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6、憂鬱の休日

 この度は手違いで一話分抜けてしまいまして、申し訳ございません。

 これからも、明 日 架 。をよろしくお願いします(^O^)


 懲りずに読んでいただけたら幸いです!



「ふぁ……飛鳥くん、おはよ」

「……ああ、千陽さん。おはよう。今パン焼くから、顔洗ってきたら?」

 飛鳥くんは、いつものようにシャツの袖を捲くってキッチンから顔を覗かせた。

 母さんのような事言わないでー、と私は彼に文句を言いながらドアを出る。冷たい空気に身体をさすりながら、私は洗面所で顔を洗った。ついでに、ボサボサになった髪にくしを入れる。随分長くなった。別に伸ばしてる訳じゃないけど、切りたい訳でもないのだ。

 リビングに戻ると、四枚切りの分厚いパンとハムエッグが皿の上でいい匂いを出していた。隣には、ガラスの皿の中でちぎったキャベツをトマトとコーンが彩る。

 飛鳥くんは、家事全般を全てやってくれる。私が不器用なせいもあるだろうが、彼は何でも要領が良くて、主婦業に向いていた。

「コーヒー飲むでしょ?」

 飛鳥くんがカップを二つ持って椅子に座った。

「ありがとう」

 カップを受け取ると、私は冷えた指先をそれで温めた。

「今日の予定は?」

 飛鳥くんは、パンにマーマレードジャムを塗りながら聞いた。

「ないわ。一日家にいる、やることがあるから」

「ですよね。……外はクリスマスシーズンですよ。気分転換に写真でも撮ってくればいいのに」

 彼は、困ったように笑った。

 私がこの家に来てから1ヶ月と少し。早いものであさってはクリスマスだ。

「嫌よ。虚しいだけだわ。……あなた一人で行けば?」

 私は彼を睨んだ。

「……じゃあ、俺は出かけて来ます。ちゃんと、留守番していてくださいよ」

 私たちは黙りこくった。

「ごちそうさま。……良い休日を」

 飛鳥くんは、朝食を食べ終えて食器を流し台に持って行く。

 私は彼の言葉に小さく呟いた。

「薄情者……」

 私の用事が何もないって、飛鳥くんは知っているのにわざと突っぱねる彼にカチンと来たのだ。

 彼はいつも、年下のくせに私をからかうような言葉を口にする。私が怒る姿を見て楽しんでいるようだ。サディスティックな嫌な男だ。

「千陽さんも、一緒に来る?」

 私が流し台に食器を持って行くと、皿を洗う彼が含み笑いをしながらそう聞いた。

「行かないわよ、馬鹿!」

 私は、あっかんべーをしてから、わざと大きな音を立ててドアを閉めた。ドアの向こうでクスクスと笑う飛鳥くんの声が聞こえた。


 私は部屋に入り、着替えてから、読みかけの本を取って敷きっぱなしになっていた布団に横になった。

 部屋の外でバタバタと飛鳥くんが動き回っているのが分かる。きっと出掛ける前に洗濯物を干したり、掃除をしたりしているんだろう。彼には感謝する事ばかりだ。

 本に集中していると、遠くの方で「行ってきます」と飛鳥くんの声がした。急に静かになった家の中に寂しくなって、私は思わずマフラーを巻いた。



     *       *


私たちの関係は、飛鳥くんが言うにはただの同居人。もちろん、私もそれで納得している。……今のところは。

 でも、もしも――もしもの話だけど――飛鳥くんが私を好きになって、私も恋に落ちる事があったら。その時に、飛鳥くんは私を『恋人』と言ってくれるのだろうか。

〈名前でくくる事なんて、意味ない〉という彼は、私を『彼女』と呼んでくれるだろうか。

 私は、彼の働いているカフェに向かった。今日、彼はそこにいない。


「いらっしゃいませ」

 カランカランとドアのベルが鳴る。私は温かいココアを頼んだ。外は凍える寒さだ。予報では、明日の明け方から雪が降るらしい。

 しばらくして、男性店員が、私の目の前にココアのカップを静かに置いた。一口飲むと甘さが一気に広がる。窓の外は、からからと晴れた空。店内は耳に優しい洋楽。なんて贅沢で完璧な時間だろう。

「……千陽?」

 それは聞いたことのある、鼻につくような甘えた声。

「お姉ちゃん……」

 どうしてここに、と聞くより早く、姉、矢沢万理やざわ まりは私を抱きしめた。

「やっぱり! 窓から見えて、そうじゃないかと思ったの。何してたの? 日本に帰って来たなら、連絡くれてもいいじゃない!」

 私は姉を見ずに言った。

「どうして連絡しなきゃならないの? どうせ、すぐ居なくなるんだもの……」

 姉はため息をついて、私の向かい側に座る。

「千陽。三年も経てば状況は変わる。……ニ年前に、母さん……死んじゃったのよ? ねえ、知らなかったでしょう。自殺したの」

 姉は傷付いた目をして言った。

「母さん、うつ病だったの。いろいろ治療したんだけど……やっぱりつらかったみたいね。飛び降りちゃった」

 知らなかった。母がうつ病だった事も、治療していた事も、死んでしまった事も。完璧だと思っていた時間が、ガタガタと音を立てて崩れていくようだ。

「私が……」

 私が、世界に興味を持ったから? 私が母の反対を押し切って、高校を中退したから? そのせいで、母は……

「違うわ、千陽。」

 姉は相変わらずおっとりした口調で言った。

「確かにね、千陽は、きっかけだったかも知れない。けど、それはきっかけであって、原因ではないわ。父さんが事故で死んだ時から、気が滅入っていたのは確かだもの」

 自分を責める事はないのよ、と姉は私を覗き込んだ。

「でも……」

「悪いと思うのなら、実家に帰って母さんに手を合わせて来なさい。あなたの部屋も私物も、そのままにしてあるんだから」

 それより、と姉は言った。

「あなた、今どこに住んでるの?」

「ん。ちょっとね」

 私は曖昧に言葉を濁した。年下の男の子の家に居候しているなんて言ったら、姉はその事について根掘り葉掘り聞いてくるに違いないのだ。女はいつになっても、恋の話が大好きだから。

「私ね、結婚して、去年子供を産んだの。可愛いよ、男の子。実叶みなとっていうの。実家に、旦那さんと子供と三人で住んでる。……家族はいいわよ。毎日が色付いて見える」

 姉は見るからに幸せそうだ。

「だから、一度でいいから遊びに来て。ちゃんと挨拶しにね。あなた、もう叔母さんなのよ?」

 うふふ、と笑って言った。

「おめでとう。近いうちに行くわ」

 私はそう言って、席を立った。

「あら、もう行くの?」

 姉はキョトンとして見上げた。そういう、とぼけた顔が似合う女だ。

「うん。ごめん、明日あさってにでも、お線香あげに行く。その時にまた」

 分かった、待ってる、と彼女は言って手を振った。

 勘定を済まして、分厚いドアを開けて出る。ひんやりとした空気が一気に体を満たした。

 マフラーを口元まで引き上げて、ため息をついた。姉が結婚して、子供を産んで、実家に住んで。それはすなわち、私には帰る場所がないという事を指していた。

 ふと、飛鳥くんに会いたくなる。会ったって、きっといつもみたいに強がってしまうけど、とにかく今は、静かに隣にいてくれる飛鳥くんが恋しかった。私は、家に戻って本の続きを読む事にした。――なるべく早く、飛鳥くんが帰ってくる事を祈って。



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