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砂漠の旅路

 ロートたち一行はきっちり準備をしたリュックを背負うと、忍び足でノルデモの裏門に回った。

 ノルデモの街が寝静まってからずいぶんと時間が経過していた。色あせたレンガの住居からは生活の音は聞こえないし、風さえもその音色を自重しているみたいだった。

 街に明かりはひとつもないが、満天に広がるあまたの星が視界を照らしているので光源には困らない。とくに純白のようにも銀色のようにも見える満月はまるで夜の太陽みたいに地上に光を降り注いでいた。

 街の周囲にそびえている城壁の一角に、門番たちが滞在している詰め所がある。ロートがヴィヴェル教の聖書を受け取った場所だ。

 そこの警備さえ抜ければ、ノルデモから脱出することは容易である。――はずだった。

「……またかよ」

 ノイアーが夢ではないかと目をこすりながら、改めて無人の詰め所を凝視するが、そこに人影はなかった。中年も、真面目そうな若者もいない。

 まるで教祖の屋敷に忍び込んだ時のハイライトだった。

 ロートは詰め所のまわりをくまなく探してみたが、そこに門番の二人の姿は見当たらなかった。誰かに発見されないよう巧妙に隠してあるのかと勘ぐって丹念にすみからすみまで調べたから、見落としはないはずだ。

「奇妙ですね」

 というロートのつぶやきにヴェートが反応した。

「なにがですか?」

「僕たちがノルデモに着いた時、ここには二人の番兵がいました。それが、今はもぬけのから。師匠が気絶させるなりで秘密裏に始末していたとしても、どこかに転がされているはずです」

「――それは、すこし気がかりですね」

 ヴェートが首をひねり、あごに手をあてて思案をはじめる。奇妙なことだ。

 旅立つ前に不安要素を排除しておきたくてロートがあたりをくまなく調査している。だが、なんの痕跡も見つけることはできなかった。

「まるでイリスさんたちを追いかけて行ってみたいだ」

 とヴェートがひっそりつぶやいた声が、小さな少年の耳に届くことはなかった。

 まだ謎は解決していないものの、いつまでも調べていては夜が明けてしまうのでロートは渋々ながら城壁のなかにある扉を抜け、冷え切った砂漠へ足を踏み入れた。

 最初のうちこそもの珍しげに砂を踏みしめる感触を味わっていたアリスたちだが、そのうち飽きてしまったようで、先を進むロートの背中を黙々とついて行くばかりになった。

 いちばん初めに口を閉ざしてしまったのはヴェートで、続いてノイアー、アリスと伝染するように黙り込んでしまう。ロートが時折、空を見上げては方角を確認する以外は、延々とやわらかい砂の上を歩いて行くという単調な行軍だった。

 どこまで行っても砂丘が広がるばかりで、景色が大きく変貌することがない。ノルデモで生まれ育ったアリスたちにとっては、精神力の戦いでもあった。

「……大丈夫ですか」

 その様子を見かねたロートがやや遠慮した口調で尋ねる。

 まだ夜が明ける前であるというのに三人は肩で息をしている有様だった。装備をしっかりしておいてよかった、とロートは内心胸をなでおろす。水の代わりに洋服を詰め込んで砂漠に挑むイリスのような人だったら、すぐに立ち上げることもできなくなっただろう。

「大丈夫よ、このくらい」

「ええ、そうです」

 アリスとヴェートが声をそろえてこたえるが、ノイアーは荒い息のまま深呼吸をしていた。

「休みましょうか」

「……いや、……いい」

 ぜいぜいという音を挟みながら、ノイアーはロートを見つめ返した。彼の瞳には、出会ったばかりのアリスと同じ意志の強い炎が燃え上がっていた。

 ロートはじっとその眼を覗き込み、

「なら行きましょう。予定は遅れています」

 と言って後ろを振り向くことなくふたたび歩みを進めはじめた。

「本当に平気なの?」

 アリスが今にも倒れそうなノイアーを気遣って訊く。ノイアーは少しだけ微笑んで、アリスの問いに答える。

「俺だって、ケビンの友達だったんだ、アリスだけじゃなくて、俺も頑張らなきゃ、いけないんだ」

 端正な顔をゆがめながら、苦しそうに一歩を刻んでいくノイアーに、アリスがそれ以上励ましの言葉をかけることはなかった。

 みんな思いは同じなのだ。失った親友の仇を討ちたいという一心で、ここまでたどり着いた。

 やがて地平線の彼方から太陽が顔をのぞかせると、街にいる時よりもずっと強い熱気が足元から立ち昇ってきて、体力の消耗も一段と激しくなった。

 こまめに小休止をとってはいるが両脚がだんだんと重くなり、姿勢も前傾になってしまう。そうすると砂から反射する熱気が顔にあたって、焼けるように暑く感じられた。

 無言のままの進軍は、つらい。

 イリスと砂漠を横断しているときはやかましいくらいに話しかけてくるので、すこしは気も紛れた。今考えると、ロートの負担をすこしでも減らそうと思ってのことだったのかもしれない。ただ、気が重くなるような内容ばかりだったので無駄な心労を増やしてはいたが。

 小高い山のような砂丘の頂上にのぼると、ロートは後ろを振り返った。小さな足跡が規則正しく、律儀にロートのたどった道筋を示している。アリスを先頭にして懸命についてくる三人はなんとかロートのそばまで到着すると、水をひと口すすった。

 あまり飲み過ぎてはいけないと思っていながらも、ついつい大量に摂取してしまう。生ぬるくなった水は美味しくなくて、痛いほど冷たい水が無性に恋しかった。

「オアシスでもあればいいんですけどね」とロートが言う。「あいにくこの付近にあるオアシスは、ここからノルデモを挟んで反対方向にあります。帰るまで新鮮な水にはありつけないでしょうから気をつけてくださいね」

「わかってるんだけど――つい、ね」

 アリスが力なく微笑む。かなり体力をすり減らしているようだった。

 本来、砂漠は生物が住むには適さない環境なのだ。厳しい暑さや水不足への対策に特化することでようやく生息できる。そんな地獄のような場所であるから、歩いているだけでも相当大変なのだ。

「早いうちに飲んでおかないと遺跡につく前に骨になっちまいそうだからな」

 ノイアーはノルデモのある方角を見つめ、それから反対側を見つめた。どちらにも広がっているのは黄色い砂漠の単調な光景だけだった。

「死ぬわけにはいかないんだ。俺たちは生きて帰らなくちゃなんねえ、親父さんも心配して待っていることだろうしな」

「不安なの?」

 とアリスが訊く。

「不安じゃねえよ。ただちょっと怖い気もするだけさ」

「大丈夫ですよ」とロートが言う。「僕が守りますから」


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