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人助け

 実際のところ、どうしようかと途方にくれながらロートは大通りを百夜亭に向かって歩いていた。

 イリスが怪しげな二人組について行ってしまったために余計な心配ごとを増やすことになってしまった。槍で突いても死にそうにない人だから安全面は大丈夫だろうが、もしかするとノルデモを追放されるような大事件を起こさないとも限らない。

 リーと名乗った女は秘密を抱えているし、危ない橋を渡るだろうとも言っていた。

 だとすれば、悪事の類か。自警団に追いかけまわされるようなことにならなければいいのだが、とロートは星に向かって祈った。

 ノルデモを密かに脱出することは不可能だろう。ハイエナのような嗅覚ですぐさまイリスに発見されるに違いない。先にくぎを刺していたイリスの洞察力に、ロートは舌を巻いた。

 この危機察知能力をほかのことに生かせばいいのに。なにも弟子を束縛するために使わなくてもいいだろう。

 はあ……と大きなため息をもらす。

 いても厄介、いなくても厄介とは。イリスは別行動をとるとは言っていたものの、時間がたてば帰ってくることもあるかもしれない。あの怪しい二人組とずっと一緒に行動する必要はないのだから。

 それまでにノルデモのことを調べておかなければ、「ちゃんと調査しておきなさいよ!」とか文句をつけられて頭をポカンと殴られるに決まっている。

 明日は忙しくなりそうだな、とぼんやり考えていたところで、今度は三人組に声をかけられた。

「あなた、旅人でしょ?」

 どこかで聞いたようなセリフだ。それもつい先ほど。

 ロートは三人組をそれぞれよく観察した。どうせまた何かに誘われるのだろうと直感していたからである。ノルデモには旅人を誘わなくてはならないという慣習でもあるのだろうか。

「なにかご用ですか?」

 今しがたロートに話しかけてきた女性は、イリスと同じように長い髪をしていたが、色はつややかな墨色だ。くっきりとした目鼻立ちに、あまり日焼けしていない肌。そして、宝石のように澄んだ瞳をしていた。

 だが、その眼の奥に不思議な感情の炎をまとっているのを敏感に感じ取って、ロートは身構えた。こちらも一筋縄ではいかなそうだ。

 あとの二人はどちらも男だったが、片方は背が高く金髪で、もう片方は真面目そうな青年だ。

 金髪はがっしりしているというよりは細長く、体躯も良くない。いわゆる優男やさおとこといった風な体だ。

 青年は女性と同じように黒い髪をしていたが短髪で、肌も土色に日焼けしている。姉弟なのだろう、顔の輪郭もそっくりで、ロートは百夜亭のオーナーである双子を思い出した。

「たしかに旅人がこの街を来訪するのは珍しいことでしょう」

 と、ロートは先制攻撃をする。根拠はないが、運命だとかを持ち出してくる予感がしたのだ。

「……すごい、超能力でもあるの?」

 感嘆しきった女性の声。まだ少女のようなあどけなさが残る仕草だった。

 ロートは嫌な予感ほど的中することを記憶に刻んで、女性を見据える。

「それで、僕に何のご用ですか? 残念ながら旅人は一人減ってしまいましたけど、話だけなら聞きますよ」

「本題から入らせてもらうと、私たちに協力してほしいの。私たちだけの力では足りないから、旅人であるあなたの助力が必要なの」

「僕が助けなければいけない義理はないでしょう。通りすがりの旅人に過ぎませんし」

「無理を承知で頼んでいるんだ、この通り、お願いします」

 短髪の男が額をこすりつけるように土下座すると、続いてあとの二人も平伏した。道行く人々が何事かと興味の視線を浴びせかける。

 ロートがあわててしゃがみこみ、顔をあげるように促す。それでも頑なに姿勢を変えようとしないので、仕方なく百夜亭で相談しようということになった。



 誰を連れてこようと双子はさして気に留める様子もなく、ボードゲームをして遊んでいた。ロートが部屋に案内するまでに自己紹介を済ませたので、三人組の名前は把握することができた。

 黒髪の女性はアリス、その弟の真面目そうな青年がヴェートで、二人の友達である金髪の優男はノイアーだ。複雑な関係ではなくて安心したが、それだけに頼みごとというのが気にかかった。

 アリス、ヴェート、ノイアーの三人を部屋に招き入れ、中央に腰をおろして輪をつくりゆっくり話を聞く体勢になる。窓から丸い月がのぞいていた。

「簡潔に用件をまとめると、私たちと一緒に盗み出してほしいものがあるの。それは警備が厳重で、とても独力では盗めないようなものだから」

「僕が盗人のように見えますか?」

「そういう意味じゃなくて、あなたは旅人なんでしょう? だったら警備を潜り抜けるくらい物の数ではないはずじゃない」

「……どういう意味ですか」

「ある意味伝説の存在であるあなた方旅人は、不思議な力を身につけていると聞いています。その能力を、少しだけ貸していただきたいのです」

 弟のヴェートが頭を下げる。

 彼らは何か勘違いをしているんじゃないだろうか。ロートはやや普通でないにしろ、常識の範囲内で少年なのである。空を飛べたり、透明になれたりするようなことはできない。

「期待を裏切るようで申し訳ないですけど、僕ができることは微々たるものです。師匠がいればともかく、一人だけでは大したお手伝いはできませんよ」

「師匠って、あの女の人でしょう」

 しばらく後をつけていたのだろう、アリスがにっこりと笑った。

「どこかへ行っちゃったみたいだけど、お弟子さんだけでも充分よ。屋敷の警備兵なんて軽くあしらって、あっという間に倒しちゃうんだから」

 やはり根本的に間違っている。

 アリスたちは旅人を魔法使いかおとぎ話の主人公とでも思っているのだろう。実際のところ、イリスならそのくらいのことはやってのけそうだが、あいにくロートにそんな技量はない。

 丁寧に断るのがよさそうだ、と判断して都合のいい口実はないものか探し始める。いちばん堅実なのは旅人に対する幻想を打ち砕いてあげることだろうが、少々残酷すぎる気もする。

「ひとつ質問させてもらうと、あなたたちの旅人に対するイメージってどんなものですか?」

「すごく強くて、足も速くて、空も飛べたりして!」

「それから、魔法も使えるな」

 とノイアーが頭の痛くなるようなことを付け加えた。ノルデモの人々は旅人という響きに対して過剰な期待を抱いているらしい。イリスを連れていったリーからヴィヴェル教の由来は聞かされていたが、こうも常識から外れた妄信を生み出してしまうものだとは驚いた。

 はあ、と肺の奥からため息を吐き出す。

 どうも気苦労の絶えない人生だ。イリスに弟子入りしてからというもの、年齢の倍くらいは老けこんでしまったような気がする。

「僕は魔法をつかうことはできませんし、空も飛べない。それにあなたたちが期待するほど強くもなければ……まあ、足はそれなりに速いですけど。盗みはあまり好きではありませんし」

 ありったけの言葉で否定したつもりだった。

 それでも、アリスの黒い瞳に眠る炎の渦が消えることはなく、むしろ大きく燃え上がった。

「それでも構わない。あれを手に入れることができるのなら、私たちは誰とだって手を組む。それがたとえ、自称弱い旅人だとしても」

 力強い口調で、アリスは断言した。

 ロートの目をまっすぐに見つめる彼女から、揺るぎない信念をうかがうことができた。それは両脇に控えているヴェートとノイアーも同じだ。

 それほどまでに彼女らを突き動かしている原因とはいったい何なのだろう、ロートはくつくつと好奇心がわいてくるのを感じた。好奇心は旅人のさがなのだ。

「どうしてですか?」

「え?」

「どうして、そんなに必死なんですか?」

「それは……」

 言葉に詰まるアリスの代わりに、ヴェートが答えを返した。

「復讐ですよ」

 ロートの瞳孔が広がっていく。まさかそんな返事がくるとは予想していなかった。

「私たちはノルデモの秘密を暴いて、この街に復讐する。そのための足がかりが、あるものを盗み出すことなの。ノルデモに隠された秘密を暴きだして、白日の下に晒し出してやる。そのために手伝ってほしいの」

 真実。

 城壁だけでなく、ノルデモには秘密を隠す巨大なベールがある。そのベールをはがそうとしているグループがいる。イリスはなにを思ってあの二人組に手を貸したのだろう。

 いろんなことが頭を駆け巡った挙句、ロートはイリスの影を追うことにした。

 目指すところが同じなら、いつか進む道が交錯することもあるだろう。その時に真意をただせばいいのだ。

 そっと腰に差している得物を触れる。冷たい柄の感触が伝わってきた。大丈夫だ、きっと。

「その話、引き受けましょう」

「ホントに!?」

 ぱあっ、と花が咲くみたいにアリスの表情が明るくなる。

 ロートは胸を張って答えた。

「師匠に負けてられませんからね。――僕も、ノルデモに埋もれている真実というのを垣間見たいですし」

「やった!」

 アリスとノイアーが両手を高々とあげてハイタッチをすると、どこかで見たような喜びのダンスを踊り始めた。変てこなリズムに合わせて奇妙なステップを刻んでいる。

 ダンスに加わらなかったヴェートと偶然に視線が合うと、アリスにそっくりな笑顔で微笑んだのだった。


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