを変更している。ステラは手動で止めようとするが間に合わない。


タイヤが引っ込み、車高が下がる。隠されていた銀の両翼と、ジェットエンジンが露わになった。前に停車していた車をはね飛ばし、空へと舞い上がった。


上昇の圧力で、シートに体が押さえつけられる。太一は舌を噛みそうになった。


「ハダリー! やめなさい!」


「いいんです、ステラ。これが私の使命なのでしょう」


赤レンガ倉庫前の広場には、警官隊が何をするでもなく、たむろしているのが見下ろせた。


異星人の小型挺は、透明なビニール傘のような形をしていた。大きさは二十メートルくらいある。共震めいた波動がハダリーを包む。


「お別れです。みなさん、私には嘘と夢の区別がつきません。ステラが私を守るためについた嘘と、フェイクニュースは何が違うのでしょう」


ハダリーの無邪気な質問に、深見はにやりとする。


「君を突き動かすのは、愛なんだぜ。フェイクなんかじゃない」


天井が開き、深見がシートごと放り出された。


「ありがとう、ミスター深見。あなたは最高の俳優です」


操と太一は、後部座席で身を寄せあっていた。


「何の繋がりもない赤の他人がどうして連帯しているのですか、それが愛?」


「この人、私がいないと駄目そうだし、仕方ないから側にいてあげるの。ハダリーにもいつかわかるわよ」


しっかり腕を組む二人が同時に射出される。


「理解不能。恋愛は難しいですね、お幸せに」


最後に残ったステラはハンドルにしがみついて泣きじゃくる。もの心つく頃から共にあった親友を手放すまいと必死だ。


「ハダリー行っちゃやだ……、ずっと側にいてよぉ」


「おやおやアンドロイドがそんなことではいけませんよ。いかなる時にも冷静に。宇宙飛行士のマニュアルにもそうあります。私は、ふるさとを忘れません。どうかお元気で」


コントロールパネルに数字が表示されている。ステラはそれを止めようとした瞬間、外にはね飛ばされた。


ハダリーが小型挺にぶつかる瞬間、めくらむような閃光が起きた。


「ハダリーはみんなの嘘を守ってくれたんだ」


パラシュートで降下しながら、操はつぶやいた。ハダリーと小型挺は炎上しながら海に落ちていった。自爆したのだろう。それは真実の雷で、悪しき虚偽の雲を晴らすかのようだった。


ステラは眼前の光景を受け入れられず、固く目を閉じていたが、強風に煽られてふと下を見た。


「見て! あれ!」


小型挺は全部で三体だったが、そのうちの一体が海面に近づき、煙を立てるハダリーを回収している所だった。


「気のいい奴らじゃないか。味方を撃墜した敵機を救うとは」


深見は、しきりに感心していた。


小型挺はハダリーを回収し終わると、空に溶けるように消えていった。


「わかりあえるわよ。いつか彼らとも」


操が自信ありげに嘯くと、太一は曇りのない空を見上げる。 


「俺がいつか宇宙飛行士になってみんなを連れて行きますよ」


冗談だと思ったのだろう。ステラは顎がはずれそうになるほど大笑いした。笑いは三人にも伝播し、横浜の空を笑顔のパラシュートが彩った。


(了)

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