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恋する季節に

#1:少女と気紛れ

作者: Jo

夏だった。

それはもう、まごう事無き真夏の昼下がりだった。

幾重にも重なる蝉たちのコーラス、遠慮というものを知らない外の熱気、半袖のTシャツをじっとり湿らせる汗。


畳の上で仰向けになっていたわたしは、ムヒを塗ったばかりの首をのけぞらせ、頭の先にある窓の外へ顔を向けた。


上下が逆さまになった視界の中で、大きな入道雲が、水槽に溶かされた白い絵の具のようにモコモコと天高く沈みこんでいた。


どこか遠くで、風鈴が鳴る。


部屋の隅に置かれた扇風機が、ときたま、がが、ががと不穏な音を立てながら首を揺らす。前枠に結ばれた青いスズランテープが、さながら怒り狂った青龍のように激しく身をくねらせていた。


「……あ」


不意に、今朝食べた料理の献立を思い出し、わたしは声を上げた。


「牛乳……出しっぱだ」


この気温、そして湿度。賞味期限は確か今日。


「……もうだめだろうなあ」


呟いて、けれど身体を起こすのが面倒で、わたしは午後の予定を思い返した。


そう、3時頃には、弟を買い物に連れて行く約束だ。エックスだかワイだかの名前がついた、そういう界隈の人達に人気のロボット。そのプラモデルが欲しいんだそうで。


「男の子の趣味ってのは、わかりませんなあ」


――と。すぐ側の小さなテーブルに置いた携帯が鳴る。


「……うぅ?」


寝転んだ体を捻って伸ばし、手にとって開いた。

メールが一通。送り先は、隣の席に座っているクラスメイトの男子だった。


『××さん。あの、もし良かったらでいいんだけど、午後に映画でも見に行かない? 一緒に観る予定だった友達が急用で行けなくなっちゃってさ。一人で行くのも寂しいし。△△駅の東口側にある映画館で3時に。どうかな』


とのこと。なんとまあ、嘘が下手なことで。

さてさて、どうしたものだろう。


姉としての威厳か、それとも――。


「夏、だなあ」


なんとなしに呟いてみる。

そう、今は夏。妙に心が浮ついて、なんだかいつもと違うことをしたくなる、そんな季節。

普段の自分なら、『弟と買い物の約束があるから。ごめん』で済ますのだろうけど。


「……よし、アフターサービスをつけてもらおう」


誰に向けるでもなく言いながら、わたしは携帯を手に持ったまま起き上がり、弟がTVゲームでもやっているだろうリビングへ向かうべく、部屋の戸を開いた。


部屋を出る前に壁掛けの鏡に写った自分の顔は、思いのほか嬉しそうに見えた。


挿絵(By みてみん)

三題噺:扇風機、ガンプラ、牛乳

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