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夜の短編集01

作者: 秋紬 白鴉
掲載日:2025/12/12

注意:本作はフィクションです。ちなみに時系列はバラバラ。

夢色な設定ですので、現実の人物・動物等とは大変異なる場合がございます。

 【植物学者の日常】


 ここはキノコの森。色鮮やかで奇天烈なキノコが生い茂っていました。

 もうすぐ秋が来ます。夏の終わりから、ずっと大忙しだった唯一の住民がひと息つく頃でした。


「随分と派手に生い茂ったな」


 日中、研究道具を手に観察する1人の妖精。彼の名はシャノーセロです。

 後ろで束ねた長髪は黒にも見えるローリエ色。瞳は銀粉を散らしたような輝きを持つ砂色をしていました。スカーフを巻いたシャツと、コートにブーツと服装は整っています。


 目の前には見上げるほどに大きなキノコの樹。ハロウィン柄をしていました。

 とても甘そうな模様にごくりと喉が鳴ってしまいます。次の瞬間には、はっと我に返り首を振りました。


「いかんいかん。観察の続きをせねば……」


 すると彼が持つ鈴が鳴ります。音の響きと色から場所を特定しました。

 西南の境に誰か来たのでしょう。ちょっと遠いですが急いで向かいます。現地に向かうと看板の前に野ネズミの婦人がおりました。野ネズミ婦人は独特な声音で言います。


「突然ちゅみませぇん。私チュマリと申しまちゅ。不躾ですが、そちらに家の旦那がお邪魔してないでしょうか?」


 シャノーセロは「またこのパターンか」と眉間に皺を寄せました。

 時々あるのです。不用意に森へ立ち入って迷子になったりする人が……。まあ、今回の雰囲気ではおそらくと推察してため息が零します。


「残念だが見てない。探してこよう」

「お手数をおかけします」

「いい。ここで動かず待っていてくれ」


 心の中で「よりにもよってこの時期に」と嘆きたくなりました。

 小さなものが群生している地帯を徹底的に探して回ります。日頃から飛び回っているので迷いません。分布もしっかり把握しています。

 1時間と経たず、件の動物らしき姿を見つけました。しかし何か様子が――。


「ふ、ふへへ~ひっく。わぁ、妖精さんちわ~」


 だらしのない緩み顔で挨拶する野ネズミの旦那さん。


「手遅れだったか。この症状、コドク茸を食べたらしいな?」


 大方グルメ茸と間違えたのでしょう。

 イチゴ柄なのですが、笠が紅っぽく毒キノコと遠目では区別がつき難いのです。


「まったく、極上の珍味に誘われて無謀な探求をするからだ」

「うえぇーん、ごめんなさい。助けて~くらさいれちゅ」

「呂律まで回っていないだと。まさか、そっくり茸まで食べたのか!?」


 シャノーセロは呆れて物も言えません。

 情緒不安定になるコドク茸と、身体がマヒしてしまうそっくり茸。見事に赤い悪魔2つに騙された様子です。時期が悪く、大量の胞子を被っている可能性さえありました。

 泣いたり、笑ったり、怒ったりと忙しい旦那を抱えて自宅に運びます。既に別の魔法を使っていて面倒に感じたのでしょう。まだ軽いので飛ぶのに困りません。



 植物学者の暮らす家は、森の中央のひと際大きなキノコの根元に建っていました。

 薄紫の笠に青い霞と虹色の細かな光沢があります。ヤコウ茸という珍しい種類。木造の家内は数多の草花に溢れていて、本が山積みにされています。乳鉢や鍋、アンティークな調度品で整えられていました。

 しかし今は患者が優先、急いで薬を処方して飲ませます。少し経ってから……。


「はっ、グルメ茸~!」

「正気になった第一声がそれか」

「すみません。あれ、貴方は僕の夢に出てきた妖精さん」

「君の夢に出演した覚えはない」

「そ、そうですね」


 体調を見て、今度は魔法で胞子から守って森の外まで送りました。


「どうも、ご迷惑をおかけしました」

「おかけしました……」


 再会時にこってり絞られた旦那さんはしょげています。

 それでも夫婦は、仲良くお礼を言ってから去って行きました。



 さて、森に夜がやってきます。幻想的で怪しげに染まる時刻の始まり。

 ヤコウ茸やホタル茸といった種類が、笠や模様を発光させていました。花火や蝙蝠や、雪にオーナメント柄がいろいろな色で森を照らします。優しくて怪しいネオン。

 更にこの時期はもう1つ彩を添える存在がいました。そろそろ頃合いでしょう。


「出てきたな」


 ぽわぽわと茂みや空の暗がりから、夜光クラゲが現れ浮遊しています。

 星模様が光り輝く、オレンジ笠のホシホタル茸の傍にいる個体に近づいて……。


「不思議な生体だ。どれ観察を……」


 クラゲと呼ばれながら真相は定かじゃない存在。

 探求心をそそられる題材に、シャノーセロは熱心にペンを走らせました。ルーペで細部を見たり、慎重に触って知見を広げていきます。

 作業に一区切りつけると、彼は持ってきた紅茶とクッキーで一休み。


「んまぁ~」


 お茶請けにした菓子をひと齧り。つい頬が緩んで、すぐに我に返って。それから落ち着いた雰囲気でカップを手に持つのです。

 夜は無粋な客が少なくとても静か。彼にとっては心休まる時間でした。



     ☘  ☘  ☘  ☘  ☘  ☘  ☘



 【ふたりでみた海の星々】


 蛍灯の森の北にある仮宿の山。そこは旅人が一時身体を休める地。

 ヨウやテル達が家で寝ている頃、コウは1人ランタンを片手に登っていました。目が冴えて眠れなかったのです。

 しばらく歩いたところで、馬の嘶きと白い影が空に見えました。


「あれは……」


 怪訝に思って歩みを進めます。気になって仕方ありません。

 岩肌の見える山の斜面を登り、慎重に歩いていくと白い影が動いていました。


「ふぅ。夜風に身を委ねるのは心地良いが、飛ぶには疲れるものだ」

「ペガサス?」


 それは翼を持つ美しい馬だったのです。

 白金の体毛にオレンジ色の鬣と尾をもつ、凛々しい立ち姿。コウの気配に気づき彼が振り向きます。ルビーの如く赤い瞳が見つめてきて……。


「こんばんは。美しい夜空だね」

「はい、こんばんは」


 礼儀正しい所作で挨拶され、おずおずと返事をしました。

 自然と気が引き締まる思いです。凛々しい雰囲気がそうさせるのでしょう。天馬は蹄を鳴らし、姿勢を正してこう告げます。


「失礼、自己紹介を忘れていた。我が名はシルヴァン、誇り高き天空の騎士!」


 ぴくっとコウは背筋が伸びてしまいました。

 その様子を見て、彼は「またもや失礼。驚かせてしまったか」と首を下げます。少しだけ落ち込んでしまったみたい。


「こちらこそ、すみません。僕はコウと言います」


 今度は逆に申し訳ない気持ちになりました。慌てて返します。

 一歩、また一歩と近づいて行くふたり。距離を縮めるように言葉を重ねていきました。十分に翼が休まった頃、シルヴァンが告げます。


「せっかくの出会いだ。宜しければ、海の星々を見に行かないか?」

「海まで……」


 天馬からの誘いにコウは悩みました。

 海までは距離があります。なんとなく彼の背を見ますが遠慮が勝りました。


「大丈夫、我の翼は君くらい軽く運んでみせるぞ」

「いえ、さすがに初対面のひとの背に乗せて貰うなんて」

「遠慮することはない。実をいうと、友を背に乗せて飛ぶのが夢だったのだ」


 安全を約束するぞ、と立派な翼を広げ胸を張っています。

 ここまで言われては断れません。躊躇いがちに頷き、跪いた天馬の背によじ登りました。小人の少年と比べたら大きな体躯です。

 声をかけ、しっかり掴まるのを確かめて、シルヴァンは飛び立ちました。


「わぁ」

「どうだ夜風の中を駆けるのは」

「気持ちいい」

「そうだろう」


 蹄は天を駆け、風を纏って羽ばたき、どこまでも――。

 月明かりの中、なびく鬣が優雅で前を見据える瞳が勇ましい。まさに勇猛果敢な騎士の顔でした。慎重に足を運ぶみたいな飛び方は夜だからでしょうか。

 やがて山々を越えた先に海が見えてきました。近づく水の流れにコウは目を見開きます。


「星空みたいだ」


 幻想的な光景でした。波に揺れる海蛍が、天の川を形成していたのです。

 水の流れに乗り瞬いて綺麗。言葉を失うほどに感嘆して眼下を眺めます。沖の方を飛んだ後、波打ち際に降り立って一緒に歩きました。


「シルヴァンさん、素敵な夜をありがとう」

「我のほうこそ楽しいひと時だった」


 波の傍を散歩して、時々水を掬い、静かな夜の絶景を堪能します。

 しばらく経ってから再び天馬の背に乗り帰りました。肌寒い夜風に身を震わせ、抱きしめるように首へ手を回します。時間が経つのは早いもので、あっという間に出会った所まで来ました。


「もう着いちゃったな」


 小さな声でコウが呟きます。軽やかに降り立つ天馬。姿勢を低くしたその背を下りました。離れていくぬくもりは、ちょっぴり名残惜しくて……。

 けれど寂しいと感じるよりも、胸の奥が温かくなるような一夜だったのです。



     ☘  ☘  ☘  ☘  ☘  ☘  ☘



 【ロウエンと夜鳥の集い】


 風の谷は山々に囲まれた風が吹き抜ける地。

 日中はそこかしこを飛び回り、駆け回る賑やかさですが夜は静か。

 オオワシのとっつぁんは、谷の中でも北側の山に住んでいます。イヌワシとの混血なので、羽毛は灰褐色に白が混じっていました。


 瞳は飴色、額のゴーグルは彼のお気に入り。鶏冠っぽい黄と赤の長い逆立ち羽は、自慢のチャームポイントです。

 皆彼を慕っていて、今日も今日とて忙しく飛び回っていました。頼られるのは誇らしいですが帰る頃にはぐったり。


「今日も疲れたぜぇ」


 翼を休めたくなり、山道をとぼとぼと徒歩で登って行きます。

 暗くなってくると疲労は増すばかりでした。爪がおかしな方向にハマらぬよう気をつけて歩きます。しょぼくれた目を瞬いていると、視界に気になるものが入りました。


「あらぁ、カレエダか? なんでぇ、んな所に~」


 知り合いのヨタカに似ていたので、つい後を追いかけてしまいます。

 夜の帳に溶け込まんとする姿を、見失わぬよう目を凝らして……。

 僅かに恐ろしさはあれど構わず翼を広げて飛びました。



 数分と経たずヨタカは一点に向け下りて行きます。

 山の中腹、青々と深い木々が生い茂る中に細やかな光が見えました。

 点々と灯るものの集まりに向け進みまして、そこに広がる光景に一瞬だけ眠気が吹き飛び――。


「こいつぁ凄ぇ~なおい。ちょっとした祭りじゃねぇか!」

「おりょ? ロウエンじゃありませぬか。久しぶりですぞ」


 妙ちくりんな口調のヨタカが振り返り歩み寄ってきます。


「やっぱりカレエダだったか。いや~ちょいと見かけたもんでぇ」

「カレエダさん、お知り合いでありんすか?」


 廓風の言葉遣いで問いかけてくるのは夜ツバメ。

 紺色の羽に桜色の瞳をしていました。上品な雰囲気を漂わせるお嬢さん。


「はいぃ~。こちら旧友のロウエンなのである」

「アタシ知ってる。オオワシのとっつぁんでしょ」

「俺っち初めて本名聞いたぜ」


 ミミズクの娘が言い、近くの小鳥が驚きます。

 ロウエンは大きく笑って、今まで通り「とっつぁん」で構わないと告げました。

 遅れてフクロウのお爺さんがやってきます。こうして夜鳥達の宴が静かに始まりました。振舞われる甘酒を飲みながら、ロウエンはうつらうつらと船を漕ぎ始めて……。


「うぃ~おう、やってるかぁ。祭りは楽しまなきゃあよぉ」

「何このひと」


 頭が重たそうで身体が左右に揺れています。

 時々傾いて、寄りかかりながら騒いでいました。呂律の狂った声音で。


「眠くて酔い潰れたみたいになっとりますな。やれやれ」


 帰って寝りゃあいいのに、とカレエダがぼやきます。


「あらあら大変ね」

「こ~ら、カレェダ。俺をのけ者にしようったってそうはいかねぇ」

「止めてださいよ。伸ばすのも禁止! ただでさえ、ダジャレみたいな名前で気にしてるんだから……」


 そうさ枯れ木みたいに地味だよ、と落ち込みかけていました。

 流れるまま「どうせ食べられちゃうんだ」とまで呟きが発展し、傍の鳥達が必死に慰めます。いろいろと面倒なことになるのでしょう。

 密やかに語らいつつ、飲み食いして夜が更けていきました。


「今夜はめぇ~いっぱぺぇ騒ぐぞぉ!」

「ああもう。本当に祭りとなると見境ないんだもんな」


 フクロウのお爺さんが「ホホッホゥ」と相槌を打って鳴き。

 絡まれて浮き沈みの激しいカレエダと、皆に囲まれ人気者な夜ツバメ。真昼の晴れやかさはないですが、ほんのり穏やかな空気は変わりません。

 普段見かけることの少ない住民の集いにロウエンは大満足。さて、眠気に負けて翼もおぼつかない彼を、いったい誰が連れて帰るのでしょうね。



     ☘  ☘  ☘  ☘  ☘  ☘  ☘

 ここまで読んで頂き、ありがとうございました!

 奇天烈なキノコの雰囲気は「時の情報局」記載のイメージ地図を参考までに。

 本編は未だにどうするか悩んでいますが、よければ「夢の劇場シリーズ」の多作品もどうぞ。外伝と短編集は童話風味で、幻想と癒しをお届けできるよう描いております。

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