無声探偵、日向向日葵の事件簿 FILE1『後の祭り殺人事件』
古びた雑居ビルの二階のとある一室にて。
私こと、日向向日葵はお気に入りのヒップホップ(J-POP)を大音量で流し、お気に入りのぶるーまうんてんを舌で楽しみ、お気に入りの葉巻を吸い、ささやかなやかな一時を楽しんでいた。いかなる私のような有能な探偵であろうと、時間は全ての人間に対して平等だ。タイムイズマネー、私は時間を大切にするお茶目でプリティな性格なのだ。
「(何故なら私は無声探偵だから)」
ふふっ、と私は思わず笑みを零し、再びささやかな時間を楽しむことにする。
ちなみに、私が愛飲しているぶるまうんてんはインスタントコーヒーだが、なかなかに馬鹿に出来ない味だ。
苦みと酸味がまるやかなコクを生み出し、いかなる化け物や妖怪でも吐き気を催す素敵な飲み物なのだ。
「先生、大変です。人が死にました」
私は瞼を閉じ、夢の世界へ羽ばたこうとした直後、ハットを深めに被った美少女、じゃなくて男の娘が私の許可なく勝手に事務所に入ってきた。まったく……私にはささやかな時間を寛ぐこともできないのだろうか。しかし、私は今日も今日とて、探偵業を勤しむ。
「(何故なら私は無声探偵だから)」
「マグロは逢引一丁目に住処を構える、スケベェじじぃです。先日奴にお尻を触られました」
ふむ……逢引一丁目というと、ここから歩いて一分ほどかかるわね。
普通ならば自らのおみ足を存分に駆使して現場に赴くところなのだが、ここはたくしぃを呼ぶとしよう。たくしぃは大変にまねーがかかる。だが、気にしない。
私は一般民衆のような損得勘定で行動しない。イイコトをすれば、イイコトが返ってくるし、イケナイコトをすればイケナイコトが返ってくる。だから今回の事件で活躍すれば、まねーががっぽがぽ。
ついでに私の探偵としての地位もぐいんぐいん……なんてさもしいことはこれぽっちも考えていない。
「(何故なら私は無声探偵だから)」
「先生、死因や現場の状況については、現場でお話しします。さっそく、現場へ赴きましょう」
私は男の娘の言葉にこくりと頷き、さっそくお気に入りのハットとお気に入りのジャケットを身に纏い、部屋から出た。
「アッヒヒィ~ン!」
ビルから一歩外に出ると、何やらホースの喘ぎ声が聞こえてきた。
見ると、道路のど真ん中に一頭の馬とソレにまたがるハウボーイマン(年齢詐称バツ二)がこれ見よがしに待っているではないか。
「先生、既にたくしぃは手配済みです。さっそく現場に向かいましょう」
男の娘は何故か、鼻の穴を大きくしてドヤ顔で私にそう言う。
何よ、その褒めてくださいなでなでしてください的な得意げな顔は……アンタの鼻の穴に竹輪でも差し込んでヒィヒィ鳴かせてやろうか。
……しかし、この無声探偵、懐に竹輪がないので断念した。
「サァ、ノッテクレヨ、マイドーター」
ハウボーイマンは馬の上から私と男の娘に手を差し出してくる。
こら、いつから私はあんたの娘になったのよ。まあ、いいのよ……そのにやぁと笑った時に見える歯に付着したアンタの青海苔に免じて許してあげるのよ。
「ファッキンユー」
私と男の娘がたくしぃに乗馬すると、いきなり馬が暴言を吐いた。
「おぢさん、今、この馬とんでもないことを口走ったよ」
「ハハハ、ソンナコト、イッチャッテッテナイヨ~~、ハハッ」
「でも、言ったよ」
「ハハハ、イッテナイヨ~~、ソンナコトイッテナイ。キニスンナヨ、ハハッ」
「でも、言っ……」
「イチイチ、ウルセーナッ、テメーハヨォ!! グダグダイッテルト、オカシヤンネーゾ!! イタズラシテヤンネーゾ!!」
「ごめん……なさい」
男の娘がしつこくハウボーイマンに問うと、いきなり彼奴は癇癪を起した。
あれか、キレやすい若者とはこーいう奴のことを言うのかしら……だが、気にしない。
「(何故なら私は無声探偵だから)」
パシッ
「ヒギィィィィン」
鞭で尻を打たれた馬は嬌声を上げて、現場に向かっていった。
「(領収書は上様でお願いするのよ)」
「まいどっ、おおきに!」
「アヒィィイイン!」
私と男の娘は現場まで運んでくれたハロウィンマンと馬にお別れを言い、現場の地に踏み込んだ。
「……あん? 何だぁ、お前ら?」
さっそく、私と男の娘がイエローテープの向こう側に行こうとすると、傍にいたイカツくて壁のようなガタイの良いおやぢがとうせんぼしてきた。
あによ、このオッサン。珍劇の巨根に悪役で出演してそうな風貌ね。しっしっしっ、どきなさいよ、ほらぁ、しっしっしっ。
「ご苦労様です、はぐれ警部。それでは失礼します」
「馬鹿野郎、何がご苦労様です、だ。それに俺ははぐれ警部じゃねぇ。勝手に失礼すんじゃねぇよ……ここは女子供が立ち入っていい場所じゃねぇんだよ。あっちいけ、ほら、しっしっしっ」
迷子警部は手でしっしっしっという動作をし、私と男の娘を追い出そうとする。
むっかぁ~~、何よこの失礼な野郎は。女子供が立ち入っていい場所じゃない?じゃあ、おカマ様やゲイバイキンやBL女子はいいの?食わず嫌いしてんじゃあないのよ。
こんなイヤな俗物野郎は鹿の餌にでもなっちまえばいいのよ、ふーんだ。
……。
おっとぉ、お茶目でらぶりぃできゅーとでせくしぃな私はついつい暴言を吐いちゃったのよ。でも、気にしない。
「(何故ならほら私は無声探偵だから)」
「ですが、巡査……この方は、ごにょごにょ……」
「何で俺の階級が落ちてんだよ……俺は警部だ、刑事。で? それで……何? 夢精探偵? 何だそりゃ?」
男の娘はフォローの為か、迷子警部に耳打ちする。
こら、誰が夢精探偵よ。こんな下品なオヤノスネカジリ虫は豚の肥やしにでもなっちまえばいいのよ。
……。
あっちゃー、華麗でやんちゃでオテンパちゃんで小顔がきゅーてぃはにぃな私はついつい暴言を吐いちゃったのよ。だが、気にしない。
「(何故なら私は無声探偵だから)」
「とにかく、だ。ここは関係者以外立ち入り禁止だ……お前らとっとと出て行け。だいたい、お前ら人様の血とか見慣れてねぇだろ? 悪いことは言わねぇからさっさと家に……」
「大丈夫です。先生は人様の生き血が大好物ですよ……それはもう毎朝、ごきゅごきゅと絞り取るようにあひあひと笑いながら飲むぐらいですから」
「大丈夫じゃねぇよ!? こえぇなオイ!! 何? お前んとこの先生、吸血鬼かドラキュラか何かか!? タ、タタタタイーホするぞお前ら!!」
男の娘は何故か、自分のことのように私の人柄について目を輝かせて、迷子警部に語る。
そうそう、毎朝、可愛らしい真っ赤な瑞々しい赤子の顔を拝みながら、こう……肉と骨をぐちゃぐちゃぎゅりぎゅりと噛み砕いて……滴る生き血を極々と飲む日課は止められないのよね……って、こら。
それは生き血じゃなくてトマトジュースなのよ。勝手に私を化け物扱いするな。
「ほらぁ、さっさと出て行かんか」ドンッ
「キャッ、やだ、セクハラ。性的暴力反対」
「性的暴力って、おまっ……胸元軽く押しただけだろうが……って、何かやけに胸板薄いんだが……お前、ホントに女か? いや、女だったら普通にセクハラなんだけど……」
「チクビーはびんびんです、むっすん」
「何言ってんのお前!? ち、乳首をタ、タタタタイ-ホするぞお前!!」
男の娘は鼻の穴を大きくして、無いチチ(当たり前なのだけど……)を張って、堂々とした態度で佇んでいる。それに対し、迷子警部は手錠を握り真っ赤な顔して男の娘を罵る。
おいおい、いつからお前は花も恥じらう乙女キャラになったのよ……あの得意げな顔にヨーグルトを叩き付けてやりたい。
……。
だめね、妙にえろえろしくなるから、あと私よりも萌キャラになるから却下なのよ。
「とにかく、お前ら、出て行……ん? 何だ警官A? そんな、おかんが今流行りのワシワシ詐欺の被害者になって一家空中分解の危機に晒されたニートの希望の星The父のような顔して……」
「はっっ、警部! 只今、入りました情報によりますと……」
迷子警部のもとに突如、警官Aが現れ、耳打ちする。
……ふふん、天才探偵の私には二人の会話が手の取るようにわかるのよ。
今までの会話の中でこの警部の人となりや人格が分かった。そこから、会話を予測変換する。こんなトンデモ能力は天才の私だから出来ることなのだ。
「(『こ ん や ら ぶ ほ で い っ ぱ つ コ キ ま し ょ う ♡』『や だ … は げ しぃ の は やぁ あ ヨ ♡』 ……かな?)」
「な、何ぃ……犯人が自首しやがっただとぉ……え? 犯行動機はラインで顔文字を使ったから、だと? 何だそりゃ……ラインって何だ? 小学校の運動場に引くアレか? ラインに顔文字??? 宇宙人が運動場でミステリー・サークルごっこでもしてたのか?」
……、…………。
無声探偵、日向向日葵。
事件あるところに彼女あり、とまで言われた曰くつきの彼女。
助手の男の娘を連れ、今日も今日とて犯罪の絶えないこの日本国を歩き回る。
彼女の行先は常に事件の香りのする土地……。
事件が事件を呼び、たたみ切れない風呂敷を他人に委ねる天才美少女探偵は今日もゲラゲラと嗤う。
さあ、次はどこへ往こうか……。
なるべくなら、でっかい事件がいいな、でもでも、おぢちゃん、なるべく簡単な事件がいいな……。
「(何故なら私は無声探偵だから)」