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第四話『昼休みも気にしない』

 腹が減っては戦は出来ぬという言葉は、昔の手紙に書かれていた言葉らしい。


 そんな事を日本史の授業で習った後の昼休み、多くの人が購買に駆けていく。一度食べたいとは思っている我が校名物の焼きメロンパン。焼きそばパンでもメロンパンでもないあたり、なんとも言い難いけれど、どうやら名物と謳われる通り、メロンパンにややお高めのバターを埋め込み、昼食の時間に合わせて軽く焼いてくれているらしい。

 聞くだけでカロリーの渋滞が起きかけているし、果たしてそれは食事という分野なのだろうか、お菓子と捉えるべきでは? という疑問は置いておくとしても、人並みに甘い物が好きな俺としても興味があった。

 

 ただ、人混みを押しのけて幸せの取り合いをするのはなんだか気が引ける。本当に食べたい人達が駆け出しているのだ。カロリーの渋滞なんてものを気にしている俺は、その取り合いに参加しない方が無難だろう。ダブルに罪悪感を感じてしまいそうだ。

「そういえば……」

 人もまばらになった教室で、時雨さんがクルリとこちらを向く。

「ん?」

 厳密にいえば、ガタタタという音とともに、机ごと時雨さんがこちらを向いている。

 

――人と机を合わせるの、いつぶりだろう。

 そんな事を思う暇も無く、俺の机と、パンとおにぎりの袋が整列している彼女の机がくっつく。

「んん?」

「今日は皆学食なんだって、だから一緒に食べよう」

 確かに、時雨さんはいつも仲の良いグループと昼休みを過ごしているイメージだし、俺はさっさと昼ご飯を食べてぼうっとしたいから誰かと食べている事はないけれども、だからといってわざわざ一緒に食べることもあるまい。


 いつも一人飯してるのを見抜かれていたなら、情けなさで悲しいが、何にせよ男女が机を向けあってお弁当とは何事か、流石の時雨さんでもそのくらい気にするだろうに。

 俺は硬直しながらも、時雨さんの顔を直視するのが気恥ずかしくて、彼女の机の上にあるおにぎりの紀州梅という文字をなんとなく頭の中で飲み込む。食べていないのに口内が少し酸っぱい。

「糸杉くんはお弁当派なんだね」

「安く済ませたいしね、適当に朝飯の残りを詰めてるだけだよ」

 どうせそのうち一人暮らしが待っているんだろうと、勝手に想像して、勝手に我が家の朝ごはんと、自分の弁当は自分で作る事にしていた。

「あれ? 自炊?」

「ん、大した物は作れないけどね」

 そう言って、俺は今朝作った卵焼きを齧る。ほうれん草を入れるのが最近の個人的なトレンドだ。

 時雨さんは慣れた手つきで三角になった米のコアである紀州梅を海苔で包みこんでいた。コンビニおにぎりをどれだけ綺麗に完成させられるかというのは一種の美学だ。時雨さん、中々やるな。


「料理かぁ、良いな」

 その良いがどの方向に向いた言葉なのか、いまいち分からない。

 視線は俺の卵焼きを追っているし、口調は出来ないって言っているようにも聞こえる。

「あんまりしない?」

「というより、させてくれない、かな。お弁当も断ってるんだ。わざわざ私の為だけに作ってもらうの悪いし」

 豪雨の中びしょ濡れになって帰る事については構わないのだろうかと思いつつ、俺は何となく話に頷く。

 イマイチ言いたい事が分からないが、彼女はおにぎりをハンカチの上に置いて、焼きそばパンのパッケージを破っていた。

「学食って感じでもないよね?」

「そうだね、私は学校来る時に買っちゃうかな」

 弁当派に購買派、学食派に連なる新たな一派コンビニ派が生まれていたとは気付かなかった。

「購買も変わらないような気が……」

「んく……あそこはね、駄目なんだ」

 彼女は焼きそばパンを飲み込む。そういう所作はしっかりしてるんだよなぁこの人と思いつつ、話の続きを待っていると、彼女は難しい顔をしながら焼きそばパンを食べ終わった。

「私、昼はパン派なんだ」

 ではそのコンビニおにぎりの包装の剥がし方は天性の物だったらしい。

「だからね、購買には行けないの。メロンパン食べたくなるし」

 なんとも、彼女と話しているとペースが持っていかれる。メロンパンは食べたいけれど競争に参加するのは面倒だということを言いたいんだろうけれど、彼女が見つめる梅おにぎりは何も語らない。


 早く食べないと海苔が湿気る。意外と海苔は根性無いぞ、早く食べてあげよう。

「じゃあ、それは?」

 促すように、おにぎりを見る。しかし時雨さんは目を逸らす。

「私、昼はパン派なの。そして、酸っぱいのは少し苦手」

 

 紀州梅は、酸っぱいものである。


「……占い、とか?」

 まさかと思い聞いてみると、彼女は首を小さく縦に振る。なんでそこは気にしてしまうんだ。

「ラッキーアイテム、だったかぁ」

「そう……ラッキーアイテム、だったの」

 気にするラインがどうにも分からないけれど、ラッキーアイテムだったら仕方がない。


 思い切っておにぎりを齧る時雨さんは、一口でコアに達せずに、ホッとしているようだった……その食べ方だと梅を丸ごと食べるハメになるんだけれど、何も言わないでおこう。

「それにしても、時雨さんって不思議だよね」

「ん! んん! ん?!」

 コアを喰らったか、その表情も強いて言うなら不思議だよね。

「ん、んん! ……不思議って?」

「だってほら、席が近いだけの男子と机くっつけるってのもさ。まぁ俺は時雨さんがそういうの気にしないって知ってるからいいけど……」

 彼女は宿敵の酸っぱい梅コアが消失した残りの白米をパクパクと食べ終えて、何か考えているようだ。白いストローにリンゴジュースが通っていく。

「私からすると、糸杉君の言ってる事の方が不思議かな。だって友達とご飯食べるのって別におかしくないよね? あれ? おかしくないよね?」

「あぁ……いやまぁ確かに、そう言われると何とも」

 彼女にとって、同性の友達とご飯を食べるのも、異性の友達とご飯を食べるのも、友達という点で共通しているなら気にするべき事ではないらしい。

「でしょ? それにしてもさ。どうにかして購買のメロンパンって食べられないのかな」

「メロンパンを買ってきてバター刺して家で焼けばいいのでは……」

 学校で食べるから美味しく感じるのであって、やっている事自体はそこまで難しい事じゃない。

 けれど彼女は首を横に振った。

「購買のメロンパンってのが、良いと思わない?」

「それもそうか。でもあれ結構きつそうだけど……」

 運動神経が良いかまでは分からずとも、時雨さんの足が遅いという事だけは何となく知っている。

 だからこそ、いつか通りがかりに見たあのもみくちゃ感を思うと何とも言えない。


「まぁ、いつか食べられるだろうし、いっか」

 その潔さ、嫌いじゃない。そうしてちゃんと梅おにぎりを食べたのも偉い。


 そんな事を話しているうちにチャイムが鳴り、俺達はいつもの距離に戻る。

「あ、そういえば、ラッキーな事はあった?」

 なんとなしに、苦手な梅おにぎりを食べきった彼女に成果を聞いてみた。

「んー、普段一緒にご飯食べない友達とお昼を一緒出来た、とか?」


 そういう事を恥ずかしげもなく言う彼女は、昼休みも気にしない。

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