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クール?な君を放っとけない  作者: けものさん
第二章『気にする俺と気にしだす君』
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第十一話『暑さを気にしない』

 蝉の鳴き声がいつもより大きく感じるのは、つまり窓を開けている事に他ならない。


 教室のエアコンが、故障した。というよりも、故障していた、らしい。

 春麗らなんて言っていたのがもうしばらく前に感じる。そんなのんびりしていないで、我が校は真夏の到来に備えるべきだったのではないかと、妙に恨みたくなった。一生徒が管理出来るものでもあるまいし、と思いつつ、しかしエアコンを入れてくれるだけありがたいとも思いつつ。なんとも言えない。

 

 早急に古ぼけた扇風機が用意されたものの、窓からも遠い、扇風機も台数が少ないとなっては、どうにも勉強に身が入らない。ただ教師側もその事を考慮してか、自分だけ扇子なんかで顔を仰ぎながら、なんとなしの授業をしているように思える。扇子を使っているあたり、日本史の教師らしいが、それよりも時雨さんが羨ましそうにその扇子を見ていた事の方が気になった。


 授業が終わり、滴る程では無いにしろ汗に濡れた顔をハンカチで拭う。何となく習慣として持ち歩いていて良かった。ただ制汗スプレーの類は持ち合わせていないあたり、帰宅部というのは中々に気が利かない。

 ただ、女子はそんな事も無いようで、各々が各々の制汗グッズで暑さというよりも汗という天敵から身を守っているようだった。

「糸杉くん、汗っかき?」

 時雨さんが与田さんに制汗スプレーをかけてあげている光景が妙にイチャついているように見えて、少しだけ目を逸らしていた俺は、その声で前を向く。

「どうだろう、でもここらへんは結構暑いかも」

「だよねぇ……! しぐちゃんはなんでそんな平気そうなの?!」

 与田さんからは大量の制汗スプレーの匂いが漂ってくる。さては見ていない間に相当撒いたな。というか、与田さんは意外とこういうのを持ってこないのだなと、意外に思えた。逆に時雨さんがそういうのを持っている事も、意外だ。


「私はね、暑いの平気だよ。結構好きなんだ。ただ……時々クラっと来るのは困る」

 確かに、体感として暑いのが平気でも、身体は実際に消耗しているのだから、対処は必要だ。

 しかし時雨さんは制汗スプレーを使っている様子は無い。もしかすると与田さんにかけた分で匂いが消えているだけかもしれないけれど。

「飲み物をね、飲むの忘れそうになるんだよねぇ……身体と心は時々チグハグで困っちゃうね」

 時雨さんは、汗拭きシートで顔を拭いて、髪の毛を少しだけ弄る。

「でもスプレーは持ってきてるじゃん、助けるけどさー」

「んー? それはよだかちゃんが面倒くさがって持ってこないからだよー。よだかちゃん暑いの嫌いでしょ? そだ、糸杉くんも使う?」

 確かに与田さんはノリで生きてそうではあるけれど、世話したりされたりで、いい関係だなと思いながら、丁重にお断りした。

 理由はうまく言えないが、なんとも気恥ずかしいの一言に尽きる。

「あれ、糸杉くんも平気なタイプ?」

「んん、いや。暑いは暑いんだけども……」


 少し困っていると、俺の前の席にも関わらずもう既に涼しげな表情を浮かべている与田さんが渡し船を出してくれる。

「もー、しぐちゃんは分かってないなぁ。私たちがおんなじ匂いさせてたら、それこそ匂わせになっちゃうってもんだよ」

「ん? うんん……?」

 もー、与田さんも分かってないなぁ。何言ってるんだろう、本当にこの人。


「匂わせ? 同じ匂いするくらい良くないかな。ほら、糸杉くん涼しいよ?」

 同じ制汗スプレーで男女関係を匂わせるというのも中々に恋愛に結びつけている発想だけれど、時雨さんの妙なグイっと押してくる感じも、珍しい。

 そんなに汗かいてるように見えただろうか、だとするとちょっと恥ずかしくも思うけれども、拭う程度で自分自身はなんとかなるし、汗臭いという評価を貰ったこともない。

 ただ、そこまで言うならと、俺は時雨さんから制汗スプレーを受け取った。

 背中に軽く吹きかけ、あとは首元を冷やす。流石に服の中にまで入れて使う気は起きなかったけれど、確かにだいぶ涼しくなった。

「ありがと、だいぶスッキリした。けど今日は随分と……」

「随分と……?」

 随分となんだろう。言葉に出そうとした何かが、喉元まで引っかかって出て来ない。


 優しいねと言うにも、別にいつも時雨さんは何となく優しいし。

 強引だねと言うにも、別にいつも時雨さんは何となく強引だし。


「……随分と、暑いね」

 思わず誤魔化す、けれども時雨さんは特に気にした様子もない。

「でしょ? そういう時の為の用意なの。誰かの為の用意があれば、自分の用意も忘れないしね」

 彼女は、一緒に持ってきていた水筒を口に含む、白い肌がコクン、コクンと二回動いた。

「この辺り一帯は柑橘系になったねー」

「うん、グレープフルーツジュースがより美味しい」

 もしかすると匂いも一緒に飲み込むつもりだったのだろうか。

 というか、そこまで連想ゲームをしてる辺りが、彼女らしい。


「あぁ……匂いと飲み物が一緒なのか……」

「そうそう。どうせなら、ね? それに、みんなお揃いの方がいいよ」

 そう言って、時雨さんは俺から受け取ったシトラス系の匂いのする制汗スプレーを、自身の首元に小さく吹きかける。

「つめたっ!」

 この猛暑の、エアコンが壊れている教室では到底出ない言葉のような気もするけれど、あえてそのツッコミは俺ではなく与田さんに任せておこうと思った。

「冷たいのがいいんでしょ! そんで結局しぐちゃんもやるんじゃんか!」


――それはきっと、お揃いがしたかっただけなんだろうな。

 夏は始まって、猛暑日が続くけれど、まだまだ時雨さんには制汗スプレーは冷たくって、それでも何となく皆でお揃いの匂いにしてみたい。だから俺にも強く勧めたなら、少し嬉しい。

 

 そういう気持ちはきっと、彼女の中では気になる事で、してみたい事なんだなと思えば、春を一緒に過ごしてきて夏になって、やっと少しだけ、時雨さんの事が分かってきたような気が、しないでもなかった。


 きっと時雨さんは、暑さを気にしない。だけれど友達とお揃いかどうかは、気にするのかもしれない。

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