ふるさと
格納庫を訪れたシャミは一台の車の前で、立ち止まった。知己と出会った時のような感慨にふける。
かつて銀色の塗装がほどこされていたロールスロイスは今や見る影もない。泥にまみれ、フロントガラスは割れて車体は大きく歪んでいる。
「こんな骨董品持って帰ってどうするんですかい」
整備士のからかいに対して、シャミは震動波による言語化をためらう。言語は不便だ。彼らは本来言語を用いず、電信針という針を互いに刺して交流を行う。電流を介して遺漏なく情報伝達することが可能だが、同時に虚偽は通用しない。結果として、彼らが言語を操ると、非常に直接的な物言いになってしまう。
「半導体メモリに価値がある。教材に使えると思う」
「へえ……」
整備士の口調からは、大学の先生は変わってるなという機微が伝わってくる。シャミ自身もそう思っているので気分を害したりはしない。
「ところで君、言語を操るのがうまいね」
「クーリーでしたから。先生は?」
「僕は植物の研究に従事していた。脳髄で繁殖する新種の栽培に成功したとたん、これさ」
シャミは半透明の触手で、自分の首を切る真似をした。整備士は体を振動させて笑いを表現した。
車のスピーカーから、不協和音が流れた。徐々に音程が安定するにつれ、彼らは聞き入った。音は途切れがちだが、小川のせせらぎのように鼓膜を楽しませる。
「これはなに」
「ガイアに伝わる歌ですよ。確か、ふるさとって曲です」
星間ワープの用意が完了したことを告げる艦内放送が流れた。弛緩したような空気が、長らく彼らの間に欠けていた部分を満たしていった。