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階段の上


「……どうして、そんなことに」

 傷だらけの顔で、ロートが立っていた。ローブの下に巻かれた包帯には、ところどころ血がにじんでいる。暗殺者から受けた傷は完治するどころか、むしろ悪化していた。

 砂漠を歩いて体力をつかいきったせいで、ロートは朦朧としていた。呼吸は荒く、肩で息をしているありさまだ。

「誰か、殺したんですね」

 リーの服についた返り血を見てロートがぼそりとつぶやいた。イリスと同じまっすぐな瞳でリーを睨みつける。

「ご明察ね。さすがはあの人の弟子ってところかしら」

「アリスさんも殺すつもりですか」

 リーの挑発するような言葉を受けながしロートが尋ねる。

「さあ、どうかしら。あなたが変な動きをしたら殺しちゃうかもしれないわね」

「ごめんね旅人さん。私が捕まっちゃったから――」

 アリスが体を震わせながら、涙ぐんだ声で言う。ナイフのつきつけられた喉元には、切っ先が触れたのか一筋の血がながれだしていた。

「僕を置いていくからですよ。追いかけるのも大変だったんですよ、何度も気を失いそうになりました。おかげで少し遅れてしまいましたけど」

 拗ねたようにロートが皮肉を混ぜる。

 遺跡の入り口から乾いた風が吹きこんできてロートの若草色のローブをはためかせた。

「せっかく買った新品のやつなのに、穴は空くし汚れるしで散々ですよ。師匠に怒られそうです」

「あなたの師匠なら下の部屋で冷たくなって倒れているわよ。ねえ?」

 アリスの首に押し付けられるナイフ。

 うなずくことも否定することもできず、アリスはただ動かないでロートに視線でメッセージを送ることしかできない。

 だが、リーのハッタリを気にとめる様子もなく、ロートは鼻で嘲笑った。

「師匠なら寝冷えをしている程度でしょう。そんなチャチなナイフで刺したくらいじゃ、僕の師匠は死にませんよ。ましてや、殺されることもない。アリスさんを人質に取られて追ってこられないといったところが関の山ですか」

 リーは口元に浮かべていた小馬鹿にした微笑をひっこめると、アリスをつかむ腕に力を込めた。

「つまんない子供ね。もうすこし驚けばいいのに」

「よく言われます。師匠といっしょにいるとたいていのことには耐性ができてしまいますから」

「もうこれ以上話していても無駄みたいね。あなたはちっとも面白みがない」

「それはそうですよ」

 とロートは言った。

「僕すごく怒ってますから」

 あまりにも冷たく言い放たれた言葉に、リーが戦慄する。体の中心から四肢にかけて本能的な恐怖が駆けめぐった。

 背中を見せて逃げ出したくなる衝動を抑えてリーが怒鳴る。

「どきなさい!」

「いやですよ。どいたら逃げられるじゃないですか」

「この女がどうなってもいいの」

「よくないです。でも、アリスさんをこんな目にあわせているあなたも許すことができません」

「旅人さん、あたしのことはどうでもいいから! この人はノルデモを乗っ取ろうとしているの!」

「黙りなさい」

 ナイフの柄でアリスの顔を殴りつけると、額が切れて血がにじむ。大きな瞳いっぱいにたまった涙が、頬を伝っていった。

「女の子の顔を傷つけたなんて師匠に知れたら、世にも恐ろしいことになりますよ。それに、僕だって許しませんから」

「黙れって言ってるのよ。この女を殺したら私が困るとでも思っているんでしょう。そんなことないわ。その体じゃ立っているのが精いっぱいでしょう、むしろ身軽になってノルデモまで行きやすくなるってものよ」

 リーがまくしたてる。嫌な汗が背中を流れた。

「それなら、今ここであなたを倒します」

「い、一歩でも近づいたらすぐに殺すわよ」

「……動かなければいいんですね」

 その瞬間、ロートのローブの下からインフィニト・ノイテの黒い刃が伸びてアリスの後ろを貫いた。力の抜けた腕をかいくぐってアリスが素早く脱出する。

「なにこれ……」

 肩口を貫通した剣をみて、リーが絶句する。おそるおそる、まるでそれが夢なのか現実なのかを確かめるように指先で触れると、鋭い痛みが走った。

 忘れていたかのように焼けるような激痛が肩からほとばしる。

 血がしたたるのも関係なく、リーは体に刺さった刃を握りしめながら絶叫した。



「アリス!」

 階上から耳をつんざくような悲鳴が聞こえて、ノイアーが階段を一段飛ばしで駆けのぼる。こうなっては慎重になどと悠長なことは言ってられない。

 イリスもノイアーの後から急いで上を目指す。

 入口から差し込んでくるまぶしい光を抜けると、絶叫しながらリーが膝をつくところだった。

 アリスのものかと思われた悲鳴はリーのものだった。イリスは胸をなでおろしながらインフィニト・ノイテを変形させているロートと、その隣で腰を抜かしているアリスに視線をやった。

 ノイアーがすぐさまアリスのもとへ駆けより、小刻みに震えている肩を支える。イリスの後ろから姿を現したヴェートも、それに続いた。

「こんな――剣が伸びるなんて」

 リーが恨みをこめた、地の底から響くような声でうめいた。先ほどまでの絶叫がまだ遺跡中に反響している。

「銃があるんだから、それに見合うような武器をあたしの弟子が持っていないはずないでしょ。自由自在に変形する剣があっても不思議ではないわ」

 暗殺者との戦いを見ていなかったリーにとって、ロートの武器はまったく未知のものだった。まさかローブの下から刀身が一直線に伸びてくるなど考えてもいなかったのだ。

 甘かった。

 リーが切れるほどに唇をかたく噛みしめる。

「旅人っていうのは、あんたの想像をはるかに超えた存在なのよ。狭っ苦しいノルデモなんかで神様に頼って生きてきたあんたたちなんかが及ぶはずもないわ」

「とくに、師匠は」

 ロートがインフィニト・ノイテの刃をもとの長さにもどしながら言った。抵抗する力もなく、引っ張られるようにリーがうつぶせに倒れる。荒かった呼吸が、だんだんと静かになっていく。

 イリスは血に濡れないようヴィヴェル教の原典を拾い上げると、懐に収めた。

「皮肉ね。サントと同じ死に方をするなんて」

 イリスがリーの頭上から冷たい言葉を浴びせかける。

「あんなのと、いっしょにしないで」

 憎しみをこめてリーがイリスを睨みつける。だが、力ない声はまるでそよ風がすり抜けていくみたいだった。

「そうね。いっしょにしたら彼がかわいそう。自分の欲望のために死ぬあなたと、誰かのために働いて、裏切られて死んだサントとではまるっきり違うわ」

「私は――神になるんだか、ら」

 イリスはリーに銃口を向けると、ゆっくりと引き金を引いた。音もなく、銃弾がひとつの命を運び出す。

「せめて苦痛の無いように死なせてあげるわ。あの世で何が間違っていたのか反省することね」

 イリスがそう言ったところで、緊張の糸がぷっつりと切れてしまったようにロートがイリスの胸に倒れ込んだ。その際にフードがずれて、鮮やかなピンク色の髪があらわれた。

「もしかして――女の子だったの?」

 アリスが目を丸くしながら素っ頓狂な声をあげる。

 イリスは、

「そうよ」と楽しそうに答えた。




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