夜の短編集01
注意:本作はフィクションです。ちなみに時系列はバラバラ。
夢色な設定ですので、現実の人物・動物等とは大変異なる場合がございます。
【植物学者の日常】
ここはキノコの森。色鮮やかで奇天烈なキノコが生い茂っていました。
もうすぐ秋が来ます。夏の終わりから、ずっと大忙しだった唯一の住民がひと息つく頃でした。
「随分と派手に生い茂ったな」
日中、研究道具を手に観察する1人の妖精。彼の名はシャノーセロです。
後ろで束ねた長髪は黒にも見えるローリエ色。瞳は銀粉を散らしたような輝きを持つ砂色をしていました。スカーフを巻いたシャツと、コートにブーツと服装は整っています。
目の前には見上げるほどに大きなキノコの樹。ハロウィン柄をしていました。
とても甘そうな模様にごくりと喉が鳴ってしまいます。次の瞬間には、はっと我に返り首を振りました。
「いかんいかん。観察の続きをせねば……」
すると彼が持つ鈴が鳴ります。音の響きと色から場所を特定しました。
西南の境に誰か来たのでしょう。ちょっと遠いですが急いで向かいます。現地に向かうと看板の前に野ネズミの婦人がおりました。野ネズミ婦人は独特な声音で言います。
「突然ちゅみませぇん。私チュマリと申しまちゅ。不躾ですが、そちらに家の旦那がお邪魔してないでしょうか?」
シャノーセロは「またこのパターンか」と眉間に皺を寄せました。
時々あるのです。不用意に森へ立ち入って迷子になったりする人が……。まあ、今回の雰囲気ではおそらくと推察してため息が零します。
「残念だが見てない。探してこよう」
「お手数をおかけします」
「いい。ここで動かず待っていてくれ」
心の中で「よりにもよってこの時期に」と嘆きたくなりました。
小さなものが群生している地帯を徹底的に探して回ります。日頃から飛び回っているので迷いません。分布もしっかり把握しています。
1時間と経たず、件の動物らしき姿を見つけました。しかし何か様子が――。
「ふ、ふへへ~ひっく。わぁ、妖精さんちわ~」
だらしのない緩み顔で挨拶する野ネズミの旦那さん。
「手遅れだったか。この症状、コドク茸を食べたらしいな?」
大方グルメ茸と間違えたのでしょう。
イチゴ柄なのですが、笠が紅っぽく毒キノコと遠目では区別がつき難いのです。
「まったく、極上の珍味に誘われて無謀な探求をするからだ」
「うえぇーん、ごめんなさい。助けて~くらさいれちゅ」
「呂律まで回っていないだと。まさか、そっくり茸まで食べたのか!?」
シャノーセロは呆れて物も言えません。
情緒不安定になるコドク茸と、身体がマヒしてしまうそっくり茸。見事に赤い悪魔2つに騙された様子です。時期が悪く、大量の胞子を被っている可能性さえありました。
泣いたり、笑ったり、怒ったりと忙しい旦那を抱えて自宅に運びます。既に別の魔法を使っていて面倒に感じたのでしょう。まだ軽いので飛ぶのに困りません。
植物学者の暮らす家は、森の中央のひと際大きなキノコの根元に建っていました。
薄紫の笠に青い霞と虹色の細かな光沢があります。ヤコウ茸という珍しい種類。木造の家内は数多の草花に溢れていて、本が山積みにされています。乳鉢や鍋、アンティークな調度品で整えられていました。
しかし今は患者が優先、急いで薬を処方して飲ませます。少し経ってから……。
「はっ、グルメ茸~!」
「正気になった第一声がそれか」
「すみません。あれ、貴方は僕の夢に出てきた妖精さん」
「君の夢に出演した覚えはない」
「そ、そうですね」
体調を見て、今度は魔法で胞子から守って森の外まで送りました。
「どうも、ご迷惑をおかけしました」
「おかけしました……」
再会時にこってり絞られた旦那さんはしょげています。
それでも夫婦は、仲良くお礼を言ってから去って行きました。
さて、森に夜がやってきます。幻想的で怪しげに染まる時刻の始まり。
ヤコウ茸やホタル茸といった種類が、笠や模様を発光させていました。花火や蝙蝠や、雪にオーナメント柄がいろいろな色で森を照らします。優しくて怪しいネオン。
更にこの時期はもう1つ彩を添える存在がいました。そろそろ頃合いでしょう。
「出てきたな」
ぽわぽわと茂みや空の暗がりから、夜光クラゲが現れ浮遊しています。
星模様が光り輝く、オレンジ笠のホシホタル茸の傍にいる個体に近づいて……。
「不思議な生体だ。どれ観察を……」
クラゲと呼ばれながら真相は定かじゃない存在。
探求心をそそられる題材に、シャノーセロは熱心にペンを走らせました。ルーペで細部を見たり、慎重に触って知見を広げていきます。
作業に一区切りつけると、彼は持ってきた紅茶とクッキーで一休み。
「んまぁ~」
お茶請けにした菓子をひと齧り。つい頬が緩んで、すぐに我に返って。それから落ち着いた雰囲気でカップを手に持つのです。
夜は無粋な客が少なくとても静か。彼にとっては心休まる時間でした。
☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘
【ふたりでみた海の星々】
蛍灯の森の北にある仮宿の山。そこは旅人が一時身体を休める地。
ヨウやテル達が家で寝ている頃、コウは1人ランタンを片手に登っていました。目が冴えて眠れなかったのです。
しばらく歩いたところで、馬の嘶きと白い影が空に見えました。
「あれは……」
怪訝に思って歩みを進めます。気になって仕方ありません。
岩肌の見える山の斜面を登り、慎重に歩いていくと白い影が動いていました。
「ふぅ。夜風に身を委ねるのは心地良いが、飛ぶには疲れるものだ」
「ペガサス?」
それは翼を持つ美しい馬だったのです。
白金の体毛にオレンジ色の鬣と尾をもつ、凛々しい立ち姿。コウの気配に気づき彼が振り向きます。ルビーの如く赤い瞳が見つめてきて……。
「こんばんは。美しい夜空だね」
「はい、こんばんは」
礼儀正しい所作で挨拶され、おずおずと返事をしました。
自然と気が引き締まる思いです。凛々しい雰囲気がそうさせるのでしょう。天馬は蹄を鳴らし、姿勢を正してこう告げます。
「失礼、自己紹介を忘れていた。我が名はシルヴァン、誇り高き天空の騎士!」
ぴくっとコウは背筋が伸びてしまいました。
その様子を見て、彼は「またもや失礼。驚かせてしまったか」と首を下げます。少しだけ落ち込んでしまったみたい。
「こちらこそ、すみません。僕はコウと言います」
今度は逆に申し訳ない気持ちになりました。慌てて返します。
一歩、また一歩と近づいて行くふたり。距離を縮めるように言葉を重ねていきました。十分に翼が休まった頃、シルヴァンが告げます。
「せっかくの出会いだ。宜しければ、海の星々を見に行かないか?」
「海まで……」
天馬からの誘いにコウは悩みました。
海までは距離があります。なんとなく彼の背を見ますが遠慮が勝りました。
「大丈夫、我の翼は君くらい軽く運んでみせるぞ」
「いえ、さすがに初対面のひとの背に乗せて貰うなんて」
「遠慮することはない。実をいうと、友を背に乗せて飛ぶのが夢だったのだ」
安全を約束するぞ、と立派な翼を広げ胸を張っています。
ここまで言われては断れません。躊躇いがちに頷き、跪いた天馬の背によじ登りました。小人の少年と比べたら大きな体躯です。
声をかけ、しっかり掴まるのを確かめて、シルヴァンは飛び立ちました。
「わぁ」
「どうだ夜風の中を駆けるのは」
「気持ちいい」
「そうだろう」
蹄は天を駆け、風を纏って羽ばたき、どこまでも――。
月明かりの中、なびく鬣が優雅で前を見据える瞳が勇ましい。まさに勇猛果敢な騎士の顔でした。慎重に足を運ぶみたいな飛び方は夜だからでしょうか。
やがて山々を越えた先に海が見えてきました。近づく水の流れにコウは目を見開きます。
「星空みたいだ」
幻想的な光景でした。波に揺れる海蛍が、天の川を形成していたのです。
水の流れに乗り瞬いて綺麗。言葉を失うほどに感嘆して眼下を眺めます。沖の方を飛んだ後、波打ち際に降り立って一緒に歩きました。
「シルヴァンさん、素敵な夜をありがとう」
「我のほうこそ楽しいひと時だった」
波の傍を散歩して、時々水を掬い、静かな夜の絶景を堪能します。
しばらく経ってから再び天馬の背に乗り帰りました。肌寒い夜風に身を震わせ、抱きしめるように首へ手を回します。時間が経つのは早いもので、あっという間に出会った所まで来ました。
「もう着いちゃったな」
小さな声でコウが呟きます。軽やかに降り立つ天馬。姿勢を低くしたその背を下りました。離れていくぬくもりは、ちょっぴり名残惜しくて……。
けれど寂しいと感じるよりも、胸の奥が温かくなるような一夜だったのです。
☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘
【ロウエンと夜鳥の集い】
風の谷は山々に囲まれた風が吹き抜ける地。
日中はそこかしこを飛び回り、駆け回る賑やかさですが夜は静か。
オオワシのとっつぁんは、谷の中でも北側の山に住んでいます。イヌワシとの混血なので、羽毛は灰褐色に白が混じっていました。
瞳は飴色、額のゴーグルは彼のお気に入り。鶏冠っぽい黄と赤の長い逆立ち羽は、自慢のチャームポイントです。
皆彼を慕っていて、今日も今日とて忙しく飛び回っていました。頼られるのは誇らしいですが帰る頃にはぐったり。
「今日も疲れたぜぇ」
翼を休めたくなり、山道をとぼとぼと徒歩で登って行きます。
暗くなってくると疲労は増すばかりでした。爪がおかしな方向にハマらぬよう気をつけて歩きます。しょぼくれた目を瞬いていると、視界に気になるものが入りました。
「あらぁ、カレエダか? なんでぇ、んな所に~」
知り合いのヨタカに似ていたので、つい後を追いかけてしまいます。
夜の帳に溶け込まんとする姿を、見失わぬよう目を凝らして……。
僅かに恐ろしさはあれど構わず翼を広げて飛びました。
数分と経たずヨタカは一点に向け下りて行きます。
山の中腹、青々と深い木々が生い茂る中に細やかな光が見えました。
点々と灯るものの集まりに向け進みまして、そこに広がる光景に一瞬だけ眠気が吹き飛び――。
「こいつぁ凄ぇ~なおい。ちょっとした祭りじゃねぇか!」
「おりょ? ロウエンじゃありませぬか。久しぶりですぞ」
妙ちくりんな口調のヨタカが振り返り歩み寄ってきます。
「やっぱりカレエダだったか。いや~ちょいと見かけたもんでぇ」
「カレエダさん、お知り合いでありんすか?」
廓風の言葉遣いで問いかけてくるのは夜ツバメ。
紺色の羽に桜色の瞳をしていました。上品な雰囲気を漂わせるお嬢さん。
「はいぃ~。こちら旧友のロウエンなのである」
「アタシ知ってる。オオワシのとっつぁんでしょ」
「俺っち初めて本名聞いたぜ」
ミミズクの娘が言い、近くの小鳥が驚きます。
ロウエンは大きく笑って、今まで通り「とっつぁん」で構わないと告げました。
遅れてフクロウのお爺さんがやってきます。こうして夜鳥達の宴が静かに始まりました。振舞われる甘酒を飲みながら、ロウエンはうつらうつらと船を漕ぎ始めて……。
「うぃ~おう、やってるかぁ。祭りは楽しまなきゃあよぉ」
「何このひと」
頭が重たそうで身体が左右に揺れています。
時々傾いて、寄りかかりながら騒いでいました。呂律の狂った声音で。
「眠くて酔い潰れたみたいになっとりますな。やれやれ」
帰って寝りゃあいいのに、とカレエダがぼやきます。
「あらあら大変ね」
「こ~ら、カレェダ。俺をのけ者にしようったってそうはいかねぇ」
「止めてださいよ。伸ばすのも禁止! ただでさえ、ダジャレみたいな名前で気にしてるんだから……」
そうさ枯れ木みたいに地味だよ、と落ち込みかけていました。
流れるまま「どうせ食べられちゃうんだ」とまで呟きが発展し、傍の鳥達が必死に慰めます。いろいろと面倒なことになるのでしょう。
密やかに語らいつつ、飲み食いして夜が更けていきました。
「今夜はめぇ~いっぱぺぇ騒ぐぞぉ!」
「ああもう。本当に祭りとなると見境ないんだもんな」
フクロウのお爺さんが「ホホッホゥ」と相槌を打って鳴き。
絡まれて浮き沈みの激しいカレエダと、皆に囲まれ人気者な夜ツバメ。真昼の晴れやかさはないですが、ほんのり穏やかな空気は変わりません。
普段見かけることの少ない住民の集いにロウエンは大満足。さて、眠気に負けて翼もおぼつかない彼を、いったい誰が連れて帰るのでしょうね。
☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘ ☘
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!
奇天烈なキノコの雰囲気は「時の情報局」記載のイメージ地図を参考までに。
本編は未だにどうするか悩んでいますが、よければ「夢の劇場シリーズ」の多作品もどうぞ。外伝と短編集は童話風味で、幻想と癒しをお届けできるよう描いております。




