2、出会い
私はフリーのカメラマンをしている。世界中を飛び回って、戦争やハリウッド、はたまた、海や山、月や太陽を思いつくままにカメラに収める。
その数だけ男と夜を過ごした。
「ちはる」
ねっとり絡みつく甘い声で私を抱いた。
抱かれている時は、気持ちよかった。愛してる、と思った。
「ちはる。僕だけの可愛いドール」
そうやって甘い口説き文句ばかりを吐く彼らを本気で愛する事は出来なかった。
「やめて、私はあなたのモノじゃないわ」
そう、私は誰のものでもない。
そして私は日本へ帰ってきた。
理由は、ただ帰りたくなったから。
ふらっと入った小さな喫茶店で、空島飛鳥くんと出会った。
森の中を連想させる大きな木の扉を開けると、テーブル席が3つ、カウンター席が5席ある。テーブルの横の壁に、ぽっかり穴が空いたように丸い窓から光が射している。
私はそこでレモネードを頼んだ。
彼は、黒い腰巻きエプロンがよく似合う男の子だ。
大学生かな、と思った。大人っぽいようでいて、どこか幼い面影が残る青年のように見える。
窓際のテーブルに置かれたレモネードが綺麗で、私は品物を持ってきた彼に言った。
「ねえ、写真を撮ってもいいかしら」
すると、彼はしばらく考えてから、どうぞ、と笑う。
ふっと彼の胸に付いた名札が目に入った。
〈空島飛鳥〉
そらじま、あすか。
なんて素敵な名前なの。
「ちょっと、あなた」
私は彼を呼んでこう言った。
「あなたの写真も、撮らせてほしいわ」
「は?」
彼は眉を潜めた。
まあ、無理もなかろう。
初対面の人に自分の写真を撮らせろ、と言われてすぐに頷く人なんて、そうそういない。
下心があるかは別にして。
「あ、違うの。あなたのじゃなくて、あなたの知っている綺麗なもの。私、日本に帰国したばかりだから」
そう言い換えると、彼はホッとしたように頬を緩めた。
「驚いた。……んー……普通なら断るんですけど、お姉さんの頼みなら聞いちゃう」
ニコッと笑って、彼は言った。
「ちょうど、二時にバイト終わるんです。待っていていただけるなら」
腕時計を確認すると、あと二十分もない。
「ええ、もちろんよ」
私はレモネードに口を付けた。
それからしばらく、彼の事を目で追った。
外見は悪くない。黒髪で少し長めの髪。鼻筋も通っていて、薄めの唇。
私は胸板が厚い男性がタイプだけど、かれの身体は針金みたいにひょろっとしている。
常連客だろうか、商品提供やオーダーよりも、客に話しかけられる回数や時間が多い。
私が感じた事。
彼の笑顔は人懐っこくて可愛い。どこか儚げで、壊したくないと思ってしまう。
彼の笑顔が見たい、と思っている人はたくさんいるはずだ。
「お待たせしました」
空島飛鳥くんは、私の前の席に座ってコーヒーを頼んだ。白いシャツが良く似合う。
「で、なんでしたっけ」
彼は、持ってこられたコーヒーを飲みながら言った。
「私、矢沢千陽。カメラマンをやってるの。それで、あなたの知ってる綺麗なモノとか景色とか……教えて欲しいなあと思って」
すると彼は、しばらく考えてから困ったように笑った。
「好きな景色ならあるんですけど……困ったな」
「どうしたの」
「あの、ここから一時間くらいの所にある海から見る朝陽が大好きなんです。何もない所なんですけど、海に映る太陽がすごい綺麗で」
私は、彼の言葉を頼りに思い浮かべた。
淡い橙が水平線の向こうからゆらゆらと照らす景色。
「でも」と彼は言った。
「今は午後二時過ぎ。日の出までまだまだなんですよね」
スイマセン、と彼は頭を下げる。
「謝る事なんてないわ。それまで暇を潰していればすぐ明日よ」
キョトンとしている彼に私は笑いかけた。
「お礼にお姉さんが、とっておきの場所に連れて行ってあげる」