第三話『テスト結果を気にしない』
どうしてテストの答案用紙という物は一人ずつ取りに行く必要があるのだろう。
こういう学校側のシステムに振り回されるのは、いつも俺達学生だ。
たとえば先生の気まぐれみたいな事があったとしたって「今日は何月何日だから出席番号何番の君!」なんて言われてしまいがちだけれど。
それはもう、31人以上クラスメイトがいたならば最強無敵の和田君なんかが絶対強者になってしまう。
何とも納得しがたいけれど、俺の場合は糸杉なんていう番号順で最弱レベルの番号を持っているから、抗いようもなく、呼ばれるがままテストの答案を取りに席を立つ。
思えば、点数って知られたくないものだし、プライバシーってヤツなのかなぁと、席への戻り際に考え直す事にした。
確かに、答案を回して貰って、その過程で自分のテストの点数を他人に見られるのは、嫌かもしれない。
「近江~、近江時雨~」
俺が最弱レベルの呼び番であれば、時雨さんもそこそこに弱い。
そこで張り合っても仕方ない話なのだけれど、時雨さんはこちらを向いて「どうだった?」と声をかけてくる。
「んー……可も不可も、かな」
「そっか、糸杉くんは勉強出来そうだけどな」
彼女が物事を気にしないという事は分かっている。だからこそ、そこまで関係性が無かった一年間を共に過ごして、二年生になって、やっと言葉を交わしたのだ。
一年生の時に話した事と言えば、用事で近江さんと呼んだ時に「時雨」って呼んでねと頼まれた事くらい。それくらい、俺と時雨さんは接点がなかったし、きっと今も席が前後じゃなければ関係は無かったのだと思う。
そんな彼女が、俺について印象を持っていたのは驚きだ。
この前一緒に雨に濡れて帰ったのも、要は別に一人でも良くて、二人なら二人でもいいか、くらいに考える人だと思いこんでいた。
「そういう時雨さんは?」
「んー、ナイショ、かな」
その仕草は、ほんの少し意地悪そうで、自分から話を振ってきた割には、静かな返し方だった。
「なんかズルいな」
「いいじゃない。お互い赤点じゃなかったみたいで、何よりだよ」
そこで実を取るような発言をするあたりは、彼女らしい。
赤点を気にしない程、彼女もなんでも気にしないわけじゃないらしい事も分かった。
「実はさ、あんまり興味無いんだよね。テストって」
遠い目をしながら、彼女はまだ先日の雨が渇ききっていない窓の向こうを眺めて、会話の前提を根底から覆す発言をぶち込んできた。
「んん? それってどういう……?」
純粋な疑問、彼女が言う事はどうにも掴みどころが無くて、時々本当に何かを冷たく見通したような事を言うものだから、俺はどうにも翻弄されてばかりいて、少し悔しい。
「だってさ。覚えたり、忘れたりしているうちに、通知表が来るじゃない?」
「まぁ……俺は覚えるのも忘れるのも出来ないうちに通知表が来てしまうけどね!」
時雨さんは、スーッとテスト用紙の何枚かを、机の上に並べる。
手は、点数の上。
「だからさ、多分通知表が来た頃には私、こんな点数は取れてない気がするんだよね」
パーッと手が動くと、そこには97点、94点、94点、100点の文字が並ぶ答案。
その驚きと一緒に、彼女が書いた近江時雨という文字の綺麗さが目に入る。
そして、最後にパッと押さえていた答案の点数を開くと、そこには37点の文字。
「いやいや高得点! 凄いけど……なんでそれだけ?」
「んー、このくらい頑張ったら良いかなって思って」
高校二年生、焼き付け刃かどうかは分からないにしても、大学受験を考えるならば定期テストに力を入れるのは当たり前の事だ。
だけれど、彼女はそれすらも何となくの範疇で片付けている。
「んんん? もしかして時雨さんって、天才肌みたいな?」
「いいや? 頑張って勉強してみたんだ。いつもはこんなに高くないよ。やってみて思ったんだけれど、忘れちゃうのが、なんかなって思ってさ」
言いたい事は、少しだけ分かる気がする。学校の授業で必要な事ってなんだろうと考えた時に、結局大人達は『努力して勉強をした』という事を良く言っているような気もする。
分野によっては、一生数学は必要無いし、科学だって必要ない。
それでも僕らは、なんとなく勉強をしている。
「忘れなくてもいいくらい、大事な事だけ覚えたいな」
彼女が言うその言葉は、すごく効率的で、思わず頷きたくなってしまう。
「だけど、きっと今じゃないんだよ。大事な事を覚える為に忘れる事を頑張るんじゃない?」
自分でも何を言っているのかイマイチわからないまま、少なくとも彼女の考え方とのズレに、必死についていこうとしてみると、彼女は納得したように「おー……」と呟いていた。
「うん、何となく分かる気がする。面倒な事の先に欲しい物が待ってるのかもね」
そう言うと時雨さんは、自分のテストの答案の、37点をピンと指で弾いた。
きっと、普通じゃ測れないくらいに、彼女は色んな面白い事を考えているのだろう。それを時々分けてくれるのが、少しだけ楽しかった。
「でもま、本気を出すのは最後だけで良いって事でもあるよね」
そう言って、彼女は答案をスクールバッグにしまう。
「学生なんだし、それだけ点数取れるなら、頑張るのもいいんじゃない?」
「んー、糸杉君は相変わらず気にしいだね。私達はさ、学生以前に、学生以上なの。面倒な事は気にしないのに限るよ」
そう生きるのは、楽なのだろうか。
それともズレが、彼女を困らせる日が来るのだろうか。
そんな事を気にする僕は、どうせ困ったら困ったらで、まぁいっかって済ませそうだなと思って、小さく笑った。
だって彼女は、テストの結果も気にしないのだから。




