第一夜 すごい結界
血の臭いが近づいてくる。
荒い息遣いで、何かから逃れるみたいに走ってくる。
若い男だね。彼は鳥居を目指しているようだ。はあっ、はあっとゼイゼイ息を切らして……。
ああ、やっぱり神域に入ってきちゃった。
いいんだ、私は来るもの拒まず。どんな罪人だって温かく迎え入れてあげるのさ。やさしいだろ?
血は穢れだと言って忌み嫌う仲間もいるけど、私は平気。どんな人間だって救ってやりたいじゃないか。
でもね、迎え入れるだけ。罪は罪。ちゃんと償わせなくちゃね。
男はよほど腹が減っていたのか、供物を貪り食っている。それ、私の夕餉なんだけど……いや、気にしない、気にしない。それより男が夢中で腹を満たしている間に結界を張ってしまおう。
私の結界はすごいんだ。なんたって罪人だけを逃さないんだからね。罪を犯していなければ、難なく神域を出られる優れもの。
もう一度言う。私の結界はすごい。
東の空が白みはじめた。朝拝の準備を整えていた権禰宜が、ほら、男に気づいたよ。
そりゃそうだ。いくら喉が渇いたからって、手水舎の水をがぶがぶ飲んでいたら不審がられるに決まっている。
通報された男は駆け付けた警察官によって逮捕されてしまった。必死の抵抗も虚しく、大勢の警官に取り囲まれて連行されていく。けっこう大掛かりな逮捕劇だったから、よっぽどの罪を犯したのだろう。
血の臭い——。なるほど、そういうことか。早めに捕まってよかった。あ、感謝はいらないよ。照れるじゃないか。
私は向拝に腰掛けたまま、警官らとともに鳥居をくぐって神域を出ていく男を見送った。
あれ? おかしいな。血の臭いが消えない。
臭いの元を辿ると、鳥居の手前で一人の警官が立ち往生しているのが見えた。
あんた、神域から出られないのかい? そうか、真犯人は……。
ふふふ、どうだい、私の結界はすごいだろう。
「第二夜 気になる人間」は明日公開予定です。
以降、一夜一話の更新となります(予定)。




