俺の姉は居候教師
家に帰ってからしばらくすると、ガチャっと鍵の開く音がして誰かが家に入ってきた。
俺と音羽は帰宅済みだ。つまり、この家の者でない何者かが入ってきたということだ。
「「音羽(和斗)!」」
直ぐに気づいた俺達は、その気配のする玄関へ相手に気づかれない様にして向かう。
玄関に繋がるドアを勢いよく開け、戦闘態勢に入るが――――
「あら、ただいま。どうしたの? そんなに急いで……」
そこに立っていたのは、俺の姉である水無香だった。
「……いや、なんでもないよ」
「お姉さんは何しにここへ?」
「あ、そうだったわね。私、今日からここに住むことになりました!」
「……え?」
「ほら私、和斗のいる高校の先生になったでしょ? だから通勤するのに学校の近くに住むところが必要なのよ」
「そうですね」
「いや、『そうですね』じゃ、ねぇよ!」
「じゃあ、今日から宜しくね」
「はい。お姉さん」
「勝手に話を進めるな、ここは俺の家だぞ!」
「和斗……どうしても、ダメ?」
なっ!? 姉さんが可愛い!!
「い、いや別にダメって言ってる訳じゃ……」
「ありがとう! 和斗」
「簡単に言いくるめられたわね」
「う、うるせぇ……」
俺は力なく言い返した。
「となると、いろいろと決めないといけないな」
「「何を?」」
二人して聞き返してくるなよ……。
「そりゃ、姉さんの部屋とか荷物をどうするかとか」
「そんなの、空いてる部屋使えばいいじゃない?」
「そうはいかない」
「それまたどうして?」
「空いてる部屋がないんだ……」
「え?」
「……俺と音羽の部屋以外は、もうつかえないんだ」
「まさか……物置状態になっているとか?」
「いや、そんなことは断じてない」
そう、この俺に限って物置状態になるほど無駄な物を溜め込むなど断じてない!
「……」
一瞬、沈黙が流れた。
「ちょっと、二階を見てくる」
言い終わるや否や姉さんは二階への階段を上っていってしまった。
「ね、姉さん!」
俺と音羽も姉さんの後に続いて二階に向かう。
「まずはこの部屋ね」
姉さんが一つの部屋の扉を開けようとしていた。
ここで俺と音羽の部屋の扉を開けなかったのは、事前に俺達の部屋を姉さんに伝えてあったからだ。
姉さんが扉を開けると、そこはやはり物置部屋ではなかった。
「な、なにこれ……」
代わりに沢山の本がしまわれた本棚がずらりと並んでいる。
「あ、あぁ。ここは、書斎だ……」
「書斎? 何でそんなものがあるの?」
「い、いや。静かな部屋で勉強とか読書をするために」
書斎の窓のすぐ前には木製の机と椅子が置かれている。
「おかしい! 高校生が書斎にこもって勉強や読書をするなんて聞いたことないよ! 流行りなの!?」
姉の言葉はごもっともで、書斎にこもって勉強や読書をするなんて普通の高校生のすることじゃない。
「次はこの部屋!」
姉さんのツッコミを受けた後、直ぐに次の部屋、書斎の横の部屋の扉の前に来ていた。
姉さんが扉を開けると、そこには図鑑がびっしりとしまわれた本棚と大きな天体望遠鏡が居座っている。
「………………ここは?」
「ここは、もう一つの俺の部屋だけど」
「何で二つもあるの?」
「ちょっと感傷的な気分になった時にコーヒーを飲みながら、そこの天体望遠鏡で夜空の星を眺める為に」
「絶対におかしい! 高校生が感傷的な気分になった時にコーヒーを飲みながら天体望遠鏡で夜空の星を眺めるなんて聞いたことないよ!! 流行りなの!?」
姉の指摘はごもっともで、コーヒーを飲みながら、天体望遠鏡で夜空の星を眺めるなんて普通どころか高校生はしないだろう。
「次は――――」
「いや、姉さん……もう二階には他に部屋はないよ」
「…………」
「あ、あの、お姉さん……よかったら私の部屋を使ってください」
珍しい、音羽が人に気をまわしている。
「いいの?」
「えぇ。勿論です」
「でも、音羽ちゃん寝るところに困らない?」
「大丈夫です。和斗と同じベッドで寝るので」
「「な!?」」
「か、和斗! あなたこうなる事を予想して――――」
「いや、そんな事は――――」
「まさか……計算していたんですか?」
「音羽! さっきから何も言わないと思ったら……計算してたのはお前の方だろ!」
「わ、私、極力早く寝るようにするから!」
「姉さん! 誤解だぁぁああーー!!」
姉さんの生活する部屋も決まり、そろそろ夕飯を食べる時間だ。
俺達は一階のリビングのテーブルを挟んで、向かい合わせになって着席していた。
今日からご飯の担当は姉が受け持つことになった。
そして、掃除は俺、洗濯は音羽と決まらなくていい事も決まった。
「はぁ……」
結局、俺と音羽が同じ部屋で生活することになった。
「いや、姉さんはリビングのソファーで寝ればいいだろ?」
「酷い! 女の人に『リビングで寝ろ』だなんて」
「そうよ。お姉さんをもっと大切にして」
「じゃあ、俺がリビングで寝るから姉さんは俺の部屋を使ってくれ」
「何言ってるの? 和斗は私と寝るの!」
「お、音羽! 何を言って――――」
「夜、零使が来たらどうするの?」
と、音羽が真剣な表情で耳打ちしてきた。
「…………わかった」
「あら、二人とも仲が良いわね」
「はぁ……」
正直、女の子と同じ部屋で過ごすことができるのはとても嬉しいのだが……。
「何よ? そんなに私と同じ部屋が不服?」
「い、いや、そんな事は――――」
「そんな事はないわよ」
と、姉が料理を机に並べながら口にした。
「和斗が音羽ちゃんと同じ部屋で嫌な訳がないでしょ」
「…………」
「その逆よ。和斗は凄く嬉しいの。でも、女の子と同じ部屋でどう接していいかわからないのよ」
「なっ!!」
図星だった。
流石、姉弟だな。
俺は女の子と同じ部屋でどう接していいかわからずにいた。
「…………]
「…………へぇ、否定しないんだ?」
音羽が何か言った様な気がしたが、この話はその場終わった。
夕飯を食べ終えると、後片付けをしながら姉が今までにない位の真剣な表情で一言。
「あまり深く考える必要ないわよ。普段通りに過ごしなさい」
と。
自室(今日から俺と音羽の部屋になった)に戻り、、姉の言葉の意味を考えていた。
『普段通り』で大丈夫なのか?
「ねぇ、和斗……」
ふと、音羽が俺を呼んだ。
「ん? どうした?」
「変なこと……しないでね」
「!!!?」
普段通りに接しようと思っていたんだが、彼女は周りの空気など気にしていない様だ。
「し、しねぇよ!!!」
「…………そ、そんな全力で否定しなくてもいいじゃない」
「ん? 何か言ったか?」
「な、何でもないわよ!」
『普段通り』か、何となく姉の言葉の意味がわかった気がした。
夜も更けてきて寝る時間はとっくに過ぎているのだが……眠れない。
眠れるはずがない。
何しろ女の子と同じベッドで寝ているのだから。
だが、音羽は俺の気も知らずに寝息をたててぐっすりと眠っている。
無防備過ぎやしないか?
時計の針は午前三時過ぎを指している。
時計の音以外聞こえず、静かに時間だけが流れていく。
部屋は二階にあるが、時折通る車のライトでカーテン越しに少し明るくなる。
瞼が重たくなってきた。
(やっと、眠れる……)
と、思っていた瞬間ーーー
突如としてガシャーーン! と、窓硝子が割れた。
そして、凄まじい風が部屋の中に流れ込んでくる。
家中から硝子の割れる音が聞こえてくる。
「う……ん……。こんな時間になんなのよ……」
「お、音羽っ! 起きてくれ! 家中の窓硝子が割れてしまったんだ!」
「この気配、零使ね」
(目覚めるの早っ)
「で、零使は何処にいるんだ?」
「この強風の外よ」
「…………」
割れた窓から外を見渡すと、とてつもない勢いで風が流れているのが見えた。
庭に出ると、巨大な竜巻の中心に家がある事が分かった。
これでは強風に邪魔されて外にいる零使に攻撃することが出来ないだろう。
「それで、どうやって外に出るんだ?」
「魔法で大幅に飛躍して外まで行くわ」
「そんなに高く飛べるのか?」
「あれ位なら大丈夫よ」
彼女はそう言うが、百メートル位はあるだろう。
「それにしても、零使、何もしてこないわね」
「いや、俺の家の窓硝子全て割ったんだぞ!」
「零使を倒せば治るじゃない」
「そう言う問題じゃない! 踏んだら怪我するだろ?」
「踏まなきゃ良いのよ」
「…………」
確かに風を起こすだけで、これといって特に攻撃を仕掛けてこないな。
「じゃあ、外の零使を倒して早くこの風を止ませてくれ」
「何言ってるの? 貴方も一緒に飛ぶのよ」
(…………え?)
「じゃあ、跳ぶわよ」
「いや、待って――――」
止める間もなく俺達は跳び上がった。が――――
「っ!? しまった!」
音羽の驚いた声が聞こえたと思ったら、直ぐに地面に叩きつけられた。
「がぁはっ」
何メートルかは分からないが、高い位置から叩き落とされたんだ。痛くないはずがない。
「お、音羽!」
「私は大丈夫よ。零使の攻撃を受けただけで、着地には成功したから」
「大丈夫な訳ないだろ。その怪我」
「かすり傷よ」
心配するに決まっている。
音羽は腕から血を流している。かすり傷な訳がない。更に、血が出ている分、体力が消耗しやすいはずだ。
そして、上からまだ零使の攻撃の雨は続く。
俺が守らないと。
俺は、音羽の剣なんだから。
大急ぎで、音羽を家の中へ運ぶ。
家の中なら、しばらくは攻撃を防げるはずだ。
だが、いつ零使の攻撃で家が壊れるか分からない。
それに、零使がこっちに降りてきたら家の中にいても意味がない。
あの零使は以前のものと比べて、とてつもなく大きい訳ではない。といっても、人間よりも一回り大きい。
三メートル位はあるか。
「なぁ、零使は二体いるのか?」
「いえ、外で風を起こしていた零使が、私の飛躍と同時に跳んだのでしょうね」
つまり、零使は一体か。
あれ位の零使なら俺一人でも倒せるんじゃないか?
「音羽はここで休んでいてくれ」
「私は大丈夫よ」
「無理するな。お前は俺が守ってみせる」
「…………わ、分かったわ」
それにしても困ったな。これでは、リングの真上から攻撃されている様なものだ。
こちらの攻撃は届かず、逃げることも出来ない。
この風さえ何とか出来れば。
「…………」
いや、消せるかも知れない。
「なぁ、音羽。俺のヴァルヴァライド・ソードは音羽の国では伝説の宝武だったよな?」
「……そうだけど」
そんな凄い物なら、風の一つや二つ消せるのではないか?
確証はないが、やってみない手はない。
目を閉じ宝武の姿を想像し、念じた。
すると、いつの間にか俺の右手には、輝く光を纏った大きな剣が握られていた。
「貴方、一体何をする気?」
「あの風を消す」
一気に駆け出し、ヴァルヴァライド・ソードで家の周りの強風を切り裂く。
「はぁぁああっ!」
瞬間。剣を纏っている光が広がり、強風を掻き消した。
零使は新しく風を起こすわけでもなく、俺を目掛けて落ちてくる。
「あっぶね」
間一髪で躱したが、いきなりだったから攻撃を繰り出すことが出来なかった。
そして、零使の二度目の攻撃がきた。
やばいっ。
俺は反応できずに攻撃を受ける。
「がぁっ」
だが、攻撃を受ける前に零使が爆発した(様に見えた)。
「……ナンダ」
ふと見ると、音羽が零使に向けて魔法を詠唱しているのが分かった。
「キサマァッ」
零使の目が音羽に向いた。
仕掛けるなら今だ。
「喰らえ」
俺はヴァルヴァライド・ソードを零使に叩き込むーーー
「オソイッ」
が、躱された。普通に考えれば今の攻撃は当たっていたのだが。
(……風を操ってるんだ!!)
自分の背中に尋常じゃない速さの風を送り込んで、追い風の状態にしているんだ。間違いない!
続いて音羽の魔法詠唱の後に現れた大きな火の玉が零使に向かって飛んでいく。
風に炎か、相性としては悪くない(……と思う)。
例えば、氷の刃で攻撃しようものなら強力な風で跳ね返されていただろう。
だが、火であれば風で跳ね返そうとしても、いかに大きく形成しようが空気中で霧散する。
瞬時に相手の特性を見抜くあたり、流石だ。
まぁ、音羽が氷の魔法を使えるかどうかは知らないのだが……。
そして、その隙に俺はさっきの攻撃の回転力を使ってもう一度ヴァルヴァライド・ソードを叩き込む。
「いっけぇぇええーー!」
「キサマノセンポウハハアクシテイル!」
零使は自身の背中に追い風を起こして瞬時に俺の攻撃範囲から離れた。
零使の言葉には自信が感じられた。だからだろうか、俺はその言葉に不審さを覚えた。
「じゃあ、これはどうかな」
俺は零使と距離をつめようと勢いよく駆け抜ける。
「ムダダ」
零使は風を起こして俺から距離をとる。
「そう来ると思っていたぜ」
「ナニッ!」
俺は手に持っていたヴァルヴァライド・ソードを零使めがけて投げ飛ばした。
「シマッ――――」
勢いよく回転しながら飛んでいった宝武は零使の身体を真っ二つに切り裂いた。
真っ二つに裂けた零使の身体は、そのまま消滅した。
「…………」
あの零使と俺が会うのは初めてだ。それなのに零使は、『キサマノセンポウハハアクシテイル!』と言っていた。それに、本当に俺の攻撃を未然に防いだ。これは、ただの偶然だろうか?
そして、薄暗かった空も、日が昇り始めて明るくなってきた。
(え、……日?)
「おい! 朝になってるぞ! 音羽!」
「その様ね」
「『その様ね』じゃ、ねぇ! 俺、寝てないぞ」
「私もよ」
「…………」
「あと、いつ傷治ったんだ?」
「治癒魔法を使っていたのよ」
もう、流石だとしか言えない。
「じゃあ、学校に行く支度するか」
「そうね」
「あら、おはよう。二人とも早いのね」
姉さんも起きた様で、二階から眠たそうに目を擦りながら降りてきた。
(眠たいのは俺達の方なのに……)
「待ってて、直ぐに朝ご飯作るから」
姉さんは急いで、台所の方へ向かっていった。
というのも、昨日の夜に姉さんが我が家の料理担当に決まったからだ。
音羽は寝る前に、朝には洗濯が完了している様に洗濯機の設定をしていた。
そして今、洗濯が完了した洗濯物を干している。
音羽は、我が家の洗濯担当だ。
そして掃除担当の俺は、掃除機をかけて各部屋を綺麗にしていく。
「朝ご飯できたわよー」
リビングから姉さんの声が聞こえてきた。
「お、やっと朝食ができたか」
「お姉さんの料理、楽しみです」
俺達も、揃ってリビングへ入る。
「「「頂きます」」」
席に着き、姉さん自慢の料理を食べようとする。
「ふふっ、はりきって作ったのよ」
テーブルの上からはシェフ顔負けの、鉄板に乗った厚切りステーキの焼ける音が聞こえている。
「なぁ。姉さん……」
「なぁに? 和斗」
「朝から厚切りステーキを食べろと?」
「スタミナつけなくちゃ!」
「ほら、音羽も何か言って――――」
「お姉さん、このステーキとても美味しいです!」
音羽は美味しそうに、姉さんの作ったステーキを頬張っている。
「はぁ……」
「そんなことより和斗、大丈夫? 目の下に隈ができてるわよ」
「あぁ、昨日は眠れなくて」
「あら、音羽ちゃんも」
「昨日は和斗が寝かせてくれなくて……」
「えぇっ!! 和斗が……」
音羽。疲れてんだよ俺はっ!!
「姉さん誤解だ!! てか、音羽! お前寝てたじゃねーか!」
「和斗には、責任……とって、もらわないと」
顔を赤らめる音羽。
「か、和斗……貴方、どうするのよ!!」
「お、音羽ぁぁああああーーー!!!」
姉さんの誤解を解いている間にさっさとステーキを食べ終えた音羽は、『早く学校に行くわよ』と俺を学校へと拐っていくのだった。
俺、まだ朝ご飯食べてないのに……。