1、愛した名前
この朝陽もこの夕陽も、私に静寂を連想させた。
街はいつだって賑やかだけど、この写真の太陽はすべて、静寂に包まれているようだ。
「千陽さん」
彼は私から煙草を取り上げて灰皿に置いた。
熱っぽい目をして彼は後ろから私を抱きしめた。素肌合わせが気持ちいい。
彼の洗ったばかりの髪からシャンプーのいい匂いがする。私の大好きな香りだ。
「だめよ。お願いだから」
私は、自分でも驚く程細くかすれた声で言った。
「こうしてるだけだよ」
そう言って彼は、華奢な腕を私に強く巻きつけた。
ふう、と彼が吐いたため息が耳を掠めて、身をよじりそうになる。
「俺がシャワー行ってる間、何考えてた?」
その言葉に私は苦笑した。
「昔の事」
すると彼は抱きしめる腕に更に力を入れた。
「男の事でしょ。なんだっけ、マイケル」
「マイケルはいないわ。ダニエル。あと、ヴィンスとジョンとシェイクとアラ……」
「千陽さん」
私は口をつぐんだ。
「忘れられない?」
驚いた。
彼が傷付いた声をしていた事に。
それよりも、「忘れられない?」という言葉に。
ヤキモチ焼きの彼だから、いつもは「聞きたくない」と私を抑えつけるのに。
「飛鳥くん……」
私は回された腕を愛しく掴んだ。
「忘れちゃったよ。過去の事だもの。飛鳥くんが一番知ってるでしょう」
「自由に生きたい、か」
「そう。大空を飛ぶ鳥のように、ね」
私、矢沢千陽と空島飛鳥は、しばらく抱き合ったまま目を閉じて朝陽を待った。