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決意

 長いながい一日の半分がようやく終わり夜の世界があたりを支配しはじめると、ロートたちはあまり風の吹かない場所を選んでテントを張った。いくつかの骨組みを砂につき刺してその上から布を巻きつけただけの簡素なものであるが、飛ぶように迫ってくる砂塵と寒さから身を守るのには、かなり効果があった。

 太陽の下ならば鮮やかに映える布も、夜の闇のなかでは意味をなさない。

 三角形のテントを二つ設置することができたので、片方はアリスとヴェートの姉弟が、もう片方はロートとノイアーが使うことになった。狭い床に寝袋を敷くと、ほとんど足場はなかった。

 寝袋どうしをなるべく近づけていたほうが保温効果が高いということで、ノイアーとロートはお互いの息遣いが聞こえるくらい密着して寝袋におさまった。

 星の明かりもテントの布で遮断されてしまうと、聴覚だけが妙に冴えわたって、遠くを走る風の音さえもすぐそばにあるみたいに聞こえる。

 目を開けていても、閉じていても変わらない景色。

 ロートは隣にいるはずのノイアーに顔を向けた。こういう時、イリスは真っ先にぐっすり眠り込んでしまう。ロートが呆れるくらいあっという間なのだ。静かな寝息を立てるイリスの呼吸のリズムとともに、弟子もだんだんと眠りに落ちていく――というのが普段のパターンだった。

 けれどもノイアーは、定期的にごそごそと寝相を変えたり、唸ったりして寝付こうとしない。いや、不安や興奮や期待や恐怖が複雑に入り混じって、じっとしていられないのだ。

「眠れないんですか」

 横のテントにいるアリスたちに迷惑をかけないよう小さな声でロートが言った。

 ノイアーが声のした方に向き直る物音がして、すぐに止まった。

「寝なきゃいけないんだろうな」

「明日も早くに出発しますから」

「なあ、教えてくれよ。羊ってのはいったい何匹数えれば瞼が重くなるんだ。とっくにノルデモ中の羊を数え上げちまったぜ」

「それなら世界中の羊を想像してみてはどうですか。放牧の盛んな地域では、草原一面に白い動物の群れが闊歩していて、とても数えきれないですよ」

「そんなものは見たこともないし、これからも見ることはないだろうよ。俺が知っているのは全部に名前がつけられた羊だけだ」

 しゃべり終えるごとに真っ暗な静寂が包みこむ。

 ロートは口を開いた。

「ノルデモという街は、すごく不思議なところです。砂漠のなかで孤立しているのにヴィヴェル教という宗教に支配されて、街から出ていけない。教祖たちは住民から富を巻き上げ、私腹を肥やしているというのに暴動も起きない」

「それが当たり前だからな。ノルデモで育ってしまったから異常なことでも平凡に思えてしまう。俺はケビンがいなくなったことで頬をビンタされたみたいに目が覚めたけど、そうでもしなければここで普通に生涯を送って、疑問に思うこともなかっただろうな。考えてみると鳥肌が立つ」

「僕は、ノルデモの真実というものに、この謎を解くカギがあるのではないかと思っています。そうでしょう?」

「ああ、――きっとそうだ」

 ノイアーの口調が心なしか強くなった。

「ノルデモにはたくさんの噂が蔓延していてな、反乱分子を静粛するための教祖直属の暗殺者がいるとか、ノルデモには太古の秘密を記した巻物があるだとか、城壁を築いた本当の理由だとか。その中のひとつを、ケビンは真剣に信じていた。いや、ひょっとすると全部を信じていた。あいつはノルデモの真実という核が、その噂のもとになっているって言ってたからな」

「エネルギーあふれる人だったと聞いています」

「そうだ。俺たちのなかでは一番元気があって、しかも頭が働いた。ヴェートよりも賢かったな。だからこそ街に蔓延する噂話の本質に、誰よりも近かったんだろう。ただ、油断はあったと思う。まさか命を狙われるなんて考えてもみなかったはずだ」

「やっぱり、故意に失踪させられたんでしょうか」

「そうでないとあいつがなんの断りもなしにいなくなった理由がない。俺たちは子どものころからずっと親友だったから」

「――だから復讐するんですね」

「いなくなってしまった以上、もうどうすることもできないからな。良くしてやることも、もっと遊ぶことも話すことも、姿を見ることさえもかなわないとなっては、これくらいしかしてやれないんだ。年寄りのばあちゃんが死んだときみたいな心情だな」

 後悔、という言葉がロートの脳裏をよぎった。

 ノイアーは重くなってしまった空気を明るくしようと、声を立てて笑った。なにがおかしいのか分からなかったけど、とにかく笑っていた。

「馬鹿みたいだよな、俺。復讐なんてしたって誰も救われはしないんだぜ。ただの自己満足だ」

「いいんじゃないですか」とロートは静かに言った。

「自分の幸せを追求しろというのがヴィヴェル教の教えなら、あなたはなにも間違っていません。そうでなければ僕も手伝いませんよ」

 それから、二人はお互いに背を向けて目をつぶった。

 神様はどこかで見守っているんだろうか、とロートは思った。


書きためたストックがなくなってしまったので、少しばかり更新スピードが遅くなると思います。

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