最終夜 風鈴の知らせ
風鈴の音が聴こえる。
風もないのに鳴っている。美しい音色だね。
チリンチリン……と、やさしくて、どこか懐かしくて、温もりを感じさせる音が風もないのに聴こえたら、それは、大好きだった故人が会いに来てくれたサイン。
おや、風もないのに境内の風鈴が揺れている。チリンチリン……と心地よい音色とともに、高齢のご婦人が一人の青年のそばに降り立った。
見えないかもしれないけど、その人、彼の亡くなったおばあちゃんだね。やさしい眼差しで見守っている。彼はおばあちゃん子だったみたいだ。
今日は恋人と一緒にお詣りかな? 彼のポケットの中に指輪が見える。ここでプロポーズか。おばあちゃんは応援しに来てくれたんだね。よし、私も見守っていてあげよう。
おやおや? 彼女のお腹の中に新しい命が宿っているのが見えるよ。彼も彼女の体を気遣っている。やさしい青年に育ったのは、おばあちゃんからも愛情をたっぷりもらったお陰だろう。
チリンチリン……チリンチリン……チリンチリン……。
あれ? 急に風鈴の音が騒がしくなってきた。相変わらず風はない。
チリンチリン……チリンチリン……チリンチリン……。
境内の無数の風鈴が、風もないのに一斉に鳴り響いている。互いにぶつかり合って、今にも壊れてしまいそう。
彼の手もポケットに入れたまま止まってしまった。
そのとき私は、激しい怒りが神域に踏み込んできたことに気づいた。
怒りをまとった男が参道を憤然と走ってくる。男は拝殿の前にいる二人に立ちふさがった。どうやら彼女の元彼らしい。しかもその男、驚いたことにお腹の子の父親だって言うじゃないか。彼女はかなりうろたえている。真相は確かめるまでもない。
カッコウが南の空へと飛んでいく。托卵して逃げ去る鳥よりまだましか。
拝殿前に目を戻すと、青年の姿はなかった。別れを選んだようだね。賢明な判断だ。
いつしか風鈴の音は止んでいた。
おばあちゃん、あなたの愛の力には私でも敵いません。
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物語は一旦ここで区切りますが、いつか続編を書けたらと思っています。
そのときはまたご覧いただけますようよろしくお願いいたします。