4、二人の関係
私達が水族館を出る頃には、閉館時間が近いためか、賑わっていた館内も静かになっていた。
「夢中になっちゃいましたね」
彼は運転席に乗り込んでキーを差し込みながら笑う。
何も言わずに運転してくれる所からして、最初からそのつもりだったのかもしれない。
〈女王様タイプなんじゃないですか〉という言葉は別にして。
「いい写真撮れました?」
「ええ。とても」
私は窓の外を見る。いつの間にか陽が短くなって、既に街は光で綺麗に飾られていた。今年は一人のクリスマスだな、と急に思ってしまった私自身にため息をつく。
私は、鼻歌交じりにハンドルを切る彼に聞いた。
「どこへ行くつもり?」
彼が一瞬だけ、私の方を見て笑う。
「俺、料理だけは得意なんです。ご馳走しますよ」
つまり、彼の家に行くのだ。どの国でも、所詮は男ということか。私は皮肉を交えて言った。
「いつもそうやって、彼女を家に誘うのね」
すると彼は、カラカラと笑った。
「どうかな。でも、千陽さんは彼女じゃない」
――ああ、そうだ。私と飛鳥くんは、恋人じゃない。今日会ったばかりの他人だ。
窓の外を見ると、賑やかな夜の街を寄り添う恋人たち。みんな幸せそうに笑っているのが見えた。
彼の家は、昼間のカフェから割と近くの高層マンションだった。彼は東北から上京してきて一人暮らしをしているという。
「……ずいぶん大きな部屋ね」
彼の部屋は一人暮らしどころか、二人で住んでも広すぎる部屋だった。
白を基調とした爽やかな部屋だ。開けたリビングにソファとテーブルとテレビがあり、向こうには大きな出窓が幻想的な夜景を映す。
「家賃はどうしてるの? まさか、あんなカフェのバイト代で払える部屋じゃないでしょう」
「……父親が買ってくれたんです。あの人、お金だけは持ってるから」
飛鳥くんは、冷蔵庫の中を確認しながら苦笑した。寂しそうに見えたのは、どうしてなんだろう。
「お腹空きましたよね。すぐ作りますから。買い物行ってないからあり合わせで悪いけど」
彼は元の調子に戻って、シャツの袖をを几帳面に捲り上げた。
「なんでもいいから、指切らないでよね」
私はお礼を言う代わりにそう言うと、キッチンの向こうから、そんなこと有り得ませんよ、と言うように笑い声が返ってきた。
私は、彼がガタガタと料理をしている所を見に行ってみる。なるほど、彼は手際が良くてなかなか器用なようだ。私なんかは、外国の男性に全て任せて本当に〈お高いお嬢様〉のような扱いを受けていたから、料理をする機会なんて滅多に無かった。彼らは、私を隣に引きとめておく事しか考えていなかったのだ。
それから少しして、白いテーブルの上にサラダとスープとふわふわのオムライスが運ばれてきた。料理が得意だというから身構えてしまったけど、庶民的な洋食でホッとした。私もこのくらいなら多分作れる。
「こんなもんで許して下さい。冷蔵庫の中、何も入ってなくて」
彼は、グラスに氷を入れて冷たいミネラルウォーターを注いだ後、レモンを薄くスライスして浮かべてくれた。
オムライスを一口運んで笑みが出る。
「ん。おいし」
彼は「ああ、良かった」と安堵した様子だった。
半分程食べた時、はっとして時計を見る。八時になろうとしている所だ。
日の出まで、あと約十時間。