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噂の襲撃

「ねえ、いいこと教えてあげようか」

 漆黒の闇のなかでイリスはさきほど火を吹いたばかりの銃口を、砂の上に倒れこんでいる男の頭に向け、ぞっとするくらい優しい口調で尋ねた。

 イリスの後ろにはいまだに不安そうな表情をしているサントと、冷たい視線で倒れている男を見下しているリーが控えている。

 ロートたちよりも先にノルデモを抜け出してからというもの、盗んだ巻物に記されていた遺跡へと一直線に進んでいた。イリスという旅慣れた道案内がいるため迷うこともなく、二日目にして道半ばまで到達することができた。

 ノルデモを抜け出す際に、いるべきはずの門番たちがいなかったのは気にかかったが、これまでの道のりではなんの障害もなかったのですっかり忘れかかっていた時だ。

 イリスが不穏な気配を嗅ぎとったのは。

「殺気がするから逃げておいたほうがいいわよ」

 にべもなくそう言い残すと、あくびをしながらテントを出ていく。かなり窮屈ではあったがサントとリーも一緒のテントで過ごしていたので、顔を見合わせるとイリスの後を追って飛び出した。

 夜の空に溶け込むみたいに、黒い服を着た男が立っていた。

 フードを目深にかぶっているので顔や表情はわかりにくいが、意外としっかりした体格や背中に提げた大剣からすぐに男だと判別できた。

 まるで大きくなったロートね、とイリスはつぶやく。

「あたしたちを追ってきたんでしょうけど、無駄足だと思うわよ。あんたくらいは一瞬で倒せるから」

「…………」

 男は答えない。

 一陣の風がにらみ合う二人の間をすり抜けていった。

 砂塵が巻き上がるなかイリスは前髪をはらった。緊迫した空気に気おされるように、サントがかたずを飲む。

「そんな馬鹿みたいに重そうなクレイモアを引っ提げて砂漠を追ってきたのは感心するけど、その武器では間合いを詰める前に身動きが取れなくなっておしまいね」

 こんな風に、と口を開こうとして、一瞬だけ隙ができた。

 地面を蹴り、疾風の如く突進してくる男を半身でかわす。続いてくりだされる斬撃。一回、二回。大ぶりにならざるを得ない大剣での攻撃を完全に見切ると、イリスは男の腹に横薙ぎの蹴りを食らわせようとする。

 それを知っていたかのようにバックステップで避けると、男は間合いを取り直した。

 両手で持ったクレイモアを下段に構え、再びイリスに迫る。ほんのわずかだが、服と闇とが同化した。しまった、とイリスが思う頃には頭のすぐ上を剣がなぎ払うところだった。

 反射的にしゃがんだのが功を奏したか。

 相手の武器が小回りのきくものだったら危なかった。軌道を読みやすいクレイモアだからこそ間一髪で回避することができたのだ。

「――なかなかやるじゃない、少なくともロートよりは強いわよ」

 しゃがんだまま足払いをかけるが、届くことはなかった。再度距離が遠くなる。

「なかなかいい作戦ね」

 大剣による一撃離脱とは考えたものだ。

 大味な剣戟の後にはどうしても隙ができる。その隙を補うために全力で下がり、また突撃をする、というのが基本戦法のようだ。

 破壊力のありあまる大剣での一撃を受けることは不可能に近い。

 競った剣をそのまま押し切られてふっ飛ばされるか、あるいは体に向かってきた自分の武器で身を傷つけるか。

 どちらにせよ無事ではいられまい。

 だからこそ一度かわしてからの反撃となる。相討ちでは割に合わないのだ。それなのに、反撃が当たる前に男の体は遠くへ逃げてしまっている。

「でもね、あたしよりは弱いわね、確実に」

 そう言った瞬間、イリスは目にもとまらぬ速さで腰から銃を抜き、男の胸に発砲する。

 まるで月のような銀色の弾丸が、とっさに身をよじった男を貫いていた。

 痛みはない。が、動かそうとした左腕がなぜか言うことを聞かなかった。

「未知の武器に対して、すぐに反応したのは上出来だったわよ。そうでなければ、今ごろ胸に穴が開いていたもの」

「なんだ……それは……」

 男の口から声が漏れる。イリスはちょっとだけ驚いた。

「あんたも喋ることがあるのね。てっきり名前も聞かないまま終わるのかと思ってたわ」

 そして、もう一発。

 乾いた音が砂に吸い込まれていく。

 相変わらず痛みはなかったが、なぜか今度は脚の動きが鈍い。うまくバランスが取れなくて、男は冷たい砂の上に倒れ込んだ。

「ねえ、いいこと教えてあげようか」

 イリスが完全に闇に溶け込んだ銃を弄びながら言う。

 男からはなにも持っていないように見えるだろう。

「この世界にはあたしたちの預かり知れないお宝がたくさんあってね、そのなかのひとつがボニタ・ソニオっていう銃なわけ」

「……銃」

「聞いたこともないでしょうけど、弓矢よりも早く、遠くから人を狙い撃てる武器のことよ」

 銀の弾丸で射抜かれた部位は麻酔でもかけられたように痛覚がなくなる。そして、気がつかないままに儚い命を落とすのだ。

 剣と楯の常識をはるかに覆すイリスの銃は、ある意味ではおそろしい兵器であった。

「つまり、遠い間合いならあたしの領域ってわけ。ここから一歩も動かずにあんたの頭を撃ち抜くくらい、わけないわ」

 男は戦慄する。

 初めて味わう、死の恐怖だった。絶対的な力を手にした相手との戦いを、彼は今まで経験したことがなかった。暗殺者は、狩る側の存在なのだ。

「ここに放置しても、どうせあんたは死ぬでしょうから、すぐ楽にしてあげるわ。あたしの弟子が来るまで生きていたら、ひょっとしたら助かるかもね」

 イリスがゆっくりと照準を合わせ、引き金にかけた指に力をこめはじめた。

 男は逃げようとするが、恐怖のためか、それとも撃たれた個所が拒否するのか、体が動こうとしない。

 もうだめだ、と観念しかけたそのとき、誰かが体を抱えあげた。

「先生……」

「あら、ずいぶんもったいつけての登場じゃない。かなり堪えたほうだけど」

「崖から突き落とすような教育が好きなんだが、いくらなんでも落とし過ぎて死なれたら寂しいからな。瀬戸際にならないと助ける気にならなかったんだ」

 聞き覚えのある声。

 新たに割って入った男も黒いローブをかぶってはいたが、あまり意味をなしてはいなかった。彼らの正体をイリスはすでに把握していたから。

「奇遇ね。あたしもスパルタ教育が好きなの」

「後継者を育てるには、それがいちばんだからな」

「あたしもそう思うわ」

 イリスと乱入者がいっしょに笑う。

「ただ、君には甘いところがあるようだ。親ばかみたいなものかな」

「……そんなことを言われる筋合いはないわよ」

「だったらどうしてわざわざ後をつけさせたりしたんだ。振りはらって後続を狙わせるように仕向けることもできたろうに」

「あたしも流石に弟子を失いたくはないもの。荷物持ちがいなかったらこの砂漠を乗り切れないじゃない。あんたも人殺しが生業のくせに、人を助けるなんて」

「それは君も同じだろう」

「馬鹿にしないでよね」

 イリスが少しだけ口調を荒くする。

「あたしは旅人なんだから、ロマンを追求するのが仕事なの。それを血なまぐさいあんたなんかと一緒にしないでよ」

「それは悪かった」

 悪びれた様子もなくもう一人の男が謝るが、イリスは容赦なく銃口を向けた。

「その弾丸は早いが、指の動きまで見えないというほどではない。違うか?」

「――まあ、まだ秘密があることにはあるんだけど。いいわ、見逃してあげる」

「それはうれしいな」

 イリスが銃を下ろすと、暗殺者たちは瞬く間に夜の闇のなかに姿をくらました。今までずっと息を止めていたかのような大きなため息が、イリスの背後から聞こえた。

 あやうく忘れるところだったが、サントとリーである。

「まさか暗殺者の噂が本当だったなんて……」

 信じられない、とリーがつぶやいた。

「ずっとつけられてたことにも気付いていないようだったら、あんたたちはあたしを仲間にしておいて幸運だったわよ。もう一人のほうを引きはがすのに苦労したんだから」

「あ――もしかして、後から来た人はずっと隠れていたんじゃ」

 サントがひらめいたように膝を打つが、イリスは呆れた表情をした。

「チャンスがあれば隙をついて攻撃するつもりだったんでしょうけど、あいにくそこまで甘くはないわ。それよりあんたちを先に始末しないかとハラハラしたもんよ」

「つまり、私は死の一歩手前にいたってことね」

 リーの腕にさざ波が走るように鳥肌が立つ。寒さとは違う、本能的な恐怖が今ごろになって足元から這い上ってきた。

「そう。さらに言わせてもらうと」

 後から来た男のほうがずっと強いわよ、というイリスの声は、砂粒といっしょに夜風に吹かれていった。


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