子どもたち
「ただいま戻りました。」
決してここが家というわけではないが、とりあえずそう言っておく。奥からは忙しそうな表情を見せながらクレアの母親が出てきた。
「あ、陸さん彩香さんお帰りなさい。突然だけど村長やその他数人の方がお会いしたいと言ってるんだけどいいかしら?」
「あ、はい。丁度こちらもお話したいことがありましたので。」
本当はもう少し彩香と話の趣旨をまとめておきたかったが、まぁ早いに越したことはないだろう。俺と彩香は村長たちのいる部屋に通された。
「失礼します。」
「来たか。そこに座りなさい。」
俺たちを歳下だと思って偉そうにしているのか村長の態度はかなり勘に触った。
下手に発言しても怪しまれるので、とりあえずその場に腰を下ろす。
「この村……いや、この国の財政問題を解決するというのは本当かね?」
先に村長の口が開いた。その表情には「クソガキが。世の中舐めてんじゃねぇ!」とでも言わんばかりの表情が浮かび上がっているが、俺は感情を抑えた。
「そうですね。そちらが望むのであればとりあえずこの村から改善したいと考えてはいますが」
わざと挑発するように言ってみる。村長は挑発されるのに慣れていないのか、眉間にシワがよった。
「ほう、それほど自身がおありとは。一体どのような改革をなさるおつもりで?」
「子どもたちを自立させるんです!
突如口を開いた彩香の言葉に村長をはじめとする村人全員がポカンと口を開けた。アバウトすぎるだろそれじゃ……。
「すみません、まだ詳細をお話することはできませんが、彼女の言う通り、子どもたちを自立させるべきだと僕は考えています。」
俺がそう言うと、村人が輪を作って話し始める。俺たちに村のことを託していいのか相談でもしているのだろか。
思ったよりすぐに村人たちは輪を崩し、村長が口を開く。
「まぁわかりました。しばらく貴方達に村のことを任せてみましょう。その間はこの家に泊まって貰って構いませんから。」
なぜ突然敬語になったのかはイマイチわからないが、まぁ認めてもらえただけよしとしよう。
そう話すと村長一同は家から出て行った。
「とりあえずあの村長の家を焼きたいんだがいいか?」
「ダメです!」
こいつに俺の気持ちなどわかるまい。なぜあれだけ上から言われて助けてやらなあかんのだ。そう考えると、さらに得体の知れない何かが俺の体内を登ってくるような気に襲われる。
「父の態度は私から謝ります。ですから村の立て直しだけは……。」
「え?あ……気にしてないですから大丈夫ですよ。」
どうやら村長というのはクレアの母親の父親に当たるようだ。これじゃ変なことも言えない。
その後母親が部屋から出て行き、部屋には俺と彩香だけとなった。
「さて、村長にはああ言ったがどうしたらいいものか。」
「え?先輩もしかして何も考えてないんですか?」
元はといえば全てこいつのせいのはずだが。もしかして責任を全て俺に被せようとしているんではと不安が過る。
「それより、ここってやっぱ異世界なんですね。」
突如そんなことを言う彩香に俺は痛い視線を送る。
「そ、そんな目で見ないでくださいよ!てか先輩気づいてないんですか?この世界、太陽が西から昇って東に沈むみたいですよ?」
「は?そんなのわかるわけ……」
「さっき見た百葉箱の向いてる方からしてそうじゃないですか。」
「あ、そういえばそんなもんあったな。」
この時俺は百葉箱が何かわからなかった。まぁ百枚の葉っぱでも入れる箱と解釈しておこう。
「へぇ、じゃあみんな人に見えてホントは異世界人ってことか。」
「先輩、不思議と落ち着いていられるんですね?」
まぁ、変なモンスターとか出てきたら流石に驚くだろうが。特に自分たちの世界と変わらないことから特に慌てることもなかった。
「まぁそういう人生ってことだろ。とりあえず、ここの子どもたちがどんな感じか調べてみようぜ。」
そう言った矢先、数人の子どもたちが俺たちのそばによってくる。
「や、やぁ。こんにちは。少しの間この村にお世話になる陸と彩香って言うんだ。よろしくな。」
俺がそう言うと「よろしくお願いします!」と全員がぺこりと頭を下げる。教育実習の先生になった気分だ。
「と、とりあえず鬼ごっこでもしようか。最初は俺が鬼やるからさ。」
そう言うと子どもたちが一斉に散らばる。その中に彩香も混ざっていたのが違和感ありありだったが、とりあえず軽くスルーしておこう。
相手が小さい少年少女ということもあり、俺は軽めに追いかけた。
………………………………
三十分ほどたっただろうか。俺はまだ鬼をしていた。五分くらいだったあたりから本気で走り始めたつもりだったが、なぜか捕まえることができない。
中には近くの木に登ったり、ひどい奴は隙をついて俺のケツを叩く奴まで現れる始末だ。
「い……異世界人ヤベェ。」
何らかのスペックがあるのかはわからんが、とりあえず身体能力は俺より大分高いみたいだ。俺も普通の高校生並みには運動ができるつもりだったのだが。
「も、もう無理……。」
俺がその場に倒れた瞬間、さっきまで逃げていた子どもたちが俺に襲いかかる。
ヤバい!やられ……はしないが……イタイイタイイタイイタイ!
「先輩、生きてますかー?」
子どもたちの上から彩香の声が聞こえる。この程度で死ぬほど人間は脆くないと思うのだが。
そんなことを考えながらゆっくりと身体を起こした。
「こいつら大人並みの身体能力があるんじゃないか?」
「え?じゃあ生徒会室で必要なものを調べて子どもたちに教えたら簡単に大人と肩並べることができますね。」
簡単にそう言う彩香に俺は目を丸くした。いや、確かにそうすれば子どもたちも簡単に自立できるだろう。最初は俺たちと数人の大人が見守って、慣れてきたら目を離しても大丈夫なくらいに成長するんじゃないのか?
この間0.5秒の間に俺の思考回路が久しぶりにフル活動した。
「よし!彩香、このむらの子どもを全員集めろ!今すぐ!!」
「自分でやって下さいよぉ〜」
とりあえず軽く蹴り飛ばして無理やり言うことを聞かせる。子どもたちの視線が痛いが、まぁこの際仕方ないだろう。
「こ、これで全部です……。」
このバカはもしかして村中探し回ったのだろうか。子どもたちと協力すればすぐに集まるだろうに。
彩香の連れてきた子どもは何百といるようだった。これはもはや村の数ではないな。
「えーと、ちびっ子ども!なんか美味いもん食いたいかー!!」
俺の学校ならノリで「おー!」とかみんなが叫んで終わりだったろう。だが子どもたちはガチな方で喜んでいるようだ。目を輝かせるものもいれば、互いに抱き合っているものもいる。小学校低学年ほどの子どもたちが抱き合う気持ちはイマイチわからないが、まぁいいだろう。
「よし、じゃあお前ら今すぐ親から自立しろ!!」
俺がそう言うと、その場にいる子ども全員がキョトンとなる。「え?なんで?」とかじゃなくて、多分自立そのものの意味が多分わかっていないのだろう。
「自立というのは、親の力に頼らず、自分たちで畑を耕したり家事をしたりして親の苦労を味わうことだ……が!それができるようになればお前らはいつでも好きな時に好きなものも食える!さぁ!自立したいものは今すぐ親に言ってこい!」
一瞬暗くなった顔がまた輝きを取り戻し、全員が一斉に散らばる。どうやらこの世界の子どもは食べ物に弱いみたいだ。
「あの、先輩?」
さっきまでずっと黙っていた彩香が口を開いた。
「自立するっていっても、住む場所とかどうするんすか?それに土地もないし……。」
そこまで考えていなかった俺は、ただただ呆然とするばかりであった。
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本日二つ目です!