公爵とアフロ
「ボクの気に障るから黙っててくれないかな」
その声は学園の新入生たちでいっぱいのはずのこの講堂に妙に響いた。各々喋っていた新入生たちはピタリと静まり返る。声の主は満足げに頷く。
「それでこそボクの配下たちだ」
肩口まで伸ばした絹糸のような金髪を揺らしながら腕を組むその人物にその場の全員が注目する。上下揃えられた上品な白いスーツの胸元にある黄金龍の紋章に気づいた新入生たちはヒソヒソと言葉を交わす。
「あ、あれはエルドラド公爵家の紋章......!」
「ということは彼がアドマンド様なの!?」
「きゃあ、かっこいい!」
貴族の中の貴族、王族と最も近しいもの、国は滅びても公爵家は滅びす。とまで唄われる名門の貴族、それが
エルドラド公爵家である。なるほど、さすがはその長男アドマンドとでもいうべきか。視線だけで他を圧倒するような力がまだ少年のはずの彼の目にはあった。生まれながらの支配者とでもいうのか。
「ボクにとっては君たち有象無象など関わるに足りないのだが、一つどうしても耐えられないものがあったので言わせてもらおう」
傲慢な少年は講堂全体をゆっくりと見渡す。その碧眼がカミルを向いて止まる。
「そこの麦わらアフロ男、お前だよ」
うん、なんとなく自分な気がしてた。とカミルは心の中でため息をつく。アドマンドの視線を避けてカミルの周りから人が蜘蛛の子を散らすように去っていく。気がつけば、アドマンドとカミルを囲むように人だかりができている。ちなみにドミーは本に夢中になっているのかカミルの隣から微動だにもしていなかった。ミィとリィが「ムカつくやつね」「鼻の穴を広げてやるのです」などとカミルの耳もとで囁いているのに黙って首を横にふり、カミルは声を出す。
「ど、どうもすみません」
頭を掻きながらへこへことするカミルにアドマンドの額に青筋が浮かぶ。
「なんだその態度は。このボクが直々に不愉快だと言っているのだ。もっと誠意の見せ方というものだあるだろう」
それからアドマンドは土豪のように語り出す。
「まあ新環境に浮かれるのもわかる。このボクだって昨晩は心を落ち着かせるためにティーを嗜んだくらいだからね。だから多少おしゃべりがうるさくても許してやろうじゃないか。だが、お前のその格好はなんだ。麦わら帽子だと?君を目にした時、ボクにとってこの格式高い学園の始まりが汚された気分だったね。謝罪を要求する。そしてその大気中のゴミが全て絡まりそうな汚らしい髪の毛はなんだ。このボクのようになれとまでは言わないがもう少しなんとかならなかったのかい?正直貴族の学園なのだからもう少し生徒のレベルは高いものだと思っていたよ。ガッカリだ。さら......」
カミルは途中から半分聞き流していた。よくこんなにぽんぽん言葉が出てくるなぁ。アドマンドの動き続ける口を眺めているうちに意識にもやがかかってくるような気がしたが、「ゴミが絡まりそうな髪だって!?こんなに気持ちいいのに」「まったく、こいつは分かっていないのです」というミィとリィの耳元での言葉になんとか落ちそうになる瞼を持ち直す。
「こんな田舎くさい輩がこの学園に足を踏み入れることがボクは許せないよ。おいおい、聞いてるのかい?」
「あ、うん、聞いてる。田舎でごめん」
「だから言葉使いがなってないんだよ!まずはその見苦しい帽子を外してボクの前に跪け!」
あ、キレた。とカミルが思う間にアドマンドは足を踏みならしながら彼の方にやって来る。彼はそのままカミルの帽子を奪おうと手を出し伸ばす。
「わー、ダメなのです!」
「卵が見えちゃう!」
リィとミィは声を抑えて悲鳴をあげるという器用なことをしている。
焦ったカミルは、思わず呟く。
『妖精のいたずら(Fairy・Trick)』
すると講堂の木製の床から木の根が輪っかになった状態でアドマンドの足元に出現する。怒り心頭の彼は床の変化に気がつかない。その結果、
「うわひやぁっ!」
根っこに引っ掛かったアドマンドは間抜けな悲鳴をあげて顔から床につっこむ。
「あ」
やっちまったとカミルは顔を覆う。
「ぷっ、くすくす。公爵様もなかなかダイナミックだね」
ずっと本を読んでいたはずのドミーがこらえきれないといった風に笑い出す。すると釣られたのか、周りのギャラリーたちもクスクスと笑い始めた。
「あのー、大丈夫?」
さすがに可哀想に思ったカミルはアドマンドに手を差し伸べた。
「う、うるさい!ボクに触れるな!」
耳まで真っ赤になったアドマンドはカミルの手をはたいて講堂の外に向けて逃げ去る。弾かれたカミルの手が麦わら帽子に当たった。
「「「あ!」」」
カミル、ミィ、リィの悲鳴が響く。もともとボリュームの多いアフロを無理やり押さえつけていた帽子はあっさりと彼の頭を離れる。
「やばっ!」
カミルは急いで麦わら帽子をかぶり直したが、一瞬頭上の卵が露わになってしまった。誰かに見られていないかと周りを見るカミルであったが、運の良いことに彼の方に向けられた目は見当たらなかった。みんな、逃げ出したアドマンドのことを見ていたのである。
「ふぅ、良かった」
カミルは胸をなでおろす。安心しきった彼は、自分に訝しげに向けられた一対の目に気がつくことはなかった。




