変身
AM8時
「起きろ」
聞き覚えのない低い声で目を覚ました。声の主を探そうと、周囲を見渡してみたが、見当たらない。どこにいる?
「ここだ」
再び聞こえた声がどこから発せられているのか、少しの間目を閉じて音に集中する。
「どこをみている?」
左上腕から聞こえた気がして、目の前に持ち上げる。
「やっと気づいたか。遅いぞ」
「お前は?」
「記憶を覗かせてもらった。お前達が巨害獣と呼んでいる存在だ」
「なに?」動揺を隠して言葉を続ける。
「目的は何だ?」
「動揺してるな?俺とお前は一心同体、パートナーとでも言うべきかな?」
「質問に答えろ」
「まあ落ち着けよ。俺の目的は巨害獣......とりわけ君達人間がニューク・モンストルオと呼んでいる存在を倒す事だ」
「なぜ倒す必要がある?お前もヤツらと同じ巨害獣なんだろう?」
「少し事情ってヤツがあるんだよ......協力してくれるな?」
協力しろだと?冗談じゃない。
「ふざけるな」感情をあまり表に出さない様に、それでいてトゲがある声で答えた。
「こんな化け物にされて、大切な人に拒絶されて、おまけにあんな得体の知れない奴らと戦え、と?冗談じゃない!!」思わず声を荒げてしまった。落ち着け、そう自分に言い聞かせた。
「とにかく、俺は戦わない」
「成長した巨害獣は人間の兵器では倒せない。これが何を意味しているかわかるな?」
「だったら、他を当たるんだな」
「無理だ。俺はお前をパートナーに選んだ。今更変えることは出来ないし、変えるつもりもない......ん?」
「どうした?観念したか?」
「いや、違う。取り逃がした巨害獣......君達がコアトロニクスと呼んでいるヤツが接近している。車を出せ」
俺は戦わないと言ったばかりなのに......クソッタレ
「こっちに向かって来ている。上陸予想は......港区だ。愛しの茜ちゃんはどこにいたかな?」
その言葉を聞いた瞬間、最悪のシナリオが頭をよぎった。そんな事させてたまるか。
車のエンジンをかけると、自然にガレージの正面が開く。
眩しい朝の日差しが斜め上から入ってくる。
クラッチを切り、アクセルを少しだけ踏む。聞き慣れたロータリー特有のふかす音が聞こえてきた。
回転計がレッドゾーン手前までに上がると、シフトノブをセカンドに入れてクラッチを繋げる。
その瞬間、マシンは一気に加速を始めた。
シートに体が押し付けられるなんとも言えない心地の良い感覚が体を襲う。だが、それを味わっている余裕は無い。一気に坂を登り切る。すると、近くの何も無い空き地に車が飛び出した。
このシステムは、前のビルの持ち主がそのままにしていたものを流用させてもらっている。最初に見つけた時はガラにもなくわくわくしたものだ。
そのまま道路まで飛び出ると、一気に加速する。
一瞬でも早く、病院まで行かなくては。
高速道路に入ると、少しだけ余裕が出て来た。コイツに色々聞いてみるか。
「おい、聞いているか?」
「なんだよ?」
「お前の事を聞いとこうと思ってな」
「戦う気になったか。嬉しいぞ」
コイツはまだ......釘を刺しておく必要があるか。
「俺は茜を守るだけだ。それ以外で戦うつもりはない」
「つれないねぇ......まあいいや。何が聞きたい?」
「何故コアトロニクスが接近している事がわかった?」
「同じ存在だからな。自然とわかるんだ」
同じ存在だと?やはりコイツは巨害獣か。ならば協力する理由は無いか。
いや、コイツを利用すれば軍に売れる情報を得れるかもしれない。
「巨害獣はどこから来た?」
「50億年前の地球だ」
あり得ない。地球が出来てからまだ46億年しか経っていない。どういう事だ?
「その質問の答えは、一度リセットされているから、だな」
コイツに心を読まれている。そう思うと、恐怖心が湧き出てくる。落ち着け、そう自分に言い聞かせる。
「そんなに怖がらなくてもいいじゃないか。別にとって食おうってわけじゃない。パートナーなんだからな」
「少し頭を整理させてくれ」
「いいだろう。じっくり考えな」
AM8時50分
高速道路を降りて、病院近くの裏路地に車を止めた。ここなら病院が見えて、オマケに向こうからは見えない。
「コアトロニクスは今どこにいる?」
「海上にいる。ここまであと10分ってところか」
10分。その間に奴と戦う心の準備をしておかなければ。茜を守るためにも負けられない。
「何故そこまで一人の人間にこだわる?特に茜はお前を拒絶したんだろう?」
一瞬、俺は茜を守る意味なんてあるのか、と思ってしまった。確かにそうだ。茜は俺を化け物と呼び、拒絶した。だが、茜は俺を支えてくれた。俺が今まで守ってきた分、茜も俺を守ってくれた。
自分が情けない、その思いが湧き出てくる。もう迷う事は無い。俺がやるべき事はひとつだけだ。
「俺はアイツを......茜を守ると決めたんだ。ならば、守るしかない。何があっても」
そう言いながら、茜と初めてあった時のことを思い出していた。だが、記憶に浸っている暇もなく、サイレンが鳴り響いた。
「巨害獣接近。避難命令が発令されました」
ついにきたか。車から降りて、腕輪に手をかける。遠くにコアトロニクスが見えた。
人々がその場から逃げようとこちらに向かってくる。その流れの中心に立ち、コアトロニクスを睨みつけて、深呼吸する。
「おいおっさん!!死にたいのか!?」
誰かが声をかけてくれた。死んでたまるかよ。
腕輪の突起を勢いをつけてへし折ると、腕を握りしめて胸の前で交差させる。そして叫んだ。
「変身!!」