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イヴの妄想  作者: 深瀬静流
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真田幸継の計略

 真田は二時間目の授業が終わったあと、何気なく円谷瞳の席に近づいて、携帯でケータイ小説を熟読している円谷瞳に声をかけた。

「円谷さん、今度の日曜日、何か予定あるかな」

 ぱっと顔を上げた円谷瞳は、携帯を閉じると睨むようにしていた眉を開いて輝くような笑顔を向けた。

「えー、なにもありませんけどぉー? どうしてですかぁー?」

 かわいく首を傾げてみせる。

 真田は視界のすみで伊吹の耳がピンと立ってアンテナがこちらの方に向いたのを確認すると、わざとらしく円谷瞳に上半身を近づけて声を潜めた。

「今度の日曜日、近藤さんと三島さんたちを誘って、俺と土方と夏目の六人で遊びに行かないか」

 円谷瞳のつぶらで大きな瞳が爛々と輝いた。

 少し離れた席で土方と夏目が軽く手をあげて合図を送ってくる。

 円谷瞳は土方と夏目に両肩をすくめて思い切りかわいい笑顔を作った。そして真田には、媚びるように恥じらいと期待に満ちた瞳を向ける。

「はい、行きます! 近藤さんと三島さんも大丈夫だと思います!」

「じゃ、昼休みに、弁当食べながらみんなで相談しようか。近藤さんと三島さんにもそう言っておいてよ」

「はい! わかりました!」

 じゃあ、と言って真田は自分の席に戻った。

 こっそり伊吹を伺うと、眦をつり上げて口をへの字に結び、真田を睨みつけていた。

 真田はニヤリと笑って後ろの席の土方と夏目に目配せした。土方と夏目もクスクス笑いながらとぼけるように次の授業の教科書を取り出した。

 昼休みになると真田は伊吹に「福沢のところに行くんだろ、じゃあな」と一声かけて、弁当を持って円谷瞳の席に行こうとした。土方と夏目も弁当を持って円谷瞳の席に移動する。

 伊吹は自分の弁当を持ったまま、円谷瞳を囲んでいる真田と土方と夏目を睨みつけた。

そうしているうちに近藤勇子と三島由紀菜が教室に入ってきて円谷瞳のところへ行く。

 クラスの生徒たちが、がたがたと机を移動させて円谷瞳を中心にしたグループと、ちょっと離れたところに佇んでいる伊吹を取り囲んで興味シンシンの視線を浴びせた。

 伊吹はひどく悩んでいた。余りに悩みすぎて脂汗が吹き出してくる。脳がヒートアップして顔が真っ赤になり、白目に血管が網の目のように走り、体は悪寒がするように震え出した。

 円谷瞳のうれしそうなかわいい顔が真田に向けられ、うれしそうなかわいい声が真田に話しかけ、広げた弁当をそれはそれはうれしそうに真田の方に寄せたりしている。

 近藤勇子も、りりしくも男らしい恥じらいを見せて土方に寄り添っているし、三島由紀菜はめがねの奥の知的なまなざしにあり得ない色香を乗せて夏目を熱く見つめている。

 しかし、土方と近藤勇子、夏目と三島由紀菜なんか伊吹からすればどうでもいい。

 問題は円谷瞳だ。

 円谷瞳が、風が吹いたら倒れてしまいそうなか弱い風情で真田にべったりくっついているのが許せないのだ。

 たらたら脂汗を流しながら、伊吹は真田を目で殺しそうな勢いで睨みつけた。しかし、万作のことも気になってしかたがない。


――うううう、ハナクソさえいなければ。

万札はバカで純情で女の子との付き合い方も知らないクソまじめな堅物だから、ハナクソのようなラブラブ光線放出全開のオンナを近づけたら、どうなるか心配で放っておけない。

万札は体はでかいけど、世間知らずで人を疑うことなどできない純真な奴だから、ぼくがそばについていてやらないとだめなんだ。

一人では何にもできないし、面倒ばかりかけるけど、そういう奴だから尚更放っておけないよ。

ハナクソの奴、万札の許嫁だなんて言っていたけど、万札はあんな傲慢ブスのこと嫌いに決まっている。

でも、気が弱いから何にも言い返せないんだ。

だからぼくが代わりに言ってやらなきゃならないんだ。

ブスブスブスブス、ハナクソブスめ!

万札はおまえなんかにやらないぞ。

万札は一生ぼくの下僕なんだからな!

そうだよ! 万札をハナクソなんかに渡すわけには行かない。

万札はぼくのものだ! ――。


 今まで笑いながら伊吹を見ていた真田と土方と夏目は、伊吹が最後の「万札はぼくのものだ!」と叫んで教室を飛び出していったとき、ショックで固まってしまった。

「見たか、いまのイブ」

 真田が唖然と呟いた。

「イブはそんなに福沢が好きだったのか」

土方も呆然と呟いた。

 夏目だけはおかしくてたまらないと言うように腹を抱えている。

「信じらんねー、円谷瞳さんが福沢に負けたよ!」

 おかしくて声も出ない夏目の笑い声が収まらないうちに、教室の入り口から伊吹が駆け戻ってきた。

 鼻から馬のように息を吐き出し、大きく胸を喘がせて教室に飛び込んで来た伊吹の手には、しっかり万作の手首が握られていた。

 信じられない力で万作を引きずりながら円谷瞳と真田の間に突入し、真田を突き飛ばして後ろからイスを持ってくると、そのイスに万作を座らせて自分は円谷瞳の隣に腰を下ろした。

 ぜいぜい喘いで肩を上げ下げしている伊吹に、真田と土方と夏目は呆れかえったが、万作は三人を睨みつけて低い声を放った。

「おまえら、またイブのことで何か企んでるな」

 そう言ってぐるりと円谷瞳、近藤勇子、三島由紀菜を見渡した。

 三人の女子と真田たち三人の男子が対抗するように万作を睨み返す。

「円谷瞳さん、真田たちとどこ行くの? ぼくも行く、行く、行く!」

 ようやく息をついた伊吹が、円谷瞳の腕をとらんばかりにすり寄って、ねだるように睫をぱちぱちさせた。

「うざい! 蚊トンボなんかどこへでも一人で飛んで行け」

 万作と睨み合っていた円谷瞳がうるさそうに伊吹の後ろ襟を掴んで軽々と投げ飛ばした。

小さくて軽い伊吹の体がボールのように万作の頭を越えて教室の出口に飛んでいく。

「危ない、イブ」

 慌てて伸ばした万作の手が間に合わない。万作と土方がイスを倒して伊吹を追って床を蹴りジャンプした。空中で互いに相手を牽制しあって拳と蹴りが交錯し炸裂した。空中戦を始めた二人に真田と夏目があんぐりした。

「なんであいつら戦ってるの」

「なんで土方はイブにマジになってるわけ?」

 真田と夏目は顔を見合わせた。パンクしたトラックのタイヤのような悲鳴が向こうで起こり、一同はぎょっとして振り返った。全員が目にしたものは、教室の入り口で倒れたのばらの上に、伊吹が重なって目を回している姿だった。

「チビ助が万作様を拉致して行ったから追いかけてくれば、どうしてチビ助が降ってくるのですか! 重い! どきなさい」

 じたばた暴れているのばらのふっくらした胸の上に、顔を伏せて伸びている伊吹は身動きもしない。

「使用人Aェェー! このチビ助をどかしなさい!」

 どこからともなくつむじ風が起こり、その風が止むと使用人Aが教室に立っていた。

「はい、お嬢様」

 モデルのようなほほえみで使用人Aは伸びている伊吹をつまみ上げる。それを万作が受け取って抱き抱えた。

 使用人Aに助け起こされたのばらは、キリリと円谷瞳を睨みつけた。

「そこの婢、見ていましたよ。おまえがチビ助をわたくしめがけて投げつけたのを。許しません。思い知りなさい。使用人A,あの婢を成敗しなさい」

「かしこまりました、お嬢様。使用人Aの部下軍団出てきなさい。うちのお嬢様よりかわいいあそこのお姫様をやっつけちゃいなさい」

 白ずくめのやる気のなさそうな部下軍団がのろのろ教室に入ってきた。

 近藤勇子が円谷瞳を守るように一歩前にでる。

「その喧嘩、わたしが買おう。この近藤勇子、指一本円谷殿にさわらせん!」

 近藤勇子の両肩に力こぶが盛り上がった。

 土方が恐れるように後退った。

「であえ、であえ、皆の者。容赦はいらぬ、叩き潰せ」

 近藤勇子が叫ぶと、バレーボールのユニホームを着てボールを手にした逞しい一団が黄色い声を張り上げて教室になだれ込んできた。

 使用人Aの部下軍団が、怒濤のようになだれ込んできた太股ムチムチむき出しのユニフォーム姿の女子高生に歓喜の雄叫びをあげ、俄然張り切りだした。

 バレーボールの白球が雨霰のように飛び交う中、万作は片手に伊吹、片手にのばらを抱えて教室を逃げ出す。そのあとを円谷瞳と三島由紀菜が続き、真田と土方と夏目が続く。

 近藤勇子が教壇の上に仁王立ちになって拳を降りあげ、勇ましく指揮をとれば、使用人Aは教室の後ろの生徒用の腰高サイズのロッカーに腰を下ろして足を組み、優雅なほほえみを浮かべていた。

 ガラスが砲撃を受けたように次々と炸裂し、天井の蛍光灯が割れ散り、机は砕け、イスは粉と化しボールを叩くスパイクの音やそれを受けるトスの音が入り乱れる。オリンピックの試合など及びもつかない激戦に怒号が沸き上がった。

 教室を揺るがす振動が校舎全体に波及する頃、航空自衛隊のヘリコプターが上空を旋回し始め、装甲車が続々と校庭に集結しはじめた。

 校舎の窓という窓には助けを求める生徒たちがつぶれるほど固まって身を乗り出し悲鳴を上げている。教師たちも助かりたい一心で校舎を飛び出して校庭に走り出た。

 その教師たちの先頭をきって記録的な走りを見せているのはどすこい山田先生だった。

しかし、どすこい山田先生の華麗な走りを伊吹たちは見ることはなかった。実に残念なことだった。


次回はみんなで仲良く集団デートするお話です。伊吹くんには、とても楽しい一日になる予定です。


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