気持ち悪いと婚約破棄された傷物令嬢は、心から想ってくれる方と幸せになります。
「噂通り、気持ち悪い人だ……すまないが、レイラ・フェアルーズ。婚約を破棄させてもらう」
金髪の美青年、ロラン・エヴィデンが、目の前にいる女性にそう宣言する。
宣言されたのは、雲のように白く長い髪。
貧相なドレスを着ており、ブルーサファイアの瞳は美しいが常に曇りがち。
紅の引いていない唇は、しかし艶やかで魅力的である。
彼女はレイラ・フェアルーズ。
伯爵令嬢だ。
そんなレイラは、顔に包帯を巻いている。
子供の頃の事故で顔に大きな傷があり、誰もが彼女から目をそらしてしまう。
レイラはそういう日常に慣れてしまい、だが婚約者であるロラン王子ならあるいはと希望を胸に抱いていたが――この瞬間に打ち砕かれてしまった。
(こんな傷物女のことを愛してくれる人なんていない。誰だってそう思っても仕方ないわ)
無駄に広い謁見の間で、ロランとレイラは顔を合わせており、玉座にはロランの父親であるエヴィデン国王が、そんな二人のやり取りを眺めていた。
「ロランにはもっと美しい女が似あう。レイラよ、残念だが婚約破棄を受け入れてもらうぞ」
「はい」
国王に頭を下げるレイラ。
すると彼女の隣を通り抜け、ロランの横に立つ女性の姿が。
その女性は波打つ長い青髪の持ち主で、彼女を見た男たちは「おお」と感嘆の声が上がる。
誰もが振り向く美貌の持ち主、レイラの妹である、ルーナ・フェアルーズであった。
「フェアルーズに流れる血。それが数代に一度必要とされている。そのために私は君と婚約をしていたが……血筋だけなら彼女で十分。そして彼女こそが私に相応しい」
「ごめんなさいね、お姉さま。婚約者を奪ってしまって!」
邪悪な笑みで笑うルーナ。
レイラと違い、豪華なドレスに身を包んでいる。
彼女と同じ青い瞳で、姉であるレイラを見下していた。
(ざまあないわね、お姉さま。この瞬間のために、あなたの怪我はお母さま仕組んだこと。そのことには気づいていないでしょうね、お姉さまは鈍感だから)
レイラが怪我をしたのは、食堂にかけられていた絵画が落ちたことが原因だ。
それはルーナの母親――レイラの義母が仕組んだことであり、まんまと罠にはまって消えない傷を残すこととなった。
全てはルーナが王妃となるための計画。
そのために表舞台からレイラに降りてもらわなければならなかった。
そして彼女たちの思惑通りことが進み、王妃となる権利をルーナは手に入れたのだ。
「では出て行ってもらおうか」
「……はい」
踵を返し、俯いたまま去って行くレイラ。
誰も彼女を気にする者はいない。
実の父も、義母も、騎士たちも、全員がロランとルーナに視線を注いでいた。
胸の内に大きな傷を背負ったレイラ。
顔の怪我よりも辛い。
もう生きる気力さえも失われ、自死をしようかと思うほどであった。
そして謁見の間から出て、背後の扉が閉じられる。
それはまるで、あちら側と断絶されたような……レイラはそう感じていた。
「レイラ」
「えっ……」
真っ青な顔を上げるレイラ。
絶望の彼女の前に現れたのは、ロランとは違った美しい男であった。
綺麗な黒髪に爽やかな笑顔。
冒険者らしく、戦士然とした恰好をしている。
腰には剣と小さなカバン。
太もものあたりには短剣と、それを収納する鞘がある。
そんな男はレイラを見つめ、穏やかで優しそうな笑顔を浮かべていた。
「どなたですか……?」
「あれ、俺のことを忘れてしまったのか?」
「?」
今度は意地悪そうに笑う男。
だがその表情には見覚えがあった。
レイラは過去のことを思案する。
(小さな子供の頃に遊んだ、幼馴染の少年がいた……彼はあの子にそっくり。まさか)
「フィン?」
「正解。久しぶりだな、レイラ」
フィン・スターロード。
レイラの幼馴染であった。
さきほどまで落ち込んでいたことが嘘のように、レイラの表情に笑顔が戻る。
だが自分の顔のことを思い出し、また俯いてしまう。
「どうしたんだ?」
「私は、醜いですから……」
「そんなことない。レイラは綺麗だ。もっとよく顔を見せてくれ」
「あっ」
フィンは優しくレイラの顔に触れ、ゆっくりと自分の方に向かせる。
その美しい瞳に、彼は頬を赤く染めた。
「うん、やっぱり綺麗だ」
「そ、そんなことありません!」
「そんなことあるよ。人の美しさは心から溢れる。外見だけに惑わされる人間には、レイラの美しさに気づけないだけだ」
「…………」
大きくなったフィンの言葉に、レイラは心が浄化されるようだった。
(こんなにも優しい人がいるなんて……傷のことなど気にせず、真っ直ぐに私のことを見つめてくれている。この人なら、私……)
レイラは胸の鼓動を早くし、顔を赤くする。
そんなレイラに対し、フィンは言う。
「フェアルーズ家の女性を妃に迎えると、国は繁栄するだろう……だっけ?」
「ええ。そしてそれは、ルーナが選ばれました」
「でもこの伝承には続きがあるのを知ってるか?」
「え?」
キョトンとするレイラ。
そんな話など聞いたことが無い。
そして何故フィンがそんなことを知っているのか、不思議で仕方がなかった。
「しかしフェアルーズの選ばれし者をぞんざいに扱うようなことがあれば、災いが訪れるであろう……ってね」
「……どこでそれを?」
「その話をするには時間がかかるんだよ。だから、これからずっと俺といてくれないか?」
「ずっと?」
フィンが言ったことに胸がときめく。
レイラは胸の前で両手を握り締め、彼の言葉の続きを待った。
「ああ。レイラ・フェアルーズ。生涯、俺と共にいてほしい。君のことは俺が幸せにする」
「……はい!」
フィンに近寄り、彼の手を握る。
レイラはこれまで感じたことないほどの幸福感を覚えていた。
「でもフィン、これまでどこにいたのですか?」
「ああ、それはね――」
フィンの体から光が生じる。
優しく、温かい光。
レイラはそれを恐れることなく、自然と受け入れる。
「このためさ!」
「きゃっ!」
フィンの光はレイラを包み――そして彼女に大きな変化が訪れる。
「何が起きたのですか?」
「もう包帯を解いてもいいよ」
フィンはレイラの顔の包帯を解く。
それはこれまでの呪縛を解き放つかのように、
彼女を自由にするかのように。
レイラのこれからの幸せを祈るように。
「怪我はもう治った。この魔術を探すために、何年も冒険をしていたんだ」
「怪我が治った……私はもう、醜く無いのですか?」
「レイラは最初から醜くなんてない。子供の頃から綺麗なままだよ」
「……フィン……フィン!」
フィンの胸に抱きつくレイラ。
彼女の顔には、確かにもう傷は無い。
絶世の美女の姿がそこにあった。
近くを通りかかった騎士たちがレイラを見て呆け、そこでようやくフィンとレイラは自分たちがいる場所を思い出す。
フィンはレイラの手を取り、彼女に負担がかからない程度の速さで走り出した。
「レイラ。俺と外へ出よう。こんな狭いところではない、もっと広い世界へ!」
「はい。フィンに一生ついて行きます!」
フィンとレイラは、その日のうちにエヴィデン王国を飛び出す。
そしてその日の夜――エヴィデン家とフェアルーズ家の結納の祝いが、城で行われていた。
「これで我が国も安泰だ。ルーナがいれば、エヴィデン王家も繁栄するであろう」
「国王陛下。お姉さまよりも私の方が優れているというところを証明してみせますわ」
「頼りにしているぞ、ルーナ」
そんな会話を交わしている時であった。
突然、巨大な魔物に城が強襲される。
「きゃああああ!?」
「うわあああああ!!」
ルーナとロランを瓦礫の下敷きになる。
二人は一命をとりとめたものの――顔に大きな傷を負う。
ロランに至っては、下半身が動かなくなるほどの大怪我をした。
ルーナはこれまで美しい美しいともてはやされてきたが、この日を境に『化け物』と揶揄されることとなる。
それは彼女が、ずっと姉に付けていたあだ名であった。
それからフィンとレイナはというと――
これより数年後に、別の大陸で一国を立ち上げることとなり、幸せな生涯を共にする。
そして新たな伝承が伝えられる。
~スターロード王国は永遠に繁栄し続けるだろう。
何故なら試練を乗り越え、真なるフェアルーズ家の者を妃としたのだから~
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