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天国からの手紙

作者: 西田彩花

―光樹へ

元気でやっていますか。この手紙を見ているということは、きっと私はこの世を旅立ったのでしょう。光輝は今、私のために泣いてくれてるんじゃないかな、と想像しています。泣いてなかったら私はとんだ自意識過剰女だね(笑)―


 茉奈江の手紙を開き、俺は涙を流した。俺は今、茉奈江のために泣いてるよ。茉奈江は自意識過剰なんかじゃないよ。俺は本当に、茉奈江のことを愛していたんだ。いや、今でも愛しているんだ。「泣いてくれてるんじゃないかな」とか書いておきながら、出だしが「元気でやっていますか」なんて変じゃないか。俺は、生まれてきてから一番の悲しみに呉れているんだ。この悲しみが終わるなんて到底思えないよ。茉奈江がいないのに、元気でやっているわけないじゃないか。茉奈江は俺の全てだったんだ。


―光樹は名前の通り、光り輝く太陽のように私を照らしてくれて、大樹のように強く、辛抱強く、私を一生懸命守ってくれたね。私を守ろうとしてくれたのに、いつも励ましてくれたのに、私は弱くてごめんなさい。ずっと前から、私は弱くて泣き虫だったけれど、光樹と一緒にいるとなんだか力が沸いてくる気がしたんだよ。―


 光り輝く太陽は、強い大樹は茉奈江じゃないか。俺は脆くて弱いんだ。俺は脆くて弱いから、偽物の鎧を着けていただけなんだ。俺は茉奈江との愛を守れなかったね。俺の方が、茉奈江から力をもらっていたんだよ。たくさん、たくさん。


―出会ったあの場所、覚えてる?私は失恋してて、悲しくて悲しくて1人で海に行ってたの。いつも見ていたあの海は、とても綺麗だったのに、その日見た海は同じ海なのに全然綺麗だと思えなかったんだ。そんなとき、光樹はジュースを片手に私に話しかけてくれたよね。「大丈夫?」って。私が悲しいっていうのが伝わったのって、もしかしたらテレパシーだったのかもね。光樹と付き合うようになってから、あの海にはたびたび行ったよね。海岸沿いに座って喋ったりキスしたり、私はとても幸せでした。あの海は、私たちの一番の思い出の場所だと思ってるよ。―


 出会ったあの日の茉奈江は、本当に悲しそうな目をしていた。俺はその悲しそうな目にいても立ってもいられなくなって、茉奈江に話しかけたんだ。俺はあのとき、名前も知らなかった茉奈江が笑顔になってくれれば、と本当に願ったんだよ。あの海は俺たちにとって楽園だった。初めてキスをしたのもあの海だったよね。それから何度も何度もキスをした。茉奈江は甘くて儚くて、俺にはもったいないんじゃないかと思ったんだよ。だけど、俺は茉奈江が幸せだと思ってくれていたのならすごく嬉しい。出会ったあの日の悲しそうな目が、だんだんと笑顔に変わっていったのが、俺にとって生き甲斐だったんだ。茉奈江、俺と出会って良かったって思ってくれているんだね。俺といて幸せだと思ってくれているんだね。


―初めて私を抱いてくれた日のこと、覚えてる?私は光樹に出会ってから少しずつ元気になったと思うんだけど、失恋をちょっとだけ引きずっていて、ホテルに行くのが怖かったんだ。私が決意するまで時間がかかったと思うけど、光樹は優しく待っていてくれたよね。それがすごく嬉しくて、すごく安心できたんだ。初めてホテルに行ったあの日も、私の過去の痛みを癒やすように抱いてくれたね。私は全身で優しさを感じられて、もっともっと、光樹のことが好きになったんだよ。―


 もちろん覚えているよ。茉奈江、君は心に大きな傷を負っていた。こんな俺が癒やすことができるのか不安だったけど、俺なりの優しさだったんだ。それが十二分に伝わっているようで嬉しいよ。海岸で何度もキスをして、本当は早く茉奈江を抱きたかった。だけどね、それが茉奈江を傷つけることになるっていうのは分かっていたんだ。初めてホテルに行った日、俺のことを受け入れてもらえたようで嬉しかったんだよ。茉奈江は甘くて儚くて、柔らかくて温かかった。茉奈江の体温に包み込まれたとき、俺は本当に幸せだったんだ。俺は世界一、宇宙一幸せな男だと思ったよ。だって、茉奈江は世界一、宇宙一最高の女だからね。茉奈江の仕草、声、言葉、表情、全て鮮明に覚えているよ。それから俺と茉奈江は何度も何度も交わって、愛を誓い合ったんだ。この愛は永遠だと誓い合ったよね。俺は茉奈江と神に誓った。茉奈江はきっと、俺と神に誓ったんだよね?そうだろ?


―私はもうこの世にはいないかもしれない。だけど、この世っていうのは光樹と私が一緒に生きる世界のことを言うんだよ。私は今でも光樹のことを愛してる。何度も喧嘩したけれど、最後に酷いことも言ってしまったけれど、私はとても後悔してるんだよ。私は、できることなら光樹ともう一度一緒に生きたい。光樹のことを愛してる、このことがこの手紙で伝われば良いなと願っているよ。

光樹に最愛を捧げて、茉奈江より―


 茉奈江。茉奈江は今でも俺のことを思ってくれてるんだね。俺も茉奈江のことを思っているよ。愛してるよ。最後に言われた言葉には、本音ではちょっとだけ傷ついたけれど、茉奈江のことを愛してるから許せちゃうんだ。茉奈江。茉奈江と一緒に生きられない世界なんて「この世」じゃない。茉奈江が俺のことを愛してるって言ってくれるなら、茉奈江がいるそこは「天国」だね。2人で「天国」にしよう。「この世」を「天国」にするんだ。


 俺は手紙を読みながら、始終泣いていた。嬉しくて嬉しくて、泣いていた。茉奈江の愛がひしひしと伝わってきて幸せだった。茉奈江の声を聞きたい。茉奈江の笑顔を見たい。茉奈江の唇を、全身を、味わいたい。茉奈江と一緒に生きたい。俺は「この世」を「天国」に変えようと思った。


 俺は茉奈江と唯一心が通い合えている「天国からの手紙」を手にしながら、携帯電話のボタンを押した。「茉奈江」と表示される通話画面が懐かしく感じる。俺は確信していた。茉奈江とまた一緒に生きられる。

 通話音が何度か鳴り、愛おしい茉奈江の声がした。あぁ、俺は幸せ者だ。


「もしもし、茉奈江?」

「てめぇ何回電話かけてきてんだよ。キモいんだよ。私とてめぇの関係はとっくの昔に終わってんだよ。もう明日警察行くから。ストーカー被害で警察行くから。キモいんだよ」


 茉奈江は酷く怒っているようだ。愛憎は表裏一体というから仕方がないことだ。俺のことを愛しすぎてしまったんだ。「俺も茉奈江を愛しすぎてしまったんだよ」そう呟き、茉奈江の声を、茉奈江の笑顔を、茉奈江の唇を、茉奈江の全身を思い出しながら恍惚とした。茉奈江の甘い香りと甘い味がすぐそこにあるようだ。

 茉奈江を思っているうちに俺は果てた。茉奈江との、愛の余韻がそこにあった。この快感もこの愛も全て本物だ。だって、俺が代筆した「天国からの手紙」は、確かにそこに存在するのだから。

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