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夏の夜の神隠し ―海神の島―(後)

◇ 島の神社と異変の始まり

「なあ、あれ……ホントに神社?」

翼の声は、冗談めいていたが、どこか震えていた。


小島の中央、木々の奥にぽつんと建つ社殿は、年季が入って朽ちかけていた。

鳥居は傾き、狛犬は首が折れて苔に覆われている。


「やっべ……こういうの映画で見たことある」

航太が笑って言うも、誰も笑い返さなかった。


「……とにかく、一回ぐるっと見て帰ろう」

杉本が言い、6人は神社のまわりを歩き始めた。


だが、異変はすぐに始まった。


「……あれ? 智也がいない」


春香が言うと、皆が足を止めた。

さっきまで一緒にいたはずの智也が、どこにも見当たらない。


「……どこ行った? トイレ……じゃないよな」

「え、いや、マジでさっきまでいたよな」


辺りを探すが、返事も足跡もない。

風が止み、葉がざわめく音すら消えた。


「……ふざけて隠れてるとか?」

翼がそう言いかけたとき――


「……あれ?」


次に理沙が、すっといなくなった。

皆の視界から、まるで霞に溶けるように。


「……は……? 今、ここにいたよね!?」

「……なんでだよ、なんで!? 理沙ああああっ!!」


航太が叫びながら森へと走り出す。

春香と杉本、翼が後を追った。


だが――


「うわっ!? 航太!? どこ行った!?」

杉本が森をかき分けたとき、航太の姿も消えていた。


「……これ、やばい……っ」


春香が震えながらつぶやいた。

「誰かが、私たちを……」


「もう動くなっ! まとまって動くぞ!」

杉本が叫ぶが、返事がない。

横にいたはずの翼が――いない。


「っ……やめろ……ふざけんな……」


春香と杉本は手を握り合い、背中を合わせて立ち尽くす。

すると、彼らの足元の地面が、海水のように“たぷん”と揺れた。


「……なんで、地面が――」


「春香っ、離れるなよ!」


しかしその瞬間、春香の手がふっと抜けた。


「ま……待って……!! 春香あああっ!!」


杉本の叫び声が、島にこだました。

だが次の瞬間、彼の視界もまた、白い霧に包まれて――すべてが、静かになった。


◇ 萌絵の夜

一方その頃、浜辺では萌絵がひとり、民宿の部屋から海を見つめていた。

時刻は夜10時。


誰からも、連絡はない。

あの小さな島は、夜の海に呑まれ、影すら見えなかった。


不安と焦燥。胸の奥がざわめいて、言葉が出ない。


「……みんな……大丈夫、だよね……?」


窓を開けたとき、遠くで、かすかに鈴の音が鳴った。


ちりん――


「っ……」


萌絵は、黙って祈った。

本で読んだ古い言い伝えを思い出す。


“海神は、新月に目覚める。だが、帰るべき者が心を寄せられているなら、その道は閉ざされない”


「……帰ってきて……みんな……」


◇ 翌朝 ― 岩場の奇跡

夜が明け、海辺は静けさの中で金色に染まった。

波音が穏やかに響き、漁師たちが沖へ出る準備を始める頃――


民宿の女将が叫び声を上げた。


「だ、誰かっ! 人が……岩場に!!」


浜から少し離れた岩場。

その先端に、壊れかけたボートが引っかかっていた。


そしてその上には――


6人の若者が、重なるように横たわっていた。

意識はなかったが、全員、無事だった。

深い眠りについているようで、脈もあり、呼吸も安定していた。


レスキュー隊と医師が駆けつけ、全員が病院に搬送された。

そして、夕方にはそれぞれがゆっくりと目を覚ました。


◇ それぞれの“記憶”

病室で再会した6人は、顔を見合わせ、静かに語り出した。


「俺、最後に見たのは、海の底……みたいなとこで……」

「白い光が満ちてて……なぜか、怖くなかった……」

「誰かが呼んでた気がする。“戻ってきて”って……」


彼らは皆、同じような“夢”を見ていた。

白い霧、どこまでも静かな海。

そして、どこか懐かしい声。


「それ、萌絵ちゃんじゃない……?」

春香がぽつりと呟いた。


彼らは、萌絵の“祈り”に導かれて帰ってきた。

そんな確信があった。


◇ 萌絵の最後のページ

数日後、萌絵はまた、海辺の岩場を訪れていた。

膝の上には、あの日読んでいた文庫本。


最後のページには、誰も知らなかったもう一つの言い伝えが記されていた。


“海神は、忘れられた者を連れてゆく。

されど、想いを向けられた者は、還ることを許される”


萌絵は静かに、本を閉じた。

そして、海を見つめながらそっと呟いた。


「……もう、大丈夫だよね」


ちりん――


再び、あの鈴の音が風に乗って聞こえた気がした。

それはきっと、もう怒りを鎮めた“海の神様”が、微笑んでくれた音だったのかもしれない。


(完)

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