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目覚めると

 意識を失っていたロートが明け方になって目を覚ますと、体の節々はいたんだが、どうやら生きているようだと分かった。赤い寝袋をとりかこむようにしてアリスたち三人が心配そうにのぞきこんでいる。

 ナイフで切られた痕には軟膏がぬり込まれていて、くすぐったい。

 重症だった左腕にも包帯が巻かれ、とりあえず治療は施されているようだった。

「勝ちましたよ」

 ロートがかれたような声で微笑むが、アリスの顔は涙で濡れていた。

「旅人のくせに死にそうなくらい怪我して、今にも死んじゃいそうで、私たちがどれだけ心配したか!」

「だから、旅人でも僕は普通の人間なんですよ」

「ばか!」

 アリスはロートの胸に顔をうずくめ、おえつをあげ出す。まだふさいでいない傷口にしみて、思わず小さなうめき声をだしてしまった。

 けれども、それにもかかわらずアリスは顔をあげようとしない。

 ロートは困ったようにヴェートを見たが、口元を少しだけゆがめて首を振るばかりだ。

「姉さんをこれだけ泣かせたのはケビン以来ですからね、きっちり罰は受けてもらいますよ」

「そんなこと……」

「おれたちの復讐に、マイナスがあってはいけないんです。痛み分けではわりにあいませんからね。だから、誰も死んではいけない」

「あの時は戦わなければ全員やられていましたよ」

「それをどうにかするのが旅人でしょう」

 理不尽な要求だ。

 ノルデモという街では、旅人は本来の役割以上のものを担わなければならないらしい。まるで、ヴィヴェル教を伝えたという旅人が来訪したその時から定められているかのように。

「物音がしなくなってから俺たちはあんたがどうなったのか心配になってこっちに来たんだ。そうしたら案の定、血塗れになりながら気絶しているのを発見したというわけだ。アリスなんかは一晩中泣き腫らしてたんだぜ」

 どうりで目が充血して、隈までつくっていたわけだ。眠っていたロートにはわからないが実際に経過した時間の何倍も長く感じられたことだろう。

 もしもイリスだったら、と想像する。

 師匠も真っ青な顔をして看病をしてくれるのか、それとも平気な様子ですぐ隣で熟睡しているかもしれない。

 暗殺者に銃を撃ち込んだのがイリスだとロートは気付いていた。イリスは短距離での射程よりも、長距離からの狙撃のほうが得意なのだ。

 まさか夜の闇をかいくぐって銃弾を放つとは思ってもみなかったが、あの状況を挽回できるのは師匠しか考えられない。ほんのわずかでも手元がぶれればロートに命中していた可能性もあるのに。

「それから、俺は本当にやつが死んでいるのか確かめに行ったんだ。なんだかむくりと復活して殺しに来るような気がしてな」

 ノイアーが続ける。

「実際、あいつにはまだ息があった。とても動けるような状態じゃなかったがかろうじで喋ることくらいはできたんだ」

「何か、言っていたんですね」

 うなずくノイアー。アリスとヴェートが驚いたような表情をした。どうやら二人には話していないことのようだった。

「遺跡に行くのならそこでノルデモの真実は暴かれるだろう、ってさ。それからもうひとつ、ケビンの居場所も」

「どこにいるの!?」

 アリスが大きな声を出して尋ねる。ヴェートは無言だったが雰囲気がアリスと同じことを聞きたがっていた。

「……残念だが、墓の下だそうだ。やつらに殺された連中はノルデモから離れたところにあるオアシスのほとりに埋めてあるらしい。そこにケビンもいる」

「そう――。諦めてはいたつもりだけど、改めて告げられると悲しいものね」

「でもケビンの墓参りに行くことはできます。遺跡にノルデモの真実があるというのなら、それであの街を変えてみせます。墓参りくらい、毎日でも行けるような自由な街に」

 ヴェートは強がって弱音を吐くことはなかったが、曇り空のようにどこか悲しげに聞こえた。

 ノルデモに到着する前に小休憩をとったオアシスのことをロートは思い出した。もう使われてはいない住居の数々や、水が通っていないのにひかれた用水路。そして定期的にだれかが訪れている痕跡のあった墓場のようなもの。

 謎のひとつは解けた。

 だが、あの墓場は昔に起こった戦争の爪痕だと納得したはずだ。それを死体の隠ぺいに使用しているのは、少々奇妙な気がした。ノルデモは戦争など経験したことがないはずなのに。

「終わったらのことを考えるのはもうよしましょう。ケビンのことばかり偲んでいても、どうしようもないことだし。これからはどうやって遺跡につくのか考えないと」

「僕なら、大丈夫ですよ」

 ロートが寝袋から出て、起き上がろうとするのをアリスが制止した。体は痛むが歩けないというほどではない。それに暗殺者という最大の障害はのり越えたのだから、あとは遺跡まで歩を進めるだけなのだ。

 だからこそ足手まといにはなりたくなかった。

「動いちゃだめ。せめて数日は安静にしていないと」

「そうはいっても師匠たちは待ってくれませんよ。歩くくらいなら出来ますし、傷もそのうち癒えるでしょうから」

「そういうわけにもいかないでしょ。私たちのために戦ってくれたんだから、これから先は私たちが戦わないと」

「……でも」

「だから待ってて。今度は旅人さんが待つ番だからね」

 アリスたちは示し合わせたようにまとめてあった荷物を背負うと、テントのなかにロートを置き去りにして出て行ってしまった。薬や食料はそのままにしてあるが、ほかには何もない。

 あっけにとられるロートに話しかけるものは、だれもいなかった。


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