メイドは見た 湯けむり殺人事件
鼻と口を覆った手からは血が溢れ出す。
「……リベロン様……」
そして私は後ろへと傾く体を止めることができなかった。
「スフィア!!」
その声を最後に私の意識はフェードアウトした。
◇ ◇ ◇ ◇
最近なぜか殺人事件に縁があるスフィア=メルシエです。メルシエ男爵家長女で、難関の王宮メイド試験を突破し、晴れてこの春から第3王子殿下カイン様のメイドとして働いています。
まだ働いて間もないのに、殺人事件に巻き込まれること5回。祈祷師や占い師など様々なものに頼ってみましたがあまり効果が得られずどうしようかと悩んでいたところ主のカイン様が見かねて温泉旅行に誘ってくださいました。(カイン様が行きたかっただけかもしれませんが……)
「スフィ、温泉好き?母様と父様が行って良かったんだって!僕も行きたいって言ったらいいよって言ってもらえたからスフィも一緒に行こ?」
「もちろんです!!」
ビバ!!温泉!!
何を隠そうこの私、3度のメシより温泉が好き!!(いや、嘘です。ごめんなさい)
王宮の外に遊びに行くことなど下っ端メイドにはハードルが高すぎて滅多にできません。(私は一度もありません……)しかも今回は費用は王宮持ち!!つまりタダ!!なんてステキな響き!!
「お前は遊びに行くんじゃないからな」
「……分かってます」
私のワクワクした気持ちに水を差す発言をするこの男。一際目を引く艶やかな金髪。どこまでも吸い込まれそうな紺碧の瞳。百人中百人が美しいと認めるその美貌。仕事に関しては一切の妥協を許さず、にこりともしないことで有名な第3王子付近衛兵筆頭リベロン様。その人である。
このリベロン様顔は良いのですが、何分口が悪い。いつもネチネチ言ってくる嫌味なお人なんです……が、最近私の見方を変える出来事があったんです。
前回占い師に金髪、紺碧の瞳の男がカギと言われ、リベロン様を避けに避けまくっていたところ、主のカイン様に心配され、リベロン様にはもうちょっとで解雇するつもりだったと脅され散々な目にあったのですが、そこで私は気づきました。
逆ではないかと。
今までリベロン様のせいで殺人事件に巻き込まれたと思っていましたが(実際その通りなんですが……)結果毎回助けてもらっています。
つまり、リベロン様と一緒にいれば、殺人事件が起こっても私の命は助かる。という公式が成り立つのです!!
ラッキーなことにリベロン様とは仕える主が同じ。職場ではほとんど一緒に過ごしています。今のところ、職場でしか殺人事件には遭遇していないので、ま、なんとかなるでしょう。本当は生存率を上げるため恋人くらいになりたいのですが、ガードが固すぎててんで話になりません。ま、イケメンだし仕方ないとそこは早めに諦めて今は仲の良い友人枠になれないかと画策中てす。
「リベロン様、今度の休日一緒にランチでも……」
「行かない」
「リベロン様、また演劇のチケットをもらったんですが興味ありませんか?」
「全くない」
とほほ。今のところ全敗ですが、私は私のために諦めません!!
そんな風に毎日を過ごしているうちに日々は過ぎ去り、今日はいよいよ温泉に行く日!!
温泉は王都から3時間ほどのところにあり、今回はお忍びの旅なのでメンバーはカイン様、私、リベロン様、近衛兵の2人、メイド1人の合わせて6人で出発しました。
「スフィ!楽しみだね」
「はい!カイン様」
「美味しいもの食べようね」
「はい!」
やったー美味しいもの!!
「あくまで、付き添いだというのを忘れるなよ」
リベロン様がいちいち口を挟む。
お前は姑か!!
いや、ダメダメ。この人は私の救いの神。
吸って――。吐いて――。平常心よ、平常心。
「スフィ一緒に温泉入ろうね」
「はい、もちろんです」
温泉!温泉!
「また、お前は……あくまでもカイン様の介添として風呂に入るんだぞ」
「分かってます」
もう、分かってますって!!
「リベロンは一緒に寝ようね」
「はっ、ご命令とあらば」
堅苦しく言ってるけど、リベロン様いつになく顔が緩んでいる。やっぱり王子と寝れるの嬉しいんだろうな……さすが王子に命を捧げるだけはある。
今日泊る宿は護衛のしやすさから高級宿だがこじんまりしたものを選んでいた。もちろん貸切だが、部屋数も少ないので、男性陣は布団を敷いて一緒に寝るらしい。
美味しい料理に温泉!露天風呂という外に作られた大きな温泉もあると聞いているので入るのが本当に楽しみである。
カイン様と一緒に話をしたり、外の景色を眺めたり、いらんことしてリベロン様に怒られたりしながら本日泊まる宿に無事到着した。
「ようこそ、宿屋湯けむりへ」
美人の女将さんが出迎えてくれる。
黒髪を結い上げ、この地方独特の着物という衣装を身に付けた女将さんは女の私から見ても妙に色気がある。特にうなじが何ともいえず……
「スフィア、何ぼーっとしているんだ、はやく入れ」
「はい!!」
しまった!女将さんに見惚れていたら、皆いつの間にか中に入っている。
「スフィ、はやく、はやく!」
「カイン様待ってください!!」
カイン様にまで置いていかれている。待ってください!!
宿屋の中も見たことのない装飾かわ施されていた。この地方の文化で和風というらしい。カイン様とキョロキョロ周りを見ながら廊下を進む。
「うわぁ、お庭に魚がいるよ!」
中庭に小さな池があり、そこに色鮮やかな魚がたくさん泳いでいる。
「鯉という魚です」
案内してくれている、女将さんが説明してくれる。
「きれいだね」
「はい!」
大きくて美味しそうです!
「また、エサやりもできますよ」
「エサやり!!やりたい!!」
「カイン様、温泉に入った後、ゆっくり中庭を探索なさってはどうでしょうか?」
「うん!スフィ後で一緒にしようね!」
「はい!」
きっと大きく太らせて食べるんでしょうね。今夜の夕食が楽しみです!
「こちらが、お部屋になります。露天風呂には突き当たりの暖簾がかかっている内湯から入れますので、いつでもどうぞ。どうぞごゆるりとお過ごしください」
女将さんは部屋まで案内してくれると、丁寧にお辞儀をして部屋を出て行った。
「スフィ!温泉行こう!!」
「はい!」
よし。リベロン様も何も言わない。とりあえず旅の汚れを落としましょう!!
そして、もう一人のメイドとカイン様と一緒に入った温泉ですが……
素晴らしすぎて言葉がでないほどです!!
特に露天風呂!!かなりの広さで湯けむりが立ち昇り視界が遮られ風情も抜群。しかも少し熱めのお湯!!カイン様は私とのお湯のかけ合いにはまってあまりゆっくり浸かっていませんでしたが(その後入ってきたメイドにしこたま怒られました)いや、一緒に入ったらお湯のかけ合いしたくなりません?それもだけど、カイン様の湯冷めの心配をしなさいって……それは……すみません。
ということで、温泉も堪能し、中庭の鯉にエサやりをし(大きく育つんだよ)、美味しい夕食も食べ(絶品でしたが、あの鯉という魚は出ませんでした)、カイン様ははしゃぎすぎて疲れたのか部屋に入ってすぐに夢の世界へと旅立たれました。
これで今日の私の仕事は終わりです。
隣室の女性部屋に戻ると、もう1人のメイドにことわり、温泉へと出かけます。
ここの温泉はいつでも入ってよいらしく、せっかくなので二度風呂をしようと女湯の暖簾をくぐりました。
かけ湯をし、そのまま露天風呂に直行します。
夜になり、湯けむりが立ち昇る中灯りがところどころに灯りなんともいえない幻想的な景色が広がります。自分の1メートルさきもあまり見えませんが、それもまたよき。
「ふ――いいお湯だな……」
本当にここの温泉はなんて気持ちが良いんでしょう。
ちなみに本来はタオルは湯船の中に入れないことが基本らしいのですが、今回はVIP待遇で許可が出ており、バスタオルを巻いて入浴しております。(サービスにならずすみません←誰に?)
そしてそのままうとうと微睡んでいると急に風が吹き、湯けむりが消えました。
15メートル程先の今日カイン様と飛び込んで遊んだ岩場の奥の奥に人影が見えます。
……まさか、痴漢!!
覗きは犯罪です!!
私は近くにあった桶を手に取ると、ゆっくり湯の中を移動して岩場に近づいた。
「痴漢!!成敗!!」
そして桶で頭を殴ります。
なぜか後頭部でしたが、クリーンヒットしパコンと良い音がします。
ズルリ。
そのまま体が地面へとスライドし、男性と目が……合いません。
頭から血を流し、口からも血が溢れぴくりとも動きません。
私は桶を恐る恐る見ました。……血がついています。
そんな!!ただ単に痴漢を成敗しようと思っただけで、桶で殴って人が死ぬなんて……
……どうしましょう?これは正当防衛が成り立つのでしょうか?
「どうかなさいましたか?」
なんと、タイミングが悪く奥から女将さんが近づいてきます。
「女将さんいつから温泉に?」
「かなり前から入っていましたが……」
そうか……この痴漢、女将さん狙い。顔の位置からしても間違いない!!
となれば後は私の正当防衛を主張するのみ!!
「あの……」
「キャ――――!!」
絹を裂くような悲鳴が辺りに響きます。
それを聞きつけた、リベロン様が現場に現れました。
なんとリベロン様も上半身裸。腰にタオルを巻いています。鍛え上げられた身体!!眼福です。
どうやらリベロン様も温泉に入っていたようで、女将の悲鳴が聞こえたのでしょう。
女将!!そういえば彼女だけ裸です!!
「見てはダメです!!」
私は裸の女将さんをガードします。
リベロン様は女将さんにも私にも全く興味を示さず、ただ死体を確認します。
「……これは」
そして、リベロン様は血のついた桶を手に取ります。
ここは正直に伝えて、情状酌量を勝ち取るべき!!
「……リベロン様……」
そう言って立ち上がった瞬間、鼻から赤いものがたれてきます。鼻血!!温泉に2回も入ったし、なんだかんだ長く入っているからのぼせたのかも……。
鼻と口を覆って耐えていると、だんだん意識が遠のいていきます。……これは本格的に……のぼせたかも……。
バシャン
「スフィア!!」
近くで、リベロン様の声が聞こえ、そのまま私の意識フェードアウトしました。
「あらあら、貴方がそんな顔するなんて珍しい」
スフィアを抱き上げたリベロンを見て女将が呟く。
「こいつは?」
両手がふさがっているリベロンは顎で死体を指した。
「殿下がこの宿に泊まることを聞きつけて隠れていたみたい。昼間に始末して岩場に転がしてたんだけど、運悪くそこのお嬢ちゃんに見つかっちゃて」
「早く始末しないからだろ」
「だって、始末した直後に貴方達が来たのよ。そんな時間無かったわよ」
「だったら、掃除中とかなんとか理由をつけて始末してから風呂場に人を入れたら良かっだろ」
「思いつかなかったんだもん」
「何が思いつかなかったんだもんだ。凄腕の諜報員のお前がそれくらい考えつかないわけがあるか。大方、殺人事件に遭遇する率の高いこいつのことを聞きつけて反応でも見たかったんだろ」
「ま、それもあるわね。でも私が見たかったのは貴方よ。ずいぶんその子に入れ込んでるじゃない?」
「……ただの、職場の同僚だ」
「ふーん、ま、そういうことにしておいてあげる」
「……この場はどうする?」
「……それなら……」
2人の密談はすぐにまとまり、リベロンはスフィアを抱いて更衣室へと去って行った。
はっ。
気がついたら女湯のソファーの上に寝ていました。おでこと首に冷えたタオルが置かれています。
「死体!!情状酌量!!正当防衛!!」
早くリベロン様に伝えないと。私は慌てて体を起こします。
「死体?何のことでしょう?」
団扇であおいでくれていた女将さんが不思議そうに私に聞きます。
「さっき岩場で見つけた死体です!女将さんがキャ――と叫んでた!!」
「岩場の死体?私は死体も見ておらず、お風呂にも入っていませんが……」
「えっ?」
どういうこと?
「よく分かりませんが、体調が良いようならその岩場に行ってみますか?」
「……はい!!」
死体があるはずです!!だってパコンと良い音がしたんですもの。
急いで女将さんと一緒に現場に向かいます。
死体は……ありません。
血の跡も、血のついた桶も見当たりません。
「……死体はないようですが」
「……ですね」
なんでないんだろう?
「人間のぼせると幻覚を見ることがあるというので、もしかしたら幻覚を見られたのでは?」
「……幻覚」
良かった!!それなら私は人殺しにならなくてすみます。
「ありがとうございました」
介抱していただいた女将さんにお礼を言って、その場を後にします。念の為リベロン様にも確認しないと。
そう思っていたらリベロン様がちょうど部屋の前で立っていました。
「リベロン様!!」
「……もう調子は良いのか?」
「はい、女将さんが介抱してくださいました」
「そうか」
「あの、リベロン様、さっき風呂場で死体を見ませんでしたか?」
「死体?何のことだ?」
リベロン様も何のことか分からないという反応をされます。
良かった!!これで間違いはない!!
私が見たのは幻覚だということで決まりです!!
私は安堵のあまり、どっと力が抜けました。
「いえ、こっちの話です」
良かった。良かった。
「……そうか、もうのぼせないように今日は風呂は禁止だ。早く寝ろ」
「は――い。リベロン様、おやすみなさい」
そう言って、私はリベロン様と別れ自室に入った。
あれ、そう言えばリベロン様どうして私がのぼせたことを知ってたんだろう?
女将さんに聞いたのかな……ま、良いか。
そして私も夢の世界へと旅立たった。
◇ ◇ ◇ ◇
リベロンの部下と女将の会話
「あれは黒ね」
「やっぱりそうですか」
「ええ、自覚はまだしてないみたいだけど」
「そうなんです。スフィアさんと喧嘩した時なんて、筆頭本当に機嫌が悪くて困ったんですよ」
「そのリベロンの様子も見たかったわ」
「それで、今回の犯人の黒幕は分かりましたか?」
「それが、捕まえた瞬間に毒を飲んで死んじゃって、さっぱり」
「ちなみにどうやって捕まえたんですか?」
「石で殴ってイチコロよ」
(……この人本当に凄腕の諜報員なんだろうか……)
「今、本当に諜報員なんだろうかって思ったでしょう?」
(やっぱり凄腕!!)
「何にしろこれからが楽しみね」




