第六話『物理的距離を気にしない』
何故席替えがあるのか、結局考えてもあまり理解出来なかった。
小学生の頃から定期的に起こる、ホームルーム時に発生するイベントらしいイベント。心機一転を狙っているのか、それともそういう慣習なのか。高校二年生になるまで席替えの度に考えていたが、ついぞ答えは出なかった。
俺は順番のままにクジを引いて机を動かしていると、時雨さんと一瞬目が合う。彼女は何も言わなかったけれど、俺とは真逆の方向に机を運んでいたあたり、席は遠くなるだろう。
――思えばこの関係性も、席程度で崩れるんだよな。
席替えとはそういうものだと、ある意味割り切っている。仲が良い人間同士が近くにいるパターンもあれば、近くにいるから何となく仲良くするパターンがある。
時雨さんと俺は、どちらかといえば後者側だったんじゃなかろうかと思い、少しだけ胸がざわついた。
「……まぁ、そういうもんよな」
机を教室の入口側に置いて、一人ごちる。何気なく時雨さんを目で追うと、対角線辺りにいる彼女が見えた。
春からの数ヶ月の俺からすれば観察という名の、何気ないやり取りが、嫌いだったとは決して思わない。何となく楽しかったのは事実だ。
不思議な人だよなぁと改めて思う。見てて飽きなかった。時々ハラハラはしたけれど、でも距離が離れたらそれも見られないだろう。
「まぁ……そういうもんか」
そういうものだ。だけれどやはり、どうにも席替えというシステムには疑問が残る。
心機一転かつ、関係値リセットのようなもの。
新しい席で新しい関係が生まれると決められるのもなぁと少し嫌気がさしていたところに、俺の前から声がかかる。
「あれ、糸杉君だぁ」
縁という物は、どうにも不思議と存在するらしい。先日知り合った時雨さんの友人――よだかさん事、与田さんが前の席にいた。
「あ、よだ……与田さん」
危うくよだかさんと呼びかけて止まる――しかし苗字がそもそも『よだか』に含まれているので挙動不審になった事は、是非忘れて欲しい。一瞬眉をひそめた与田さんの怪訝そうな顔についても、忘れるのでおあいこにはならないだろうか。
そう思っていると、本当に一瞬で忘れてくれたようで、彼女は笑う。
「うん、退屈しなさそうだ!」
コロコロと変わる表情は彼女らしい、この前初めて喋った俺でも分かるくらい、ちゃんと元気で明るい人だなと思える。
しかし、本当に此処は退屈しなさそうな席だろうか。前後と左は男子が囲んでいる。
右は壁だ。ただ、与田さんくらい明るいと、壁とも話せるかもしれない。
「ね! 糸杉君!」
こちらを見て笑っている与田さんの表情は妙に楽しそうで、もう退屈なんてしていなさそうだ。壁と喋っていなくてよかった。ただ俺と喋るのが退屈を取り除く原因だと思っているなら、それは間違いだと訂正したい。
「与田さんは、元気だなぁ……」
「まぁねー。友達が近くにいて良かったよー」
友達? と俺は頭の中に浮かんだ疑問符を幾つか消しながら、こっちをジッと見ている与田さんから目を逸らす。
――この人、さては人類皆友達タイプだ。
流石に、目の前でちゃんと言われたら俺だって分かる。この人はもう俺を友達認定している。勘違いだったら大恥かもしれないけれど。実際席替えをしてすぐに話しかけられて、退屈しないとまで言われて友達が近くにいると言うならば、彼女の言う友達は俺だろう。
鈍いフリをするのも嫌だけれど、勘違いするのも何だか妙に怖い。
なんとなく返す言葉に迷っていると、ふと遠くの時雨さんと目があった。
「でも、時雨さんとは離れちゃったね」
「んん? ……うん? そうだね? 残念?」
何故俺に聞いてくるのだろう。時雨さんと仲が良いのは与田さんだ。俺も友達くらいのラインであったら良いなとは思うけれど、残念と言うには少し違う気もする。
ただ、少し退屈になるかもしれない。
「残念なのは与田さんじゃ?」
「いーや? 元から私はしぐちゃんと席遠かったしねー。別に気にしてなーい。離れちゃったのは糸杉君だよ?」
言われて気付く。与田さんは元々時雨さんの近くにいたというだけで、別に席が近いわけじゃない。
だから、俺がふと零した言葉、時雨さんと離れちゃったという事実は、俺にしか当てはまらないのだ。
「あー……そうか……いつも時雨さんと一緒にいたから勘違いしてたな」
「んー? そうだよ? いつもしぐちゃんと一緒にいたから寂しいよね」
なんだか、お互いの話している内容が違うような気がしたけれど、とりあえず与田さんは笑っているし、俺も苦笑いで流しておいた。
そのままホームルームが終わって、ポツポツとクラスから人が消えていく。
「これからは、しぐちゃんがこっちに来る番だなー」
スタスタと時雨さんが早足でこちらにやってくる。
「二人、近くなったね」
「ふふん、ノートを借りれる!」
いつもの時雨さんと、楽しげな与田さん。この温度感は見慣れていたから、少しホッとする。
しかし、与田さんの中で俺はノートまで貸すのが確定しているのか。綺麗に書いておかなくてはいけない。
「二人と話せるの楽だし、丁度良かった」
「友達だもんねー」
時雨さんはコクコクと頷いている。
こういう風に友達は増えるんだなぁと思いながら、自動増殖する与田さんはともかく、時雨さんも友達だと思っている感覚が、少し意外だった。
「でも席、遠くなっちゃったけど良いの?」
「うん、いいよ」
そこをすんなりと肯定されると、なんだか少しだけ気にしていた俺が悲しい。
せめて春からの積み重ね分くらいは表情に出して欲しいとは思いつつ、時雨さんの表情を伺うと、しっかりと疑問符付きの顔で返された。
「だって別に、授業中喋るわけじゃないし。終わればこっちに来ればいいだけ、でしょ?」
でしょ? と言われても、少し困る。
困るが、確かに物理的距離が遠くなっただけで、何が変わったかと言われたら、席が変わっただけだ。
「まぁ……それもそうだよな」
何となく言いたい事が分かった気がする。結局は、時雨さんの中で、与田さんなり、俺なりの距離が遠くなったわけではないのだろう。
席替えは特別なイベントだと思っていた。だけれど時雨さんは、そもそも席替えなんて最初から気にしていないのだろう。
だからきっと、彼女は物理的距離なんて、気にしない。




