第十一夜 ずっと待っています
お帰り。
今年の夏は去年にも増して暑いだろう?
今の地球は、あの夏の日よりずっとずっと暑くなっている。
実家、見てきたんだね。更地になっていたからびっくりしたよね。今、売りに出している。そろそろ買い手がつきそうだ。
きみの帰る場所がなくなってしまったら可哀想だからって、お母さんとお姉さんがずっと守ってきた家だけど。
きみのお姉さん、急激に症状が進んでね、妹も遠方に嫁いだから面倒見きれなくなってしまったのさ。それで近くの施設に入所することになったんだ。
妹を責めちゃいけないよ。彼女は頻繁にここまで通って、一生懸命お姉さんの世話をしていた。両親の墓参りも欠かさなかった。きみの分までとても頑張った。
ああ、きみを責めているわけじゃない。きみは何も悪くないんだから、泣くことはない。
それより、早く、お姉さんに会いに行ってあげておくれ。
もしかしたら、きみのこと、わからなくなってしまったかもしれないけれど。妹のことも、もうわからないみたいだから。それでもきっと喜んでくれるだろう。
だって、お姉さん、きみの帰りをずっと待っていたんだもの。
ずっとね、ずっと。
ほら、妹がやってきたよ。いつもお姉さんの面会へ行く前に、ここへ立ち寄るのさ。拝殿の前で手を合わせて、今年もきみが帰ってきますようにって願いをかけるんだ。
彼女、老けただろう。あれから80年も経っているんだ。腰を曲げて、皺を刻んで、生きてきた年月の重さを噛みしめるように、静かに手を合わせている。
私はそれを、いつもじっと見つめることしかできない。
私は彼女を救うことができているのだろうか。
さぁ、お姉さんのところへ行っておいで。場所は、妹の後ろをついていけばたどり着けるから。
お姉さんの頭の中は、今、幼い頃の思い出しかない。お父さんとお母さんと弟と妹と囲んだ団らんの夕餉。笑いの絶えない家族の風景。どこにでもある日常の一コマ。それでも、彼女にとってはかけがえのないものだった。
大丈夫。楽しかった記憶しか残っていないからとっても幸せそうだよ。だから……。
彼女は今でも、遠く異国の地で散ったきみを待っている。ずっとね。
次回は「第十二夜 連れてこられただけなのに」です。