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戦う理由

「無関係な人まで巻き込んで、迷惑だとは思わないのか」

 子どもを叱りつける親のような口調で、アリスをなじる。

 アリスは拗ねたようにプイ、と背を向けて店主の言葉を無視した。店の奥から水を持ってくると、静かに飲み干す。

「ちゃんと了承はしてもらったんだし、構わないでしょ」

「だが、まだ子どもじゃないか。それに来たばかりの旅人の方まで引き入れるとは無責任にもほどがある。どう収拾をつけるつもりだ」

「あたしは何にもしてない、結果的にはだけど。だから気にしないで」

「もう、何かしでかしたんだな」

「だからしてないって言ってるでしょ」

 アリスが思い切りテーブルをたたきつけると、岩を殴ったような鈍い音がした。テーブルから振動が伝わったのか、ヴェートがのそのそと冬眠から覚めたばかりのクマみたいにゆっくりとした動作で顔をあげる。

「どうしたんですか姉さん」

 あくび混じりに尋ねる。

 アリスと違ってまだ寝ぼけた感じが抜けきっていなかった。

「親父さんがまた子ども扱いするの。お酒は出すくせに、いつまでたっても昔みたいに過保護なんだから」

「それはいけませんね」

 ふらふらとおぼつかない足取りで立ち上がるとヴェートは顔を洗いに店の奥へ消えた。すぐに生まれ変わったような顔つきで戻ってくる。

「おれも、いつまでも子ども扱いされるのは心外ですね。親父さんには昔からお世話になってきたので感謝はしていますが、それとこれとは話が別です」

「なんと言おうがお前たちはいつまでたっても青臭いガキだ。後先考えずに行動するようなやつらに大人を名乗る資格はねえ」

 断言する店主の背中が、どういうわけかイリスとダブって見えた。

 喧嘩の様相を呈し始めてしまった雰囲気をどうにか修復しようとロートが間に割って入る。

「まあまあ、落ち着いてください。事実としてなにも起こせなかったわけですし、年齢的には大人なわけですから好きなようにさせてあげたらどうでしょう。もう責任は取れる年齢です」

 店主はいきなりアリスたちの味方をしだしたロートに不服そうな顔を向けたが、黙り込んで外へ出ていってしまった。

 カラン、という扉のしまる音が聞こえた。

「それで、何の用なの?」

 アリスが問う。

 主を欠いた店は、まるで色を失った絵画のように寂しかったが、朝日が差し込んでいる場所だけは暖かかった。ところどころ破れたフードをかぶったままのロートの横顔を、日の光が照らしていた。

「昨日手に入れるはずだったものを教えてもらいました。現物はありませんが、その内容はしっかり覚えています」

 アリスとヴェートのそっくりな表情が驚きへと変化し、そして明朗になった。

「師匠が昨夜に僕のところに来てノルデモの真実につながるヒントをいくつか残して行ってくれました。やはり、この街には何か大きな秘密が隠ぺいされています」

「その、ヒントとは?」

 興奮を抑えきれない口調で、ヴェートが前のめりになりながら訊いた。

「地図ですよ。ノルデモから――おそらく2、3日は離れた場所に遺跡が描かれていました。そこへ行けば、なにか情報をつかむことができるでしょう。師匠は今日にも出発すると言っていました」

「でも……許可もなしにノルデモの外へ出ることは禁じられているの。たとえ秘密裏に抜け出そうとしてもすぐに見つかって連れ戻される」

 明るかったアリスの表情が、影が差したように曇る。ロートは珍しく優しい笑顔で微笑んだ。

「そういう時のために僕がいるんです。旅人なら何とかごまかして外へ出ることも可能でしょう。それに自由に出ていけるのは僕と師匠だけですから、どこかに抜け道があるはずです。たとえば、荷物にまぎれて脱出するとか」

「失敗すれば死刑ですよ。危険すぎやしませんか」

「僕らはもう教祖の屋敷に盗みにはいるという大罪を犯していますから、なにも恐れることはありませんよ。いまさら怖気づいてどうするんですか」

 一度助かった命を、そうそう簡単に捨てたくはないと思ってしまうのが人間の本能なのである。ロートもそれを充分理解していたが、怖がっていては前に進めない。

「今回は敵が油断していたから勝機がありました。ですが、次は向こうも万全の用意をして対抗してくるでしょう。そうなれば、おれたちの先にあるのは敗北です」

 ヴェートが否定的な言葉を吐く。

「私もそう思う。謎を解明するのをほかの人がやってくれるのなら、わざわざ危ない真似をして後を追いかける必要もないし。旅人さんだってこんなところで死にたくはないでしょ」

「僕はいつだって死ぬつもりは毛頭ありませんし、そんな悲劇が訪れるのは師匠を本気で怒らせた時くらいでしょう」

 もっとも、その時は死よりも悲惨な運命が待ち受けているのだろうが。想像してはいけないと思いながらも、鳥肌が立った。

「武器もなにもなしにケビンを殺した暗殺者と戦えっていうの? そんなの無理に決まってるじゃない」

 そうか、と合点する。

 いくら命を大切にしたい気持ちが湧きあがってきたとはいえ、アリスたちの怯えようは普通じゃなかった。その原因は噂の暗殺者にあったのだ。

「私ができるのは、ただとび跳ねることだけ。それでどうやって命を狙ってくる相手と渡り合えっていうのよ。ヴェートは頭でっかちだし、ノイアーはひ弱だし、あなただって武器もないじゃない。それでどうやって戦うの?」

「武器なら、ありますよ」

 ロートは腰のあたりをまさぐると、刃のない剣を取り出した。つかと柄は夜の闇よりも深い漆黒に染められていて、見ていると吸い込まれてしまいそうだった。

「……馬鹿にしてるの?」

 怒ったようなアリスの声。

 だが、ロートが意思を込めてその剣――インフィニト・ノイテに触れると、まるで魔法のように漆黒の刀身が形成された。

 目を丸くするアリスとヴェートを横目でうかがいながら、ロートは刀身を伸ばしたり縮めたりしてさらなる驚嘆を誘う。それもそのはずで、この剣は世にも珍しい魔力で刃をつくりだす宝刀なのだ。

 魔力というのはあらゆる人間が強弱にかかわらず持っているが、それをコントロールするにはいくらか訓練が必要になる。イリスがインフィニト・ノイテを渡したのだから、もしろん彼女も文句なしに使いこなせる。

 もっとも、イリスはイリスで別に特別な武器を持ってはいるのだが。

「僕にはこれがあります。本来なら悪を退治するための剣なのですが、身を守るには充分でしょう」

「――これが、旅人」

 息をのむヴェート。

 旅人に対する変なイメージを復活させてしまったかな、と危ぶみながらもロートはノイテを腰に戻すと灰色のローブの下に隠した。

「やっぱりすごいじゃない! こんなものがあるなら早く話してくれたらよかったのに」

 すっかり希望と元気をよみがえらせたアリスがロートの手を握る。

「これなら、おれたちも暗殺者と戦える。仇だって討てるかもしれない」

 ヴェートも抱きつきそうな勢いでロートのあいてる方の手を握った。両手をがっちり掴まれて変な気分になりながら、ロートは少しだけ後ずさった。

「そ、それに楽観的な観測を立てるなら暗殺者が師匠のほうへ行ってくれる可能性もありますし、その場合僕たちの完全勝利です」

「そんなに強いの?」

 アリスが小首をかしげる。

 不思議な剣を持つロートよりも強いというのは、細身で美人なイリスの印象からはあまり想像できなかった。

「瞬殺でしょうね」

「それだったら安心ね。お師匠さんのほうに行ってくれることを祈りましょう」

 ようやくアリスに明るい笑顔がもどった。胸の軽くなる思いがしながらロートがはにかむ。

「すぐ準備に取りかかりましょう、今晩にも出発となるとそれなりの装備をそろえる必要があります。ノイアーが起きてくるのを待っている暇はありませんから、市場が開いたら急いで店を回り、深夜までに作戦を立てないと」

ヴェートがさっそくタイムスケジュールを立てはじめる。ぶつぶつ聞き取れないくらいの声で呟きながら空中に計画を記し、店内を歩き回るうちに自然と外へ出て行ってしまった。

まるで夢遊病者だ、とアリスが笑った。

「時々ああいう風に自分の世界にのめり込んじゃうところがあるの」

「現実的な計画を立てるために没頭しているんでしょう。僕たちも動きださいないと」

 ロートは店を出ようとして足をとめた。

 市場をめぐって買い物をしなければいけないのだが、そのための金が不足しているのだ。ロートの財布はイリスが持って行ってしまったし、アリスたちもいきなり金を用意できるわけではないだろう。

「お金、どうしよう……」

 同じ問題に気が付いたアリスが困ったようにあたりを探すが、もちろん金貨が落ちているようなことはない。

 風船のように膨らみはじめた希望が、空気が抜けるようにしぼんでしまう。お金、単純だが難しい問題だ。百夜亭に帰ればイリスの忘れた服やなんかが置いてあるかもしれないが、それを売り払ってはロートが無事ではすまない。

 その時、扉をあける音がして片手に重そうな麻袋を持った店主がはいってきた。アリスは店主と視線が合うと、口をへの字にして顔をそむける。

「こいつは軍資金だ、いくらでも好きなだけ使いな」

 ずっしりと重たげな音を立てて麻袋がテーブルに置かれる。アリスが驚いたように店主を見上げると、無言のまま店の奥へ引っ込んでしまった。

「大好き」

 とアリスが言う。

 ノイアーはまだ顔を赤くしたままうるさいいびきを立てていた。


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