第九話『バレンタインを気にしない』
お砂糖となんやらがどうにかなって、女の子が生まれるというのは、あながち間違いではないのかもしれない。事実、お砂糖となんやらがどうにかなった物が、昼休みには溢れている。
たまにクラスに蔓延するカロリーメロンパンの匂いもそうだけれど、昼休みはお弁当を食べる時間でもあり、特に女子にとってはお菓子を食べる時間でもあるように思える。
野暮用で弁当を食べるのが遅れた俺は、急いで席に戻り、弁当を広げる。
「糸杉くん、チョイス渋いねぇ。筑前煮って……」
与田さんが俺の弁当を覗き込んで、悪意の欠片もなさそうな顔で呟く。隣には時雨さんも一緒だ。机がくっつけられているのは、与田さんが前の席になった時点で言うまでもない。時雨さんも丁度空席になった机を借りられているようだ。
いつのまにか俺達は一緒に昼食をとる仲になっていた。
俺も元々クラスに男友達がいないわけではないが、昼休みになると強制的に合体する机と、クラス中に知れ渡っている与田さんのテンションを見てか、男友達の奴らは羨ましそうな顔半分、大変そうだな、の顔半分で、ヒラヒラと手を振って自分達の弁当をかっこんでいた。
アイツらが羨ましいと思わない事もないけれど、これはこれで楽しいと思い始めている自分がいるし、気にせずに俺も弁当箱からレンコンを箸で掴む。
「あぁ……昨日の余り物だよ。二日続けて食卓に出すと文句言われるんだよね。妹に、だから詰め込んでる」
「糸杉くん妹いるんだね。なんか分かる気がする」
「うん……確かに」
与田さんがコクコクと頷いている。兄っぽいだろうかと疑問に思ったけれど、まぁ悪い気はしない。
「でも、だったら料理も出来る良いお兄ちゃんじゃんね。チョイスは、まぁ渋いけれど」
筑前煮は非常に健康バランスが取れるから良い料理なのだ。渋くてもいい、健やかに我が家族が育ってくれるのならば。ちなみにきっと、与田さんも二日連続筑前煮だったら怒るタイプだろう。
「駄目だよーよだかちゃん。簡単に人をお兄ちゃんって言うと、人間失格になっちゃうよ」
「人間失格?! なんで?! いや、別に糸杉くんをお兄ちゃん扱いするつもりは金輪際無いけどさ?!」
確かにお兄ちゃん扱いされても普通にこまる。距離感が近かろうと、兄ではないだろう。
それはそれとしても人間失格は流石に俺としてもとんでもない言葉を使うもんだと思う。時雨さんの事だからどうせまた何かしら不思議な意味があるのだろうけれど、掘るのは一旦与田さんに任せよう。
二日目の鶏もも肉は、良い味がする。
「だってね、百年くらい前だよ? そのくらい前から、『自分をお兄ちゃんだなんて言う女はぶっ飛ばしちゃえ』みたいな事を女ったらしの先生が言ってたんだよ?」
「それって、本当に合ってる?」
鶏もも肉を噛み締めて飲み込んだ後、思わず俺が突っ込んでしまった。
というより、小説を書こうとしていたのもそうだけれど、時雨さんは随分と本が好きなんだなぁと思いながら、しいたけをつつく。これも見るからに味が染みていて素晴らしい。
「うん、合ってたと思う。結局は解釈だと思うしね。とにかく恋愛でお兄ちゃんとか妹とかいい出すと、ロクでも無いってのは、結構前から思われてたみたいだよ?」
「そもそも! 恋愛的な意味では全く言ってないからね?!」
確かに、この美味い筑前煮、しかも二日目のしいたけを噛み締めている俺が凄いという話だ。美味しい。
「ふぅ、ご馳走様……っとお粗末様か」
自分で作って自分で言う時はどういうべきなのだろう。考えながら弁当を仕舞うと、与田さんは不思議そうに机の上を見ている。
「デザートは?」
「ん? 無いよ。たまに妹の弁当を作る余りで果物入れる事はあるけど」
与田さんが固まっている。そこまでの事だろうか。男女間のギャップなのかもしれない。
確かに女子の間では、お弁当箱とデザートが入った容器がセットになっているように思える。
「無いの?! どうするのさ! これからの甘味を!」
「まぁまぁよだかちゃん。はいこれ、糸杉くんにあげる」
そう言って机の上には一つ20円くらいの小分けで売られているチョコが乗っていた。
「わお、しぐちゃん大胆。糸杉くん、女の子のチョコは高いよ~?」
「ふふ、少しだけ奮発してあげよう。だから今度お弁当頂戴ね?」
強制的に20円で合意が結ばれてしまった。だけれど料理にはそこそこの自信があるから、食べてもらう分には問題無い。時雨さんが興味を持ったという事は、少なくとも筑前煮はレパートリーとして許されるという事なのだろう。
しかし、女子からチョコを貰うというのは、なんとも、季節とは合わなくとも少し緊張する。もう少しで夏が来るのだから、チョコだなんだと騒ぐ日はずっと後だ。だけれども、やはりお菓子の中でもチョコは少しだけ、格が高い。
「去年のバレンタインはあげられなかったからねー」
「えぇ?! バレンタインなのこれ?」
同じ事を口走ろうとしたが、テンション差で与田さんに負けた。これ、バレンタインなのか。夏前のバレンタインなんて聞いたことないぞ。クリスマスにビーチにいるサンタでもあるまいし。
「そうそう、バレンタインもさ、誕生日もクリスマスもさ。プレゼントあげられなかったら、何処かであげちゃえばいいと思うんだよねー。だから、去年はまだ糸杉くんとあんまりお話出来てなかったし、バレンタインプレゼントにしようと思って」
「相変わらずしぐちゃんは面白い事言うねー……」
言いたい事は分かるけれども、独特すぎる。実質プレゼントと気持ちがあれば日にちは関係ないという事なのだろうけれど、では俺はたった今、バレンタイン当日でもないのに突然20円の義理チョコを渡されたという事だ。喜んでいいのか悪いのか。とりあえず、去年のバレンタインの成果は家族分を引いて、一という事にしておこう。
「私は、全部食べちゃったからないや。糸杉くんまた今度ね!」
いつでもバレンタイン理論を与田さんも踏襲するのであれば、去年の俺はバレンタインチョコを二つも貰ったという事になるかもしれない。結果的に時期は過ぎたけれどチョコは二つ貰えるかもしれないと過去の俺に教えてやりたい。
「私ね、毎日をバレンタインにして、毎日皆でチョコレートを交換してもいいと思うの。実際皆毎日お菓子食べてるし」
バレンタインというには難しいけれど、確かに毎日女子の皆さんについてはお菓子を食べている気はする。
「それでね、男の子にも毎日あげるの。そうしたら本当のバレンタインデーってどうなると思う?」
「毎日あげてたら、意味なくならない? お菓子会社は喜ぶけどさぁ」
与田さんが、俺のチョコをじっと見ながらなんとなしに話を繋げている。意識はチョコレートに繋がっているけれど、これは渡すつもりがないので、そっとポケットに仕舞った。
「ほんとのバレンタインデーに、いつもあげてた人にあげないと、面白いと思わない?」
――凄い、前提をぶっ壊している。
バレンタインデーは一日だけのチョコを渡す日だから意味がある。けれどバレンタイン以外をチョコレートを渡す日にするなら、渡さない日に意味が出来る。
「んー、私にはよくわかんないけど……」
「でも、確かに面白いよ」
そう言うと同時に、昼休み終了のチャイムが鳴る。
机を戻して、時雨さんは自分の席に戻って、各々が次の授業の用意を始めた。
だけれど、俺にはまだデザートが残っている。
時雨さんから貰ったチョコのパッケージを開けて口に含むと、流石1パッケージ20円くらいするだけあって、ホワイトチョコの中にサクサクとしたクッキー生地が入っていて美味しかった。食べ終わって、包み紙を何となくクシャクシャにするのが勿体なくて丁寧に折りたたんでいると、ふと遠くの時雨さんがこっちを見ている事に気づく。
彼女は俺を見て小さく笑って、前を向いた。喜んでいるのを見られたのかもしれない。
どうにも、一本取られたのかと思ったけれど義理チョコにせよ、甘くて美味しかったのは確かだ。
とはいえ、突然バレンタインと言われるのも、流石に緊張する。
ただきっと、本当にその日が来ても、彼女はバレンタインを気にしない。




