入学のアフロ
「......よし、服装は完璧だな」
カミルは部屋に備え付けられた大きな姿見の前でポーズを決めている。今日は入学式当日、きちんとした格好で臨まないといけない。
「うーん、やはり麦わら帽子がひどくミスマッチなのです」
「なんていうか、浮いてるよね」
カミルと一緒に鏡を覗き込んでいる2人の妖精は言う。
「今更変えられないんだから不安になること言わないで!」
カミルは地団駄を踏んだ、そうこの姿の異質さは彼がよく分かっている。だが、カミルは麦わら帽子を脱ぐ。
「この卵を人に見られる訳にはいかないんだよなぁ」
彼のアフロに鎮座しているのは橙と青色のグラデーションが美しい拳2つぶん程の大きさの卵。心なしか初めに見た時よりも大きくなっている気がする。
ため息とともに再び帽子をかぶるカミル。彼はこのまま入学式に参加する他なかった。
「まぁそりゃそうだよね」
「卵を見られる方が騒がれる可能性が高いのです」
頷く妖精たち。
「幸いと言っていいのか分からないけど、この学園は服装が自由だから麦わら帽子でも怒られることはないでしょ」
ノルディック魔術学園が服装に関する規定を持たないのは、貴族としてのそれぞれが華美な服装をするためであるのであって決して麦わら帽子を認めていると言うわけではないのだが、カミルはそれを知らない。
最後に白いネクタイの位置を確認したカミルは、頷く。
「さあ、行こうかな。2人は部屋で待っとく?」
「入学式がどんなものか興味あるのです」
「カミルについて行きたい!」
「入学式って形式的なものだしきっと面白くないと思うよ?」
カミルの忠告に耳を貸さないミィとリィは行きたいと主張する。
「じゃあ、絶対に騒がないでよ?」
「分かってる!押すなよ、絶対に押すなよ!ってやつだね」
「ん?本当に分かってる?」
ミィの妙な反応に不安を覚えるカミルであったが、これ以上問答しても仕方がないと2人がついてくることを許した。
「校長先生のお話しとやら、楽しみなのです」
そうして3人は寮を出る。
「新入生のみなさんはこちらにお集まりください!」
プラカードを揚げている男が声を張り上げる。遠くからでも声がよく聞こえるのは拡声の魔法でも使っているのだろうか。
カミルは人ごみの中を目を伏せながら歩く。みんなの注目が自分に集まっている気がして身が縮む思いである。実際、カミルとすれ違った人はみな彼の麦わら帽子とそこからはみ出るアフロを二度見していた。
(新入生みんなオシャレな気がする...、金や銀のさらっさらストレートヘアーを惜しげもなくさらけ出して......)
アフロなのは自分だけじゃんと落ち込むカミル。本日何回目かのため息をついた時、そんな彼に声がかけられる。
「おーい、カミルくーん」
鈴のなるような綺麗な声、思わずカミルの胸は高鳴る。振り返ると、予想通りの黒髪が。
「ドミーちゃん!お、おはよう!」
小走りでカミルの元にやって来たドミーは、彼の横に並ぶと脚を緩める。
「あなた、まさか入学式も麦わら帽子で来るとはね。おかげでアフロと合わせてすぐに見つけられたけど」
ドミーは持っていた本で口元を隠しながら微笑む。
(や、やばいかわいい)
カミルは自分のアフロに生まれて初めて感謝の念を抱いた。急にだらしなく頬を緩め始めた彼に対して、ミィとリィが冷たい視線を向けていることにも気づいていない。
「入学式ってどんなことするのかな」
チャンスとばかりにカミルはドミーに話しかける。
「きっと学園長のつまらない話しだろうね。入学式はどうでもいいから私は早く魔法の勉強がしたいよ」
「熱心だね。もしかしてその本は教科書とか?」
カミルはドミーが持っている本を指差す。昨日出会ったときに持っていたものと同じもののようだ。
「ああ、これはちょっとした読み物だよ」
「どんなのか見ていい?」
「いいよ」
本を受け取ったカミルはドミーが開いていたページに目を通す。
『魔術、魔法とは人知を超えた力である。しかし、現代人はそれが人間の生み出した理であると信じてやまない。魔法とは言葉の通り魔の法なのである。人の道理が通じると我らが錯覚してしまうのは、人の繁栄が魔法によってなされたという確信からくるものであろう。オリジナルへの希求を考えると、魔法の元は龍が......』
「う、難しい」
田舎でのびのびと育って来たカミルは字を読むことにあまり慣れていなかった。数行読んだだけで脳が理解を拒む。
「僕にはまだ早かったみたいだ」
カミルはドミーに本を返した。
「そうかな?この本私が4歳の頃から読んでるお守りみたいなものなんだけど」
どうやらこのドミーという少女、カミルとは頭の出来が違うようだ。
そうこうしてるうちに、新入生は整列するように言われる。カミルはドミーの横に陣取ることができた。列になった新入生たちは誘導に従って学園の大きな講堂の中に歩いていく。
「ああ、ドキドキするなぁ」
呟くカミルであったが、昨日までの不安とは違いその胸の高鳴りには期待も含まれている。それは一重に隣の少女が、おかしな格好をしているカミルを受け入れてくれたからであった。周囲の奇異な目線はもう気にならなくなっていた。
ドーム状の講堂は前方に一段高いステージがあり、新入生たちはその前で再び整列させられる。なるほど、この舞台の上に学園長が乗って挨拶するのだなとカミルは理解した。
ちら、と隣のドミーに目をやると
「......」
彼女は読書に没頭している。本当に入学式には興味がないようだ。ざわざわと集まった新入生たちの喋り声が講堂に響く。一人一人にとっては意味のある声なのだろうが、ぼんやりと耳に入る音を聞いているだけのカミルにとってはただの雑音であった。
カミルは舞台上に目をやる、すると舞台袖からこちらの様子を伺っているおじいさんと目があった。ばちり、とウインクされる。
「え」
ドミーの肩をつつき、例のおじいさんを指差す。豊かな髭を蓄えた彼は、唇に人差し指を当てる。静かに、というサインだろうか。
「お、あれは学園長だね」
カミルの指差す方向を見てドミーは言う。
「えええー!じゃあなんで出てこないの?」
「大方私たちの行動を観察してるんじゃない?私たちが静まるのを待ってるとか」
さて、講堂に入れられたものの特に指示もないまま待機している新入生たちはそれぞれ好き勝手に話していたが、徐々に不穏な空気を感じ始めたのか口を閉ざし始める。そして場が完全に静まったところで、
「はーい、みんなが静かになるまで13分37秒かかりましたー」
舞台袖にいたおじいさんが上げ調子でそう言いながら出てくる。なんかムカつくな、とカミルは思った。
そのおじいさんは自分が学園長であると明かしたのち、滔々と入学にあたっての祝辞を述べ始める。
「えー、であるからしてー」
ドミーは本を読んでおり全く聞いていない。カミルは耳を傾けていたのだが、あくびが出るのを抑えきれなかった。とっくに飽きた妖精2人はカミルのアフロに潜り込んで熟睡中である。
「と言うわけで、はい。長々と語って来たけれどこれで形式的なことは終わりじゃ。ワシから言いたいことはただ1つ」
学園長は長い髭を撫でてニヤリと笑う。
「若者たちよ、青春するのじゃ!」
こうして入学式は終わった。
その後、配られた資料によって自分の所属するクラスが分かる。カミルはおずおずと資料から顔をあげ、隣のドミーを窺う。
「ねぇ、ドミーちゃんはクラス何だった?」
「私はレッドドラゴンだったよ」
「!」
もう一度資料のクラスが書かれた部分を見る。そこには赤い龍の印が。カミルはドミーと同じくレッドドラゴンのクラスを割り当てられていた。
「やったああ!!」
勢いよく拳を天に突きあげる。衝撃でアフロから飛ばされたミィとリィは悲鳴をあげる。
「ど、どうしたの」
ドミーは半歩後ろに下がった。どうやら軽く引かれているようだ。
「あ、いや。知り合いが同じクラスだと心強くて」
「まあカミルくん友達いなさそうだしね」
あはは、と屈託無く笑うドミー。
「それは王都に来たばっかりだから仕方ないでしょ!」
カミルも笑いながら反論する。二人はすっかり仲良しのように見えた。そこに、
「ねえ、君たちみんなうるさいよ。ボクの気に障るから黙っててくれないかな」
和気藹々とした良い雰囲気の二人に水を差すように鼻につく傲慢な声が響いた。
それっぽくなってきました




