表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

5、静寂の朝

 暗闇の中を車のライトが照らす。

 私はあくびを咬み殺して、隣で運転をする彼を横目で見る。

 あれから私たちは、電気も付けずに語り明かした。



「お喋りみたいに体を重ねるのは、俺だって楽しいし、好きですよ」

 私が過去の話をした後、飛鳥くんは私の横に座り、月の光が部屋を照らす中でそう話した。

「でも」彼は言った。「あなたとは、そうなりたくない」

「どういう意味?」

 彼は私の瞳を覗き込み、そうして一度、目を伏せてから寂しそうに笑った。

「俺、母親に捨てられたんです」

 私は黙っていた。

「もともと両親の仲は悪くて、喧嘩が絶えなかったんです。小学二年生の時に両親が離婚して、母親と暮らすことになりました」

彼は、一呼吸おいてから続けた。

「離婚してからすぐ、母親は俺を小さなアパートに残して帰って来なくなったんです。2ヶ月頻度で15万円を置いていくだけ」

 心なしか泣いているように見えた。震えた声で彼は言う。

「たった10歳で! 俺は永遠なんてないって知った。愛情も。母親が置いていくお金も、使えばすぐに消えていく」

「飛鳥くん……」

「恋人だって、出会えば必ず別れがくる。いくら体を重ねても……愛しても……気持ちは変わる」

 彼は確かに泣いていた。私は彼の肩に手を伸ばすと、されるがままに私に寄りかかった。

「だから……だから、傷つくのは嫌。名前でくくる事なんて意味ないんだって……」

 大粒の涙を流す彼は、まるで子供のようだった。あの時流せなかった涙も、甘えられなかった寂しさも、悔しさも、寄りかかった肩の重みから全て伝わってくるようだ。

 私は「大丈夫だよ」と繰り返しながら、動かないように、バレないように、ひっそりと涙を流していた。




 彼の話の結末は、父親が引き取ってくれた、という事。あんなに広い部屋を与えた父親も、お金を置いて出て行った母親と同じような心理だろうか。


 構ってやれないから、これで好きにして、と。


 一度は愛し合って、望まれて来た子なのに、どうして放っておけるんだろう。




 空もぼんやりと明るくなってきた頃、車が浜辺に沿う道の端に止まる。

「着きましたよ」

 彼の声で、うとうとしていた私は小さく伸びをした。

「ん……。ああ、間に合ったわね」

「少し早いくらい。……外は寒いですよ」

「いいの、写真を撮るから」

 飛鳥くんの言葉も聞かずに、車から出た私はカメラを持って、日の出前のぼんやりした空と海にピントを合わせた。

 冬空の下、潮風が異常に冷たい。外国で慣れたはずの寒さも忘れるほど、私は間違いなく日本人だ。

 シャッターを何度か押してから、ひんやりした空気を肺いっぱいに吸ってみた。一気に眠気が覚める。車の方を振り返ると、飛鳥くんがあくびをしている所だった。パチッと目が合うと、彼は困ったように笑いながら車から降りてきてくれる。

「日の出まで、あと少しありますよ」

 飛鳥くんは私の肩にふわっとブランケットを掛けた。

「ああ、ありがとう」

 それを握りしめて私は、はぁ、と息を吐く。

 じっとしていると、あんなに遠くで満ち引きしている波にさらわれそうだ。それほど、辺りは静寂に包まれていた。


「……あ」

 しばらく黙っていた彼は、地平線を指差した。

「……わあ」

 私は、海の中から少し顔を出した静かなオレンジ色に目を細める。

「素敵……なんて、贅沢な景色なの……」

 思わず口からこぼれる感嘆の言葉に、飛鳥くんが答えた。

「気に入ってもらえたようで、俺も嬉しい」

 私は写真を撮るのも大概に、朝陽をこの両目に焼き付けようとした。

 海に映る太陽のせいで、まるで太陽が海の中にあるように見える。ゆらゆらと不規則に波打つ太陽が、水面に光を泳がせた。

 私の耳に届くのは、静かな波の音と、時折冷えた指先を温める飛鳥くんの吐息の音だけ。なんて静かに朝を運んでくるんだろう。



 太陽が完全に海から出た所で私達は車に戻った。

「何処へ行く気?」

「それは千陽さんの方。何処へ帰るの?」

「……今日はホテルにでも泊まるわ」

 私は、世界中での放浪生活で家族に愛想を尽かされてしまった。高校を中退してからの5年の海外生活で失ったものは、居場所だ。

「今日はって……明日は?」

「明日も同じ」

「あさっては?」

「……あさっても。しょうがないじゃない! 今更家に連絡したって、また……」



〈お前なんて知らない!〉

 2年ぶりに帰った私を待っていたのは、そんな母の言葉だった。

 確かに、髪の毛は伸び放題で赤く染まり、心身共に私は変わった。でも、我が子にそんな言葉を言えるとは思わない。

 家を出た姉から聞いた。

「お母さんは、貴方が高校を中退して放浪していた事について、ご近所からいろいろ悪く言われていたの」と。

 何度も謝ろうとした。でもその度に母は、私をまるで他人のような冷たくて鋭い目をして、こう言ったのだ。

「お前なんて知らない! どこかで死ねば良かったのよ!」

 それから、家族と関わることを止めた。

 二十歳。まだ何も知らない、ただの子供だ。いくら成人したと言っても、二十歳なんてそんなもの。



 はあ、と飛鳥くんはため息をついた。

「千陽さんは、それでいいの?」

「やめて。もう過ぎた事よ」

「そんな事言って……」

 彼は私の瞳を覗き込んで、優しく言った。

「良かったら、俺の部屋自由に使ってください。あんなに余ってるんだし」彼は笑う。「その方がホコリばかり溜まるよりも、よっぽど良い」

「……でも」

「でも? いつ発つかも分からないんでしょ。落ち着くまで、使えばいい。利用できるものは利用するべきだ。……あ、俺が変な気を起こさないかって心配? 大丈夫。昨日言ったでしょ」

 カラカラと笑って、車を走らせた。

 私は、小さく頷いて遠ざかる海を見つめた。





 ありがとうございます!

ついに、千陽と飛鳥の紹介編も終わりました! ……長々とすみません(泣)


 第七話、八話、九話と、どんどんどんどん更新していきますので、よろしくお願いします。


 ここまで、評価してくださった先生方、ありがとうございましたm(_ _)m


 評価・感想、お待ちしております!


続きもお楽しみくださいませ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ