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03 観覧車

「どうして」


「どうして」


「どうして」


「どうして、みんな私をおいていってしまったの?」



――ある取り残された少女

 私は観覧車のてっぺんで、彼女に首を絞められていた。


 『どうして』


 『どうして』


 『どうして』


 観覧車に乗ってすぐ発せられた、彼女の第一声はそれだった。それは私があの時、心の中で腐るほど繰り返した言葉だった。


『どうして、私を置いていっちゃったの?』


 馬鹿だなぁ、と思う。


 私を置いていったのは、あなたの方じゃない。


私の首を握る彼女の両手は、通常の女の子のものより何倍も力強かった。今度こそ本当に殺されるかもしれない。彼女はそれを望んでいるだろう。そう思った。


彼女に伝えたいことがたくさんあった。数えきれないほどたくさんあるのに、声が出せない。蚊の鳴くような声で、私の喉は空気をかすめる。


 『約束、破ったの!』


 ギリ、と一層強く絞められた。痛みからか悲しみからか、私は、泣いていた。


 それに呼応するかのように、彼女は血の涙を流した。それと同時に、私たちはお互いの涙に気づく。赤い血にまみれた彼女と、透明な毎日を過ごしてきた私。


何よりも最初に、伝えたい言葉があった。喉が不気味な悲鳴をあげた。構わない。今言わなければ、死んでも後悔するから。


 「誕生日おめでとう、さやか」


彼女が答えた。当時の声で。


 「おめでとう、もも――ももか、お姉ちゃん」


 彼女の名前は橘さやか。


 私の、双子の妹だ。



**


 私はずっと、双子の妹が羨ましかった。彼女が私より親に愛されていることに気が付いていた。私は幼いながらも「お姉ちゃん」としてふるまわなければならず、それに不満を抱いていることもしばしばだった。


 でも、それもあの日で最後となった。


 「もう一回、乗りたい!」


「えー、だめよ、疲れたでしょう?」


母が軽くたしなめたけれど、そんなものを相手にする妹ではなかった。


「もう一回、もう一回、ねぇ、もも!」


「え……」


 私は妹に比べて体力が少なく、正直言ってもうジェットコースターなどごめんだった。


「私は乗らないよ」


「えー! なんで!?」


「疲れた、休憩する。あんたも無理しなきゃいいのに」


私は彼女の天真爛漫な笑顔を、忘れることができなかった。


「やってみなくちゃ、わからないよ!」


「はいはい」


 屈託のない笑顔。あの頃、私もあんなふうに笑っていたのだろうか。


 「何度でも、乗ろうよ!」


「私は乗らない」


「じゃあわかったわ。3人で乗るから、ももはお留守番しててくれる?」


 また「お留守番」か、と私はふてくされた。再びアトラクションの入口へ向かう妹の背中がいやに焼き付いた。ふいに振り向いた妹が言った。


 「帰ってきたら、ももも一緒に乗るんだよ! 約束!」


 私の「お留守番」は、ずっと終わることがない。


 今でも、かえりを待っているのだ。


 お互いに。



**


 気が付けば、首の苦しみから解放されていた。彼女が力を弱めたのだ。安堵して首筋を触ると、真っ赤な血がこびりついていた。


 『ずっと待ってた』


「知ってる」


『どうして?』


「さやはね、事故に遭ったの。私もずっとあなたをさがしてた」


『事故?』


 ひどい事故だった。滑走中に車両が脱線、乗客のほとんどは、滑車から放り出されて転落死した。複雑な要素は何もなかったが、妹があまりにも私を呼ぶので話に尾ひれがついてしまったようだ。しかしいずれにせよ、


 妹たちは、くしくも人生の絶頂にいたのだ。


私の母も、父も、妹も。


「だから、もう一緒には乗れないの」


『今は一緒にいる』


「私はね、特別なの。さやがそうしてくれた」


『特別……?』


 彼女の全身から、邪気が消えていた。でも、一時的なものに過ぎないことも分かっていた。次にスイッチが入れば、今度こそ命の保証はない。


 観覧車は、もうとっくに一周していた。だけれど、壊れた時間はもう一度回り始める。


「ねぇさや? さっきあのおじさんが言ってたこと、おぼえてる?」


『約束?』


「そう、あなたは約束を破った。今、約束を果たさなきゃいけないの」


『お姉ちゃんだって、破ったじゃない!』


 さやかの邪気が増大する。少し身構えてから、もう張りつめるのはやめにした。


「そうだね。結局私たちは似たもの同士なのかもしれない」


 私と妹は全然違う。そう思っていた。でもそれは私の思い込みかもしれない。


 私たちは、双子だ。双子なのに、私だけずいぶんお姉さんになってしまった。


「さや、もう私とさやがお別れしてから8年経ったの。あの日、私たちは誕生日のお祝いでここに連れてきてもらったよね? あれから、もう8年」


『8年?』


「そう。私がさやの歳の頃、高校生の自分が何してるかなんて想像もできなかった。霊感なんてまるでなかったし、歳のずいぶん離れたおじさんと廃墟を駆けまわることになるなんて信じられなかったと思う。それでも今、私はここにいる」


 年月が経つって、そういうこと。生きているって、そういうこと。


 私は、小さくつぶやいた。


 「だからさ、」


 ここから、出して。


 『嫌だよっ!!』


さやかの邪気がはじけた。首を絞められているわけじゃない。単純にその邪気だけで、私を圧倒している。


『いやだいやだいやだっ!!』


 だだをこねるさやか。古びた観覧車がギシギシときしむ。


「そうだね、私も嫌だ」


『せっかく、会えたのに! もう一度会うために、さやか、とっても頑張ったのに!』


「工事の人たちのこと?」


『あの人たち、ジェットコースターを壊そうとするから、だから、やめてって言ったの。やめてくれないから、だから、鏡の中にいてもらったの』


 もしかしたらさやかは、死後数年は霊力の衰えがなかったのかもしれない。


「それはでも、いけないことなの」


『どうして?』


「おじさんに言われたでしょう?」


 境界線を、越えることだから。


『嫌だ! ずっと一緒にいてくれないと、私、ももを、』


ゆっくりと、はっきりとさやかは1音1音を口にした。その眼にあるのは、確固たる決意だろう。


 『何度でも、呪うよ』


 「さやか、ねぇ、さや」


 私もさやかも、泣いていた。私はさやかを抱き寄せた。すりぬけてしまっても、気にしなかった。


 「私、さやのこと大好きだよ。あなたのことを忘れたことなんて1度もない」


『ほんとう?』


「ほんとう。でもさや、疲れちゃったでしょう? さやはもうがんばったから、お休みしていいの。お母さんのところへ帰って、おいしい晩御飯を食べてもいいの」


『ももは?』


私は、どうするのだろう。自分でも答えは出せなかった。


 「私がちゃんとできるように、ジェットコースターの一番高いところから、空から見ててよ。お母さんたちと、一緒に。私のこと、応援してくれる?」


 もう目の前に、さやかの姿はなかった。返事は空の向こうへと消えた。


 まだだだをこねているだろうか。私の妹なら、ありえた。だけれど今の私には、信じることしかできない。


 すっかり日は暮れていた。動かなくなった観覧車から、ジェットコースターのてっぺんがよく見えた。


 「約束破って、ごめんなさい」


私は言いそびれた言葉を観覧車に残し、夢の国を去った。



**


 「双子の姉?」


「そう、あの子には双子の姉がいたの」


「でもそんな調査結果はどこにも……」


「まぁいいじゃない、終わったことなんだから」


 七尾は、ギシギシときしむパイプ椅子を揺らして大げさにもたれた。その音は、あの観覧車を彷彿とさせた。


 「ま、今どこで何をしてるか知らねぇが、その姉ちゃんも安心だろうな」


「どうして?」


「そりゃそうだろう! ずっと浮かばれなかった自分の片割れが楽になったんだからよう」


「自分の片割れ――うん、そうだね」


 自然と笑みがこぼれた。彼女と離れてしまっても、赤い血はこれからもずっと私の中で脈動し続ける。


 「お? ちょっと色っぽい顔だな。橘、いくつになった」


「レディに歳は厳禁です」


「レディ!? 女子高生がレディとはまた古いなぁ」


「うっさい!」


「ひぃ、やめてくれぇ!」


 こんな感じで、私のくだらない日常はまた続いていくのだろう。


 さや、見ててね?


 お姉ちゃん、ちょっと頑張るからさ。


読んでいただきありがとうございました。夏のホラー2017出品作品です!

決意表明の時点での題名から改題しました。

あまりホラーな展開はなく、ファンタジックな面の方が大きかったとは思いますが、楽しんでいただければ幸いです。

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