俺の姉は学園教師
「やっと帰りか」
6限目の授業が終わり、放課後になっていた。
「やっとも何も、ずっと寝てたでしょ」
「そうだよ。和くんはもっと勉強しなきゃダメ」
……返す言葉もない。
「そ、それより帰ろうか」
「うん」
「……そうね」
音羽はまだ何か言い足りない様子だったが、同意してくれた。
「あれ? 荘司と美由希は?」
「荘司は用事があるとかで先に帰ったわ。美由希は補習ですって」
「そうか。じゃあ、三人で帰るか」
「えっ? 美由希ちゃん待たなくて良いの?」
「補習になる方が悪い」
「和くん、冷たい」
ほっとけや!
靴に履き替え、俺達は学校をあとにした。
すると、辺りが急に暗くなった。
「和斗、零使が現れたわ」
「何!?」
「早く向かわないと」
「わかった」
美奈実の方を見ると、そこに彼女の姿は無かった。
「み、美奈実?」
「言ってなかったけど零使が現れた時、人間はこの世界から切り離されるわ」
「じ、じゃあ、美奈実は無事なんだな?」
「そうよ」
よかった。美奈実が無事だと聞いて少し安心した。
「で、何処に現れたんだ?」
「家の方角よ」
「家!? まさか――――」
家に被害が無いことを祈る。
「大丈夫。家の方角ってだけで、家に現れたわけでは無いわ(たぶん)」
すると前方から見慣れた人物が走ってきた。
「はぁ、はぁ……和斗、大変よ!」
息を切らしながら走ってきたのは、水無香。俺の姉である。
「姉さん、どうしたの! 実家に帰ったんじゃなかったの!?」
「そんな事はいいのよ!」
「で、どうしたの?」
「家の中にドでかい怪物が……!」
「っ!? 音羽!」
「…………ええ」
返事が少し遅れて返ってきた。こんな時に考え事か?
「どうかしたのか?」
「いえ、何でもないわ」
「そうか」
俺達は家に急いだ。
「フフフフ」
「あぁぁぁああ! あいつ、人の家を食ってやがる!」
家の前に着くと、俺の家を我が物顔で食べる零使の姿があった。
「あんなに大きな零使を見るのは久しぶりね」
「『久しぶりね』じゃねぇ! あの怪物を何とかしろ!」
「貴方は私の剣、私が貴方に護ってもらう立場なのよ」
俺より全然強いくせに何を言っているんだ。
「……じゃあ、何か武器を貸してくれよ」
「武器? それくらい自分で生成しなさいよ」
「出来るか!」
「仕方ないわね。生成魔法を教えてあげるわ」
「おおっ! そんなのがあるのか?」
魔法を教えてもらえると聞いて、俺の興奮も最高頂に達した。
「えぇ、異世界の住人なら」
「…………それ、俺使えなくね?」
「大丈夫よ。貴方は私と剣の契約をしているのだから」
「剣の契約? そんなの何時した?」
「この前、貴方が寝ている時に……こっそり」
こいつ、勝手に!!
「…………で、どうするんだ?」
「目を瞑って、念じるだけで良いわ」
「案外簡単なんだな」
よし。
「……………………」
「まさか、これはっ――――」
音羽が何か驚いた声をあげた。
俺は目を瞑っていて全く見えないが、周囲が明るくなったのは、目の上の薄い皮を通してわかった。
目を開けてみると、そこにあったのは光を纏った剣だった。
「おおっ! かっこいい!」
「こ、これは……ヴァルヴァライド・ソード!?」
「何だ、それ?」
「私の国で、伝説と呼ばれている宝武の一つよ。それがどうしてここに……」
「これって、そんなに凄い物なのか?」
「えぇ。でも、その実態は明らかではないわ。伝説としてしか聞いたことがないもの」
「でもどうして、これが伝説の剣だってわかるんだ?」
「神々(こうごう)しい光に、龍の刻印があるでしょう?」
よく見ると、刃全体にわたる位大きく文字の様なものが書かれている。
何て書いてあるのかは分からないが……。
これが、龍の刻印なのか?
まぁ、実態がわからないとしても―――
「まぁ、とりあえずカマしてやるか!」
使ってみるしかないだろう。
使用してみないと何も分からないだろうからな。
「とりゃぁぁぁああーーー!」
夢中で俺の家を食べている零使の身体めがけて駆け出し、剣を振り下ろす。
(こいつ、まだ食べていたのか!)
「グァァァアアーー!?」
斬り裂いた零使の身体から黒い液体(の様なもの)が噴き出した。
「和斗! 気を抜いちゃダメ!」
音羽の言葉を聞き、俺はもう一度零使に向け攻撃を繰り出す。
「喰らぇぇええーーー」
「ガァァアアアー!」
今度は、零使も俺をめがけて攻撃を繰り出した。
「ウァァアアーー!」
俺は零使の攻撃を躱し、相手の腹部に攻撃を叩き込んだ。
「ウ……グッ」
「やったか?」
振り返ると、零使が消えていくのが見えた。大きい割には、呆気なかったな? これが、伝説の宝武の力なのだろうか?
「ひとまずこれで――――明るく……ならない!?」
「やっぱり」
「『やっぱり』て、何か心当たりでもあるのか? まさか、もう一体零使がいるとか?」
「あら、良い勘してるじゃない」
全くの当てずっぽうだったが、どうやら正解の様だ。
「ずっと気になっていたのよ。何故、現実世界と切り離されたこの世界に貴方のお姉さんがいるのか」
「た、確かに言われてみれば……戻るぞ! 音羽!」
「貴方に言われるまでもないわ」
さっきの道を戻ると、そこには姉さんが立っていた。
「ね、姉さん?」
「フフッ、フフフ、アハハハハッ」
「和斗、あれは貴方のお姉さんではないわ。あれは――――」
一呼吸おいて音羽は言った。
「零使よ」
「零使って、人に化けるのか?」
「いえ、私も聞いた事がないけど、彼女からは零使と同じ気が漂っているわ」
すると、姉さんの形をした零使? が俺をめがけて突っ込んできた。
「くっ、喰らえ!」
俺も負けじと対抗する。
「はあっ!」
「フフッ、アマイナ」
「っ!?」
零使は俺の攻撃を躱し、軽々と俺を吹き飛ばした。
「ぐはっ!」
「和斗っ!」
地面を転がるなんてものではない。水切りの時に水面を跳ねていく石と同じ様に俺の身体が硬い路上に叩きつけられる。
さっきまで目の前にいた零使が遠くに見える。
先程出来たであろう切り傷と擦り傷の今までに経験したことの無い痛みに叫びそうになるが、音羽にだけは情けないところを見せたくない。
「心配すんな。大丈夫……だ」
声を押し殺し、強がってみせる。
「いえ、別に心配はしてないわ」
「冷たっ!」
「お前も戦え!」
と、何とか言葉を返すが、俺の体力はもう限界に近い状態だ。
「わかったわよ」
「それじゃ、いくぞ……」
同時に駆け出し、二手に分かれて攻撃を繰り出す。
「はぁぁあああ!」
俺は前方からヴァルヴァライド・ソードを叩き込み、少し後ろの位置から音羽が魔法で攻撃する。
「ナンドキテモオナジダ」
一撃目は防がれたが、一振り目の勢いに乗せ身体を回転させて直ぐに二擊目の態勢にはいる。
「ナニッ!?」
(この剣重たくて、自分の力では止められない)
更に音羽の魔法が零使に炸裂する。
「グァァアッ!」
「これで――――」
「マダダ……」
人に化けることの出来る零使は力も違うのか? 一筋縄ではいかない様だ。
「もう一息よ、和斗」
そう言うや否や、音羽も刀に持ち替え俺の隣に並ぶ。
「はぁぁあっ!」
「っ!」
もう、声も出ない程に体力は消耗していた。
俺の攻撃は躱されたが、音羽の剣は零使の身体を貫いていた。
「ガァッ!」
「…………」
自分の姉の姿をしたモノに刀が刺さり、黒い液体(の様なもの)を流しながら呻く様は、見ていてお世辞にも気分の良いものではなかった。
そして、音羽は突き刺した剣をそのまま横に振り、零使の身体を真っ二つに引き裂いた。
「――――ッ!!」
言葉を発する事もなく、そのまま倒れ消えていった零使は、どこか悲しげな表情をしていた様に見えた。
終わった……のか。
辺りの景色もいつの間にか明るくなっていた。
そして、ふとある事に気づく。
「あれ? 俺の家が元どおりになってる!」
「それはそうでしょう、現実の世界に戻ってきたんだから」
「つ、つまり?」
「さっきの世界は零使の創り上げた世界で、倒してしまえば現実には何の影響もでないのよ」
「そ、そう言う事は……もっと早く言えぇぇええ!」
心配して損した。
今後の事を考えないといけないと思っていたのだが、その必要もなくなり、ホッと胸を撫で下ろす。
と、同時に気が緩んだのだろう急に意識が遠のいていく――――
翌朝登校すると、そこには怒った美奈実の姿があった。
「和くん、昨日はどうしたの!? 気がついたら、和くんも音羽ちゃんもいなくて驚いたんだからっ!!」
そうだ。昨日は零使が現れたから、美奈実の事を放って家の方に向かったんだった。
「わ、悪い、昨日は急用を思い出して」
「だったら、どうして言ってくれなかったのっ!」
「ごめんなさい美奈実さん。昨日は和斗がどうしても私と二人で話したい事があるって言うから断れなくて……。それに、美奈実さんには内緒でって言われたから……」
すかさずフォローを入れてくれる音羽。
「か、和くん?」
なんて事を言ってくれたんだ!!
何だか、美奈実の声のトーンが低く聴こえる……。
「音羽ちゃんと何の話をしたのっ!? も、もしかして、愛の告白……とか?」
「い、いや。断固としてそんな話はしてない!」
「そ、そうなの?」
「してない!」
「そ、そうなんだ。してないんだ……ふふっ」
美奈実が少し笑った様に見えたが何か可笑しかったのだろうか?
……まぁ、いいか。
「ほら、そろそろHRのチャイムが鳴るぞ。お前も席につけ」
「はーい」
チャイムが鳴り、担任の細川先生が教室に入ってきた。
「皆さん、突然ですが今日のHRは無しです。今から体育館に集合して下さい。新しい先生の就任式を行います」
新しい先生? こんな時期に? まぁ、音羽が転校して来たくらいだし何もおかしい事はないのだが。
「なぁ、和斗。新しい先生ってどんな人なんだろうな?」
俺の前の席に座っている荘司が小声で話しかけてきた。
「さぁな?」
「それより体育館に行くぞ」
他のクラスメイトも体育館に向かうためゾロゾロと教室から出て行っていた。
体育館に着くと、とっくに他のクラスの人達は並んでいた。
しばらくすると、校長先生の長い話があり、その後に就任式が行われた。
「それでは就任する先生は登壇して下さい」
指示が出ると、新しい先生の姿が見えた。
「!?」
姉さん!
何やってんだ、あの人は!
「皆さん、初めまして。今日からこの学校の教師として働く事になりました水無香です。宜しくお願いします」
「それでは、就任式は以上です。生徒と教師の皆さんは授業に戻って下さい」
その時は仕方なく教室に戻ったが、俺は姉に聞きたい事が山ほどあった。
次の休み時間。
職員室の前に俺の姿はあった。
「失礼します。水無先生はいらっしゃいますか?」
「はーい。少し待っててね」
聞き慣れた声が遠くから聞こえてきた。
「お待た……せ」
「何やってんの? 姉さんはいつから教師になってたの!? そもそも、教員免許持ってるの?」
「失礼ね。ちゃんと持ってるわよ」
姉が教師をしていたなんて、家族の俺でさえ知らなかった。
「で? いつ免許取ったの?」
「最近」
「…………」
通りで知らないはずだ。
「あ、お姉さん!」
声がした方を向くと、いつの間にやら音羽が立っていた。
「あら、音羽ちゃん。どう? 青春してる?」
「はい!」
嘘つけ! 怪物と戦うどこに青春があるんだよ!
「そろそろ休み時間も終わるし、二人とも教室に戻りなさい」
「はい……」
俺は力なく返事する。
「貴方のお姉さん、教師をしてたのね」
教室に向かっている途中に音羽が尋ねてきた。
「いや、つい最近に教員免許を取ったらしい」
「じゃあ、前は何をしていたの?」
「さぁ? 俺も詳しくは知らないんだ」
「そう」
教室に戻ると直ぐにチャイムが鳴り、授業が始まった。
「――――とくん……和斗くん」
「……ん? どうした音羽」
「先生がご指名よ」
「へ?」
「授業中に寝るとはいい度胸だな、水無」
(なっ!)
数学教師であり、生活指導の岡部が俺を睨みつけているのが見えた。
「どうしたんですか? いつもは怒らずに放っておいてくれるじゃないですか」
「そうはいかない。新しい先生が入ってきて、俺も気合いが入っているんだ」
先生の目が指す方を見ると、そこには姉の姿があった。
「……はぁ」
(こんなタイミングで就任してくるなよ!)
と、こっちを見る姉さんに目線を送るが、通じるはずもない。
「じゃあ、この問題を解いてもらおうか」
荘司と音羽が前と横から小声で『頑張れぇ』と送ってくる冷やかしの声援に耐えながら、俺は問題を余裕で解いてみせた。
帰り道。
「それにしても数学の時間凄かったよね。和くん、寝てたのに問題解いて正解しちゃうんだもん」
「確かに凄いけど、授業中に寝ていた事は褒められた事ではないわね」
美奈実に対し、音羽は厳しい。
「……おっしゃる通りで」
「その後の授業でも寝てたしね」
「み、美由希まで……」
「良かったな、水無先生の見学が数学だけで」
「全くだ」
美奈実と荘司は俺の味方だ。
「でも、お昼だけはしっかり食べるのね」
「べ、別にいいだろっ」
『そういえば』と前置きし、美奈実が話題を変える。
「最近、和くんのお昼お弁当だよね? 前からお弁当の日もあったけど、コンビニでおにぎりを買ってきてる日の方が多かったもん」
美奈実は良く見てるなぁ。女の子はそういうとこ気にするのかな? と感心しつつどう反応しようかと考える。
「そういえば、そうだな」
流石荘司。良く見てないなぁ。
「それは、私が作っているからよ」
音羽、何故言うんだ。そんなに俺を陥れたいのか?
「なっ! 本当? 和くん!」
「あ、あぁ……嘘ではない」
「そうか、和斗。良かったな……」
あぁ、美奈実と荘司も敵になってしまった。
「で、でもどうして音羽ちゃんが和くんのお弁当作ってるの?」
美奈実が凄く動揺しているのがわかる。
確かに、驚くよな。
でも違うんだ。別に付き合ってるとかそういうのじゃなくて、これも家に住まわせてもらってるお礼で……。
「……和斗くんがどうしてもって言うから」
と、顔を赤めて彼女は言う。
これが彼女の本性だ。俺を困らせて楽しんでるんだ!
「和くん……」
「ど、どうした?」
「本当に言ったの? そんなこと」
「……似たようなことは言ったかもしれないな」
そんな事は断じて言っていないが、話をややこしくしない為にもここは合わせておこう。
「か、和く……ん、どうしてっ! うぅ、うっ!」
「ど、どうした? 泣くなよ」
「美奈実さん、私は別に和斗くんと付き合っている訳ではないわ」
「うぅっ、本当?」
「えぇ。本当よ」
「……よかった」
何故か納得した。
「美奈実は和斗のことが好きだからな」
荘司がまた美奈実に余計な事を言っている。
「なっ!? す、好きなわけないでしょっ!」
そして美奈実から無慈悲にも冷たい言葉が飛んできた。
「なら、何で和斗が音羽と付き合ってなかったら安心するんだ?」
「そ、それは――――」
「それは、和くんと音羽ちゃんが付き合ったら、和くん、私達とあまり一緒にいなくなるかもしれないから」
意外に真面目に、そして寂しそうに言う美奈実を見て俺は――――
「そうかい」
「だから、和くんの事なんて全然好きじゃないもんっ!」
「わかったけど、それはそれで傷つくから……」
「友達としてなら……す、『好き』だよ」
「そりゃどうも」
長い時間話してたみたいで、だんだん別れ道が近づいてきた。ここからは皆帰り道が違う。
『じゃあな』
『またね』
俺と音羽は同じ家に住んでいるから、帰り道も同じだ。
「お前何であんなこと言ったんだ?」
「ふふっ。だって、面白そうだったから」
はぁ。と、嘆息する。
「いいじゃない。毎日の生活に刺激ができて」
「…………」
意外に真面目に、そして寂しそうに言う美奈実を見て俺は、今を大切にしようと思った。