21話、略奪と言う愚策
「あいつ...なんだ?あんな道端で箱を持って...」
桐条が顎に手を当て、相手の行動を伺うように眼をすぼめさせターゲットの視線に入らないように心掛けながら呟く。
「まさか〜気でも狂ったのか〜?」
堂理さんがいつも通りの口調で相手の精神病を心配するような言葉遣いで僕に同意を求めてくる。
___まぁ...あの後じゃ、ね?
事が起こったのはあの試合の2分ぐらい後のことである。
いつも他のクラスよりも物凄く授業が終わるのが早いDクラスにとって一番の天敵は早退や課題が早く終わった者の二択である。
しかし、今僕の目の前にはどうやら後者だと思われる筋肉がより一層付いて鬼にでもなったかのように錯覚してしまうほどの威圧感をいまだに漂わせている剛だった。
「「「...........」」」
勿論この時点での再会は予想していなかった物で僕ら桐条、堂理の三人は一瞬立ちくらみを起こしてしまうほどだった。
「なんであいつがここに...」
そんな桐条が発した言葉は僕ら3人の心情を完璧に表していると行っても過言ではない程的中していた。
「そうだ〜!いいアイディアが〜あります!彼を〜付けて〜みましょう!そうすれば弱みを握れるかもしれません!!」
その時の堂理さんの表情は何時もに増して明るく、そして悪戯っ子のような表情をし、その後に"私達の財布を略奪したのは愚策でしたね"と付け足した。
勿論僕らも財布の中身を全て略奪されているので恨みや嫌悪感を抱いている人しかいない、その為僕と桐条も全く反対意見は出さなかった。
剛の様子は今までとは少し違う雰囲気を纏っており、足取りはD棟に乗り込んできた時と比べるとまるで米俵でも付いているのかと思うほど重くなっていた。
しかし、僕は違和感を感じ始めてきた。
何かいつも其処にあるが些細すぎて気付かないようなそんな違和感を、
車や飛車、その他乗り物が全く通らない道路
いつもシャッターが閉まっている古いタバコ屋さん
眠そうな店員がいるコンビニ
そして、見覚えのある落書き
そして、その違和感が絶頂に達する時にはもう遅かった。
「あの路地裏は孤児院に続く唯一無二の道...孤児院以外あの路地裏には何も無い...筈」
僕は冷や汗を一滴たらしながらそう呟いた。
「ん?なんでそんな事を知ってんだ?」
桐条は勿論疑問に思い質問をしてくる。
その質問に対して答えようかそれとも適当に嘘を言ってはぐらかすか迷っていると"じゃあいいや"と言われてしまいその心配は杞憂に終わる。
しかし、やはり何故あそこに行くのか気になったらしく堂理さんが剛を物凄く遅くして置くから見てきてくれと頼まれ、桐条と2人で行くことにした。
約18年ぐらい前、とある夫婦円満の家庭に1人の男の子が生まれた。
「おぎゃぁぁぁ!!」
その夫婦はそれは大層可愛がりました。
その子供の名前を武蔵と名付けました。
そのまた一年後、
また可愛らしい男の子が生まれました。
その子の名前は哲也と名付けられました。
その5年ぐらい後、
またもや子供が生まれ、今度は男の子と女の子の双子でした。
そんな子供が生まれてから5ヶ月ぐらいした時は、
「ねぇねぇ!おとーさん!俺、おとーさんみたいに強くなりたい!!」
この2人の父はアンチ・ストレンジと呼ばれる職業、少し前の言葉で言うと警察官でした。
そんな正義のヒーローである父に達也も哲也も憧れました。
兄の達也は父みたいに強くなると、弟の哲也は自分の弟と妹である2人を守りたいと、
いつもそんな風に元気よく語っていました。
「う〜ん、この子達の名前はどうしようかしら?」
この人は達也と哲也の母、おっとりとした性格でたまにポカをやらかしてはいつも達也にからかわれている。
「やっぱり、蜜柑と反馬具だ!」
「あははっ、それは達也、お前が今食べたいものじゃ無いのか?ハンバーグと蜜柑、その2つを母さんに頼んでおくよ」
そんな事を言って笑いあって毎日を楽しんで過ごしているそんな家庭でした。
ある冬の日の事でした。
スーパーの帰りは雪が降っており、辺りは一面雪景色だった。
「ふふっ〜♪ふっふっふ〜ん」
そんな陽気な鼻歌を歌いながら家に帰る達也の母、実はこの日は夫の誕生日であり、その為に服屋で紺色に灰色の縦縞模様が入ったネクタイを買ってラッピングまで頼みそれをいつ渡そうかワクワクしていた。
そこへ、偶然にも学校帰りの哲也が通りかかる。
「あっ!哲也じゃない!一緒に帰りましょ!」
「うん!!」
母はそう声を掛け、夫の誕生日に何をプレゼントするか哲也に尋ねてみた。
「うーん...まだ決まってないんだ、何かかっこいいものが良いと思うし」
そう下を向きながらしょんぼりしていると、母が灰色の紙袋を哲也に手渡す。
「これにはかっこいいネクタイが入っているの、だから誕生日の時に『おめでとー』って言いながら渡してあげて?」
「分かった!!」
無邪気な笑顔でその紙袋を受け取り胸に抱きかかえるように持つ。
「うふふっ、そんなに大事に持ったら転んだ時に大変でしょ?」
「あっ、そっか!」
お母さんの注意を受けて片手に持ち替え、そのまま歩く。
そこからは覚えていない。
ただ、朧げに覚えている事を挙げるとするならば、
3人の男の人が来て、
お母さんを掴んで、
それに対抗して、僕が相手の武器を略奪すると言う愚策を犯し
そこから...そこからそこからそこからそこからそこからそこからそこからそこからそこから...
この時の記憶はまるで子供の落語きの様に、何も考えずに適当に描いた絵の様に、ぐちゃぐちゃに意味もなく散らばって、絡まって、固まって、解けて...もう何も考えられないほど頭痛がして...
そこからは酷い記憶しかない。
父がショックで酒に溺れていく姿
母の死んだ様な目
白髪とシワが増えた父
病院食すら喉を通らない母
ついに覚せい剤に手を出し、ガリガリに痩せ細った父
両手足が動かせている幻覚を見る母
そして、哲也が大事に大事に抱えていた紙袋を癇癪を起こして略奪すると言う愚策をして、破け、ラッピングも破け、中に入っていた手紙読み、泣き喚いて子供の目の前で自殺した父
不自由さに、リハビリの辛さに耐えきれず、看護婦が持ってきた点滴を口で略奪する愚策をしてそれに驚いた看護婦が注射針を落とし、それを飲み込んで自殺した母
_____そんな、儚い記憶だった。