100のお題:花見
久々に悪友の平井から呼び出された。
駅前で待ち合わせてどこへ行くのかと思えば、花見のつもりらしい。
「今日を逃すと見られないからな。ほら、明日は雨だって天気予報でさ」
「へえ、そうか。で……なんで彼女と来ないんだ?」
カップ酒片手にベンチに陣取って飲む。
去年までは職場で花見に行ったとか彼女と夜桜見に行ったとかいって写真で自慢されていたんだが。
そう思って横を見ると、平井はなんでかうなだれていた。
「どうした?」
「それがさぁ……今年から花粉症だとかでさ。薬飲んでる間はアルコールはだめって言われたんだとさ」
「そりゃ気の毒に」
「そうなんだよ、酒飲みの彼女が酒抜きで花見とか、絶対無理。俺が酒の匂いさせててもにらまれるんだぜ?」
「まあ、そりゃ仕方ないな。頑張って耐えろ」
ということは、今日は彼女と会う予定はないということか。
二本目のカップ酒に手を伸ばす。大してつまみを飼わなかったから、残るつまみはチーズスティックだけだ。
「それがさぁ……それでも花見に連れてけって聞かなくて」
今に始まったことじゃないが、平井の彼女は結構気が強い。というか完全に尻に敷かれている。
結婚も彼女がうんと言うまではお預けらしいし、ちょっと気の毒と思うのはきっと俺だけではないだろう。
「じゃあ、車で桜並木でも走ったらどうだ? 夜桜でもライトアップされてるところならきれいだろう」
「どこにあるっていうんだよ」
「そうか? うちの近くの川岸は結構植えてあるぞ」
「じゃあそこにしよう。明日迎えに行くわ」
そういうと平井はとっとと立ち上がって空になったコップを袋に放り込んでいく。
「俺もか?」
普通、こういうのは恋人同士二人で行くもんじゃないのか?
いぶかしげに見上げると、平井は残っていたワンカップを俺に差し出してけろりと笑った。
「運転手よろしく」
なんで俺が後部座席にバカップルを乗せて夜桜見物に繰り出さねばならんのだ。
平井がいうから提案しただけだというのに。
「だって、帰りに車返してもらわなきゃならんだろ?」
「なんでだよ。……って車の中で飲むつもりか」
「仕方ないだろ? せっかく彼女と二人になれるんだから」
俺が一緒にいるけどな。
それに、アルコール飲めないって話はどこへ行ったんだよ。
「拗ねるなよ。今度お前を後ろに載せて夜桜見物連れてってやるから」
座る場所が前か後ろの違いだけじゃないのか。どうせ助手席には彼女が座ってるんだろうが。
「じゃ、そういうことで。明日八時に」
嬉しそうに電話をかけながら平井は去っていく。
独りぽつねんとベンチに残された俺は、肩を竦めるしかなかった。
見上げた空を切り取る桜は、実に美しかった。




