第七夜 知っているよ
ひと雨来るよ。
ほら、拝殿の上をごらん。龍神がぐるぐると渦を巻いて翔びまわっているのが見えるだろう。お嬢さん、早く屋根のある所までお逃げなさい。
あ、見えない? 山藤、そこの制服姿のお嬢さんを休憩所まで誘導してあげておくれ。ああ、また不審がられている。
でも幸いなことにお嬢さんが鳥居をくぐって逃げ込んできたから、社殿の軒下に入れてあげよう。さぁ、遠慮しないでお入り。
おや、泣いているのかい?
どうしたの? 話してごらん。うん。うん。そう、明日遠くへ引っ越しちゃうのか。寂しくなるな。私はあなたが幼い頃からずっと見守ってきたからね。弱虫で泣き虫なところも知っている。
だから、あなたがいじめに遭っていたことも知っている。
悔しいよね。いじめられた側が逃げなきゃいけないなんて理不尽だ。いじめる側が無傷なんて絶対に間違っている。
私はちゃんと知っているよ。
あなたの前にもいじめられて転校を余儀なくされた子がいたことを。
ああ、もちろん知っているよ。あなたがその子をいじめていたことも。
その子がいなくなったから、今度はあなたが標的にされてしまったんだよね。
人間ってね、共通の敵を作ることでしか結束することができない弱くて愚かな生き物なのさ。その敵がいなくなったら、また別の標的を探すまで。
まさか、自分は標的にならないと思ってた? お馬鹿さん。そんな虫のいい話はない。
でも安心おし。残された人間たちはまた愚かなことを繰り返すから。
残されたほうにも地獄の日々が待っている。疑心暗鬼という地獄がね。次は自分の番じゃないかと、毎日怯えて暮らすのさ。うわべだけの仲良しごっこに心を削られながら。
気づけば周りには誰もいなくなっていて、最後に残った人間は永遠にひとりぼっちだ。
いいんだよ。自分を守るために逃げることは悪いことじゃない。
ほら、雷鳴が聴こえてきた。龍神が罰を下す人間を探している。
早くお逃げ。私の最後の情けだよ。次はない。
次回は「第八夜 お姫様は許さない」です。




