第八夜 お姫様は許さない
願掛けか。
願いを叶えたかったら何かを我慢しなくちゃね。煙草とか酒とか浮気とか。
我慢するのは日常的にやっていることじゃないと意味がない。普段煙草を吸わないのに禁煙しますなんて通用しないよ。
ああ、もし途中で挫折しても大丈夫。願解きをすればいいから。でも、そんな軽い気持ちで願掛けするくらいなら最初から願うなっての。私はそこまで暇じゃない。
見てごらん。毎日大勢の参拝者が願いを叶えてほしくてやってきている。
あの男性なんて、真夏の猛暑だというのに真っ青な顔で願掛けしている。よほど切羽詰まっているんだろう。
え……と……生きて……るよね? 今にも死にそうだけど。
背中に着物姿の女の人が憑いている。どこかのお姫様かな。訊いてみよう。
おや、よく見たら西のほうに鎮座するお姫様じゃないか。知る人ぞ知る、最強に近い縁結びの力の持ち主だ。
彼女はね、生前に永遠の愛を誓った殿方と結ばれなかったものだから、せめてみんなの恋愛は成就させてあげようというやさしい心根の持ち主でもあるのさ。だけど、その思いがあまりにも強烈すぎて、ちょっぴり融通が利かないんだ。
男性の願掛けが終わったようだ。どれどれ?
——願解きをしてください——。
いいよ。お安い御用だ。で、きみの願い事はなんだっけ? 願い事がわからなくちゃ解きようがない。うーん、どうしても思い出せないな。もしかして、きみ、ほかのところで願掛けした? まさか……。
私は彼の背中に乗っているお姫様を見た。
なるほど、彼女に願掛けをしたのか。ならば願解きは無理だな。彼女は願解きを許してくれないよ。なにしろ融通が利かないからね。
離婚して不倫相手と一緒になりたいって願ったんだろう? なのに奥さんが妊娠したから不倫相手と別れたいなんて虫が良すぎだ。
お姫様は一生懸命願いを叶えてくれようとしている。彼女にロックオンされたら逃げるのは不可能。私でも助けてあげられない。
なんでも我慢するって? 二度と浮気しないから?
今さらだよ。だって最初の願い、もうすぐ叶うもの。あの世でね。
次回は「第九夜 御守りの効力」です。




