怒りのアフロ
「なんじやこりやぁぁああ!!」
カミルの叫び声に、さすがの妖精2人も喧嘩の手をとめ彼の方を向いた。
「そういえば、説明する予定なのでした」
「しっかりしてよね、リィ!」
「ミィに言われたくないのです」
またもや喧嘩が始まりそうであったが、
「どういうことだよ!これ!!取れないし!!君たちの仕業なのか!?」
という卵をなんとか頭から外そうともがいているカミルの悲痛な叫びに2人は顔を見合わせ、一時休戦を決めたようだ。
「まずは、落ち着いてね。深呼吸でもしようか」
「う、うん」
カミルはミィに言われた通り、スーハーと息を大きく吸って、吐いた。
「落ち着いた?」
「まぁ、一応は」
ベンチに座り込んだカミルはしぶしぶと言ったように頷く。
「まずはあなたが一番気になっているであろうことをいうね、その頭に乗っているものは」
「卵なのです」
ミィが話にインパクトを出そうと一拍おいた隙に言葉の続きをリィが奪う。
ミィはムッとしたように頬を膨らませたが、リィは構わず続ける。
「その卵は、とても重要なものなのです。カミル、あなたはその卵の守り人に選ばれた。使命を果たすのですよ」
とても厳かな語り口であった。
普段のちゃらんぽらんなリィを知っているミィは普段との落差に思わず耳を疑う。カミルもその雰囲気に飲まれてゴクリ、と生唾を飲んだ。
「僕が、選ばれた......」
「卵を託されたことで、カミルは苦労をすることになるかもしれない。でも、受け入れるのですよ」
私たちもサポートしますから、とリィは微笑みながら続ける。
「何このヒロイン力、姉としての立場が!?」
一方ミィは妹の予想外のしっかりとした態度に動揺を隠せないでいた。
「僕の頭の上にある卵は一体何の卵なの?そして僕の使命って何?」
「それは答えられないのです。しかるべき時が来たら分かる、としか」
リィの言葉は曖昧だったが、頷かざるを得ない迫力があった。カミルはよく分からないながらも、納得しそうになる。
「そうだよ。使命が果たされるまでは、卵がアフロから離れることは絶対にないから気をつけてね!」
しかし、そこに何か話さなければいけないと焦ったミィの爆弾発言が投下される。
「絶対に外れない?お風呂の時とかは?」
「無理だよ?でも、重さは感じないようにしてあるはずだから日常生活には支障をきたさないよ!」
ミィは何を疑問に思うことがあるのか、と小首を傾げている。
だが、カミルはキレた。
「そんな、おま、お風呂の時にすら外れないってどういうことだよ。このアフロヘアーは風通しが悪いから毎日ちゃんと洗わないとすぐに臭くなるんだよ!ましてや卵なんて得体のしれないものを載せていたら蒸れるに決まってるじゃないか!卵を外さなきゃちゃんと洗えないのに!絶対に取れないとかふざけるなよ!!」
ウワァァァァァと叫び声をあげた彼は頭上の卵を無理やり引っ張ろうとするが、取れない。
取れないならば、と彼は勢いよく立ち上がるとベンチに卵ごと頭突きをした。
結構な勢いがあり、腐りかけていたベンチはバキッと壊れてしまう。
「あわわわわ、卵が壊れたら大変なのですよ!ミィが余計なこと言うから!」
「私のせいなの!?マザーに殺されちゃう!!」
パニクった妖精たちは互いに抱き合って震えた。
だがしかし、卵には傷一つなく。
後には勢いをつけて頭を強打したため目を回しているカミルが倒れていただけだった。
「ん、んん?」
カミルが目を覚ますと、そこは自分の部屋であった。
見慣れた天井に、いつものベッド。なぜだか深い安心感を得ることができた。
「やっぱり、夢だよなぁ」
本当に、ひどい夢だった。
いきなり妖精と名乗る謎の生物が現れたと思ったら、頭の上に大きな卵が乗せられていて。しかもそれを取り外すことは不可能だと告げられる。
そんな意味不明なことあり得るはずがない。そもそも、妖精は物語上の存在のはずだし、わざわざ人のアフロ頭に産み付けられる卵なんてあるはずがない。
カミルはそのような気持ちで確認するために頭に手を伸ばした。
だがしかし、そこにはやはり、大きな違和感があった。
「はぁ〜〜〜〜」
大きなため息が漏れる。部屋の隅にある姿見で自身の頭上を確かめると、そこには立派な卵があった。
橙色と青色のグラデーションが美しく、そこに少しイラッとくるカミルであった。
「起きてすぐに鏡をみるとはナルシストなのです」
「おっはよー!」
「やっぱり君たちも夢じゃなかったのか」
再び大きなため息をつくカミル。彼は人生を諦めたような顔をしていた。
「こんな格好で入学式に出たら、笑われること請け合いだぁ。そして4年間いじめられる生活が続き、貴族としての面子も潰れて。ドドクリフ家は僕の代で潰れることになるんだ。なんで僕だけこんな目に合わなきゃならない......」
「そ、そんなに考えこまなくても」
ミィは暗い空気を吹き飛ばそうと気を使い言ったが、カミルの絶望は計り知れなかった。
「聞くのです、カミル」
そんな空気を知ってか知らずかリィはなぜか尊大に口を開いた。
「その卵を、しかるべき時まで守り抜いた者には特典があるのです」
「特典?」
暗かったカミルも少し反応する。
「そうなのです。卵を守り抜いた勇者には、なんでも一つ願い事を叶えてもらえるのです!」
「本当に!?」
妖精や謎の卵など不可解な事象に直面していたカミルは、その言葉をあっさり信じたようだった。
「だったらやる気が出てきたぞ!アフロヘアーをさらさらロングにしてもらうんだ!!」
彼は雄叫びをあげる。
そんな彼を尻目にミィはリィに小声で問いかけた。
「今のって本当?」
「嘘に決まってるのです」
「いいのかな?」
「いつまでもやる気を無くされているよりはマシなのです」
「それもそうだね」
ミィは無理矢理自身を納得させるように、ウンウンと激しく頷いた。
「やるぞおおお!ってそういえば、僕はどうやってここに戻ってきたの?」
ふと我に帰ったカミルは二人に問いかけた。
「ああ、カミルが自分から頭をぶつけて失神したあと私達がベッドまで運んであげたんだよ」
えっへん、と胸を張りながらミィは答える。彼女に張る胸があるのか、と言われると答えづらいものがある。
「うるさい!」
「またミィ姉様が突然喚きだしたのです」
「そうなの!?君たち僕を運べるの?」
そんなに小さいのに、という目線で彼は2人の妖精を見つめた。
「視線がイヤらしいのです」
いやん、とリィは身体をくねらした。
「違うよ!」
彼女たちはサイズを別にすれば人間の10歳児レベルの容姿であった。そんな彼女らにいやらしい目線を向けたとあっては条例で捕まってしまう。
かく言うカミルも13歳にすぎないのだが。
「まじめに言うと、私たちの魔法だよ!」
リィは指先からキラキラ光る粉を出した。
「私たちはこの『妖精の粉』をかけたモノをある程度操れるんだ!」
「眠らしたり、浮かべたり、なんでもござれなのです」
「ヘぇ、妖精って魔法も使えるんだ。魔法って人間だけのものかと思ってた」
妖精の存在などお伽話上のものだと思っていたカミルだったが、既に2人に馴染んでいた。
カミル少年は勢いに呑まれる性格なのである。
「それで、運んでくれてありがとね。屋敷に入る時誰かに見つからなかった?」
「窓からこっそり入ったので大丈夫だったよ!」
「そもそも、この家にはカミルと母親と1人のお手伝いしかいないのです。私たちが見つかるわけないのです」
「あはは......」
カミルは苦笑いした。
彼のドドクリフ家は貴族としては下の下であり、貧乏なのである。
使用人を雇うお金もほとんどない。
そしてこの屋敷も貴族のものとしては非常に小さかった。
「魔法かぁ」
カミルは自分の髪の毛を触った。
「もしかして、魔法でこのアフロと茶髪を直したりできる?」
リィとミィは顔を見合わせる。
「そ、それは......」
2人は何か迷っているようだった。
「ねぇ、カミル。ドルイドって知ってる?」
やがて意を決したように、ミィが口を開く。
「ま、待つのです、ミィ!」
制止をかけるリィに構わず、ミィは続けた。
「君はそれに選ばれたんだよ」
「ドルイド?選ばれた?どう言うことだ??」
眉をひそめるカミル。ちなみに卵はカミルの動きに関わらず、安定感をもって頭に鎮座していた。
「ドルイドは自然と人間を繋ぐ者なのです」
リィは仕方がない、と言うように話しを続けた。
「カミルの髪が茶髪でアフロなのは、君がドルイドに選ばれたから。君は『妖精の魔法』でその髪型になったんだ!」
「そして、カミルが卵を授けられたのもまた、あなたがドルイドだからなのです。それも自然と人間の調和のための礎なのです」
「つまり、僕のこのアフロや髪色はお前たちのせいってこと?......ふざけるなよ!!!」
カミルは怒鳴り、近くにいたリィに掴みかかった。小さなリィはカミルの手にすっぽりと収まってしまう。
カミルは手に力を込めた。
「んぐっ......」
リィは苦しそうに呻く。
「カミルやめてっ!!!」
ミィがカミルの髪を引っ張るが、カミルは全く意に介さず、
「僕の髪を元に戻したら離してやる」
と告げた。
「どうしたの!?いきなりキャラが変わってるよ!」
「うるさい!僕がこの髪型でどれだけ苦労したか知らないだろ!!」
「し、知ってるのです。リィ達はず、ずっとカミルを見てきたのですよ」
掴まれたリィは息も絶え絶えに言う。
「なんだと?」
「カミルが髪のことでいじめられても何かに八つ当たりをしたことがないのも知っているのです」
ミィはカミルの頭上の卵を心配そうに見上げながら、リィに続けて口を開く。
橙と青のコントラストが美しかったはずの卵は、橙色が薄くなり、全体的に青く変色し始めていた。
「そうよ!カミルが優しい子なのは私達が知ってる!だから君はドルイドに選ばれたんだから!!」
「適当なことを言うなよ!」
二人の言葉にも、カミルは聞く耳を持とうとしない。
「か、カミルが怒るのも仕方ないのです。私はカミルに殺されるなら受け入れるですよ。カミルがいなければ8年前に、この命はなくなっていたのですし」
カミルに全身を圧迫されているリィは息も絶え絶えの様子だったが、「受け入れる」と言い切った。
「リィが良いって言っても私は許さないよ!殺すなら私にしてよ!!」
リィの苦しそうな様子や、ミィの必死の形相に、カミルは我に返ったようにリィを握っていた手を離した。
激情はまた冷めるのも一瞬なのだ。
「......ごめん、冷静じゃなかった」
カミルはベッドに突っ伏して言う。
「許すのです」
一歩間違えれば「死」というところだったにもかかわらず、リィはあっけらかんとしてフワフワと飛んでいた。
「私たちもごめんね、今までカミルに辛いことを押し付けちゃって」
ミィは申し訳なさそうに頭を垂れる。
「僕はこのアフロでずっと悩んできたからさ、今すぐに納得はできないよ。でも、このアフロに何か意味があるなら知りたい。ドルイドって何なんだい?」
「カミル大好き!」
ミィは枕に顔を埋めているカミルのアフロに飛び込んだ。彼女は単純な思考回路をしているのである。
「ドルイドについては、私が引き続き説明するのですよ」
リィが口を開く。




